第13話 お茶にお酒に中華料理

 その後、ギルドの入り口で、ビルボ氏、ジン氏とは別れを告げ、また三人で街を歩く。

 「晩飯食っていくか?」

 との叔父ちゃんの言葉に、首肯する。

 曽祖父ちゃんも頷いていた。

 「何か食いたいものはある?」

 との問いに、こちらの料理は詳しくないので両手を挙げて降参のポーズを見せる。

 すかさず曽祖父ちゃんが、

 「中華!」と言い放った

 あるのかよ、中華料理が。

 三等街区の城壁近く、路地を一本入った所にその店はあった。

 どう見ても中華料理屋な外見。看板にも龍が踊っている。

 しかもご丁寧に店名は日本の漢字だ。

 日本の漢字は戦後に整理されて、今の略字になった。中国では古い繁体字や、庶民が使う簡体字と言う別の文字が使われている。

 「国」の文字は日本の旧字や中国の繁体字では「國」と書く。

 中国向け輸出品のマニュアルを作った事があるのでこれを知った。お蔭で校正が大変だった。

 店内に入ると、結構な盛況だった。ほとんどの席が埋まっている。

 叔父ちゃんが店員に何事か囁くと、奥の個室に案内された。

 何と回転テーブルである。確かこれも日本発祥だったような?

 席に着くとすぐに、お茶がポットごと出て来た。一杯目は店員さんが給仕してくれる。

 茶碗を見ると何やら番茶のような色合い。口に含むと花の様な香りと甘みが広がった。

 美味い!

 叔父ちゃんの方を見ると、

 「凍頂烏龍茶、あっちでは主に台湾で作られている烏龍茶の仲間でこの店の名物の一つなんだ」

 解説してくれた。

 その後、曽祖父ちゃんはラーメンライスに餃子、叔父ちゃんは炒飯に麻婆豆腐、自分は迷って麻婆茄子と回鍋肉、そしてライスを頼んだ。叔父ちゃんが北京ダックとピータン、白酎(マオタイとか言っていた)を追加する。かなり強い酒だったはずだ、気を付けないと。

 父の話によると叔父ちゃんはかなり酒が強いらしい。「ありゃザルを通り越して枠だ」と言っていた。

 あまり一緒に飲んだ事は無いが、ウイスキー1本くらいは平気で飲んでしまった事が有ったらしい。そりゃアル中にもなるよ。

 待つ事もなく、グラス三つと酒、そして突き出しが出される。酒はボトルごと、突き出しはお馴染みの西瓜の種だ。

 「ここ、経営が日本人なの?」

 西瓜の種を剥いて口にしつつ、グラスを傾ける。かなりきつい酒だった。

 「何か創業者は日本人だったらしいけど、今どうなっているかは知らない。でも美味いから良く来てた」

 簡素に答える叔父ちゃん。

 その内、注文の料理が次々と回転テーブルに並び始める。

 それぞれが飯、飯とラーメン、炒飯を確保した後は適当にシェアしながら食べる。

 確かに美味い。まるで中華街の名店の様だ。

 テーブルがすっかり空になると、叔父ちゃんが給仕を呼ぶ。

 「ごちそうさま、美味しかった。勘定をお願い。あと辻馬車呼んで」

 言いながら銀貨を一枚握らせる。

 なるほど、この世界のチップの相場はあんな物なのか…

 変な所で勉強になった。



 辻馬車は、日本で言う流しのタクシーだ。

 料金はそれなりにするが、日本のタクシーほど高くは無い。もっとも日本のタクシーが異常に高いだけなのだが。

 帰りは、その辻馬車でゆっくりと帰る。実はこれに乗るのは初めてどころか、馬車に乗るのも初めてだ。

 家に戻るとメイドさんが出迎えてくれる。

 「お帰りなさいませ。旦那様方」

 無口だけど礼儀正しい人だ。

 「飯は済ませて来たので、酒の支度だけしてくれ。つまみは軽い物で良い」

 曽祖父ちゃんが言うと「はい」と小さくお辞儀をしてキッチンの方へ向かった。

 居間でくつろいでいると、すぐにつまみとグラスが並べられる。

 つまみは、漬物らしきものが数種類、見た事の無い野菜もあるが見覚えのあるものもあって、どう見てもらっきょうらしきものが目を引く。

 他に豚の角煮らしき物、焼きたてのスルメまであった。

 「この世界、何でもあるのね…」

 口に出すとメイドさんが、キョトンとした顔を見せる。

 「ほとんどがタケシ様の手作りですが?」

 しまった、そのスキルを持っていたんだっけか。まぁ元々料理は得意だったけど。

 料理は母よりも上手だったはず。大概の料理が玄人裸足だと聞いた記憶がある。

 一時期、何が気に入ったのか蜂蜜を使って密造酒を作ったりしていた。ミードと言う奴である。

 叔父ちゃんの談によると、他人に売ったりしなければ税務署も無視してくれるそうだ。

 もっとも、叔父ちゃんは味見位しかせず、知り合いの小説家さんがほぼ全て持ち帰ったそうである。話を聞いた父が悔しがっていた。

 「良かったカララさんも飲まない?」

 メイドさんが目に光を輝かせて「はい!」と言った。この人も酒好きかいw

 だが、ちょっと待て。今のやり取りの中で何かが引っ掛かったぞ?

 グラスを持って戻って来たメイドさんが席に着く。

 「ねぇ? もしかして、お名前はカララ・アジバさん?」

 メイドさんに聞く。

 「はい、左様ですが?」

 そっち行ったか。また斜め上だw

 「儂、焼酎」

 「私、ライスワインが良いです」

 注文通りのお酒を叔父ちゃんがポケットから出して行く。

 「俺、グラッパっての飲んでみたい」

 以前話題になっていたお酒を言ってみる。

 「あるぞ~w」

 と言ってワインボトルを出してくれた。

 自分の前には琥珀色の液体が入った透明な瓶を出した。瓶自体はウオッカのボトル程度の大きさだ。

 「何それ?」

 聞いてみる。

 「スタルカ」

 聞いた事の無い酒だ。語感からしてロシア語らしいけど…

 「出来上がったウオッカにブランデーを入れて寝かせた物だよ」

 との返事が返って来た。

 以前は大量に輸入されていたらしいが、アルメニアの地震で蔵元が直撃を受けて生産体制が崩壊したらしい。

 仕方がないので自分で作ったとか。

 それぞれに手酌で酒を注ぎ、乾杯をする。

 「そう言えばカララさん、カズキに名乗って無かったんだ?」

 叔父ちゃんが言う。

 「はい、私の部族では女性が請われて名を名乗るのは婚約の標になりますので…」

 怖えっ! 偶然とはいえ聞かないで良かった。

 肝心のグラッパは? と言えば、葡萄の風味が確実に残っている高級な焼酎と言った感じだ。スタルカも味見させてもらったが、こちらは物凄く美味いウオッカみたいな。ウオッカの角が完全になくなっている上にブランデーの風味がある。

 「他にも珍しいお酒ってあるの?」

 叔父ちゃんは、尻を少し上げてポンと叩き、

 「地球の殆どの酒はそろっているぞw」

 笑顔で言う。

 「アルヒとかも?」

 聞いた瞬間に目の前に出る。持ってたよ、この人。

 「井〇生ワイン!」

 赤白揃って出た。

 「最後にラムネ!」

 勢いで言ってみたらちゃんと出たw

 しかも冷えている。

 「何でも入ってるのね、そのポケット…」

 俺の言葉に叔父ちゃんは、

 「流石に何でもは入ってないよ。歴代総理とか言われても出てこないもん?」

 そんなの出して何するんだよ! 心の中で突っ込んで置く。

 「タケコプターとかは?」

 試しに聞いてみた。

 「あれなぁ、この世界なら作れるかもしれないけど…」

 「けど?」

 「お前、首で全体重支える自信ある?」

 ちょっと想像したら怖かった。

 それにしても検討はした事あるんだ…

 曽祖父ちゃんは何の話か分からずにポカンとしている。

 カララさんはと見れば、ワインとラムネを凝視している。

 そしてオズオズと、

 「あの、この瓶は何でしょう?」

 あぁ、確かにこの種の特殊な瓶はこの世界にはないかも。

 「こっちは醸造途中のワイン、瓶は日本で昔使われていた形式の物なの」

 昔、日本にはコルクが無かったのでゴムで密栓するために考え出された瓶である。

 ゴム製のキャップとそれを押えるための金具、そして金具を絞めるための太い針金と梃子の原理を利用した密栓取っ手が付いていた。

 ご丁寧に、その取っ手を効率よく取り付けるために瓶の首に横向きにガラス製の管が付いている。

 かなり厳重に密栓できるのだが、手間がかかるために最近ではほとんど作られていない。

 初期の国産ワイン、明治期の日本酒、まだ薬とされていた牛乳等がこの瓶で売られていたらしい。

 「でこっちはラムネと言って、酒精は入っていない炭酸の飲み物。甘みと酸味が付いてるの」

 瓶はお馴染みのガラス玉で蓋をするあれだ。

 ちなみに中のガラス玉はビー玉ではなくエー玉だ。元々、ビー玉はこの瓶の栓として開発された物で、傷が無く真球に近い合格品をA、不合格品をBとしていた。

 なのでA玉、B玉と言う言葉が出来て、使い物にならないB級品を子供の玩具として売ったのが始まりらしい。

 以上、全部叔父ちゃんの受け売りだったりするw

 


 「あの、これ…」

 カララさんが言いかけた所で叔父ちゃんが、

 「飲んで良いよ。高いもんじゃないし」

 値段で言ったらカララさんが飲んでいる日本酒の方がはるかに高いだろう。

 ラムネを手に取ったカララさんが繁々と瓶を見る。

 「これ、どうやって飲むのでしょう?」

 そう言や、ラムネって開栓する道具が無いと開かないんだっけ。最近のペットボトルのは口を逆ネジにひねると開くが、これは見事に一体成型のガラス瓶とゴムパッキンで出来ている奴だ。

 「栓抜きあるの?」

 叔父ちゃんに聞くと、

 「バカだな、ラムネ何かこうやって…」

 言いながら瓶の首を握って口から親指を突っ込もうとした。

 「太くて入んねぇ…」

 バカはどっちだw

 「やると思った。それが出来るのは子供の内だけだ」

 曽祖父ちゃんから情け容赦のない突っ込みが入る。

 「こう持って人差し指でポン」

 曽祖父ちゃんが手つきを見せると、叔父ちゃんは無事ガラス玉を中に落とした。

 「瓶から直接飲んだ方が美味しいよ。で、その時こっちを下にしていると飲みやすいの」

 瓶の首の下に付いたへこみを指さして見せる。

 カララさんは軽く小首をかしげてしてから瓶に直接口を付けて飲む。

 一気に半分くらいを飲み干して、やっと瓶を口から離す。

 「こ、これ美味しい!」

 珍しく大きな声を出した。

 「炭酸の泉のようで、甘くて酸っぱくて! 瓶の口当たりもいいし、言われた通りに飲んだら玉が口に転がってこない!」

 何かグルメリポーターみたいになっている。そう言えば炭酸水って自然に湧いている事もあるんだっけ。

 「で、話を戻して曽祖父ちゃん? さっき叔父ちゃんが指で栓を開けようとした時『やると思った』って言ったよね? やった事あるでしょ?」

 一気にたたみ掛けてみたら視線をそらした。やったのねw

 「これ、売り出したら大ヒット間違いなしですよ!」

 カララさんが言っている。

 「面倒くさいからヤダ」

 とは叔父ちゃん。

 「何故なのでしょう?」

 カララさんが直球で訊ねた。

 「ん~、実は中身と瓶は簡単に作れるんだが、ガラス玉とパッキンがなぁ…」

 この世界の物作りは精度にあまりこだわりが無いみたいなので、確かにガラス玉は難しいかも知れない。球形にするのって確か特殊なプラントがいるはずだし。

 「ゴムって代用品があるんじゃ?」

 聞いてみる。

 「あぁ、その代用品が問題でスライムの核なのよ」

 ちょっと驚く。やっぱりスライムもいるのね、見た事ないけど。

 「スライムを倒すと核が残るんだけど、これがスーパーボールみたいな性質なの」

 確かにゴムだ。

 「で、工業製品に使う分には問題ない。さっきの靴の踵とかスライムの核と皮を積層構造にしてある」

 変わった素材なのね。

 「ただ、食品関係、特に飲料関係に使うと復活しちゃうことがあるんだ。前に酒の栓に使ったら『酒スライム』って新種が誕生した。ラムネスライムとか嫌だろ?」

 よ~く解ったw

 「ゴムを探すしかないのね?」

 何かカララさんが話を聞いてしょぼくれている。

 「熱帯の木だからな~、ゴムって、あるかどうかも解らないし」

 確かに面倒臭い。でもまた何か違和感。

 「アレ? じゃあこのラムネどうやって持ち込んだの?」

 こちらに無い物は持ち込めなかったはずだ。

 「瓶とガラス玉、中身は自作、パッキンについてはこちらの世界にある素材と誤認させるようにして持ち込んだ」

 との話。

 「その方法じゃ無理なの?」

 と聞くと、

 「おそらく大量に持ち込むと、色々ヤバい事になるだろう」

 と言う返事だった。そう簡単には行かないらしい。

 何となくションボリしているカララさんにワインを勧めてみる。

 「こっちも美味しいよ」

 と、栓を開けて渡す。

 気を取り直したように、カララさんは受け取ったワインをグラスに注いだ。

 一口くちにしてからパッと表情が華やぐ。

 「あ、これも美味しいです…酒精のある美味しい葡萄ジュースみたい!」

 以前飲んだ時の自分の感想も同様だった。

 微炭酸入りの葡萄ジュース、リンゴ果汁で作るシードルみたいな感じだ。

 「こっちは?」

 と、白ワインを渡してみる。

 「違うんですか?」

 と不思議な顔をしてから、ちょっともたついて栓を開ける。

 さっき俺が開けていたのをちゃんと見ていたようだ。

 そしてグラスに注ぐと、

 「あら? 黄色いワイン??」

 そう言えばこちらに来てから白ワインを見た記憶が無い。

 叔父ちゃんが、

 「こっち、白ブドウが無いんだよ」

 意外な事を言った。アレ、ヨーロッパ原産だよね?

 「わ! これフルーティーですごく美味しい!」

 気に入ったようで何よりだ。

 「結構美味しいでしょ?」

 言うとカララさんは満面の笑顔で、

 「ハイ!」

 と答えてくれた。この人の笑顔を見たのは初めてかも知れない。

 叔父ちゃんも嬉しそうな顔で見ている。

 そうして家族団らんの夜は更けていった。

 ちなみにアルヒは美味かったw

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