第11話 ダラムさんの事情
家に帰ってから叔父ちゃんは庭で製材作業をやっている。庭と言っても普通の家庭の規模ではない。どこの寺社かみたいな広さだ。
そこにポケットから出した枇杷の木を横たえ、何か大型のナイフでスルスルと皮を剥いている。
「ねぇ、ズバさんて知り合いなの?」
思いっきりストレートに聞いてみた。
「あぁ、あいつの先祖だけどな」
何やら歯切れが悪い。
「何が有ったの?」
やはりストレートに聞いてみる。この手の問いはごまかさない事が多い。
「ズバって家は地方の零細商人で、子供が多いと三男以降は『商人修行』とか言って放り出される事が多かったんだ。これは他の商家でも同じらしいんだが、この街で俺と知り合った」
あら? 結構重い話なの?
「だから、知り合ったズバに優先的にドロップを売っていたんだ。こっちも適正価格で買ってくれるし、あっちもどんどん儲かる。それがズバ家が大商人になる切っ掛けだった」
渋い表情で続ける。
「その子孫がダメな先祖と同じ事をしていて面白いはずは無いだろ?」
完全に理解できた。
つか、ダラムを応援して本家をぶっ潰したい。
初めて見つけた目標かも知れない。
◇
叔父ちゃんが庭で作業をしているのを縁側から眺めていると、曽祖父ちゃんが顔を出した。
「お、枇杷の木か。また立派な…」
全員の感想が同じらしい。日本でもこんなにデカイ枇杷の木は見た事が無い。
「それにしても何をする気なんだ?」
曽祖父ちゃんが、俺の横に並んで座りながら口にした。
「聞いてないけど、多分弓を作るつもりだと思う」
聞いていた材料から想像できるのはそんな感じだ。
「それにしちゃデカイのぉ」
確かに。巨人の弓でも作れそうだ。って、まだジャイアントは見た事ないけど。
「それにしても惜しい。今からでも大工にならんかな」
無理だと思うよ。今の仕事が好きみたいだし。生きたい様に生きて、収入にしちゃうような人だし。
以前、前田慶次が主人公のマンガを読んで「これ、叔父ちゃんの事か?」と思ったくらいだ。
「一の馬鹿とは大違いだ。腕は良いし頭は切れるし…、それに比べてあの馬鹿は不器用な上に仕事も覚えようとしやがらねぇ…」
爺ちゃん、俺にとっては良い人なんだけど何かボロクソに言われてるよw
「見とけ。もうすぐ切るぞ」
見ると木から少し離れた場所に立って木を計る様に見ている。
と、皮を剥いた辺りに近寄って、プツリと言う感じで横に切った。
何であの直径の丸太が、あの短いナイフでバターでも切るかのように切れるのか謎だ。
そのまま、上の方の処理を続けていく。今度は枝が出ているので切り落としながらだ。
「あの長さ、解るか?」
その言葉にフルフルと横に首を振って見せた。
「ありゃ、乾燥させて材木にするとちょうど日本の材木の長さになるんだ。アレを武志は勘でやりおる」
スゲー、出来ないよそんな事。
「本来は木挽き屋とか材木屋と言う専門職があるんだが、何故かあいつはできる」
木材は、物によって収縮率がかなり違うと聞いた事がある。計算式が頭の中に有るのだろうか? それにしても長さの測定はどうしているのだろう?
「この家を建てた時の建材も武志が全部調達してくれた。似た木質の物があればそれを、無ければ自分で採りに行って行って材木にしてくれたから、えらく楽だった」
遠い目をした曽祖父ちゃんが言う。
これが物作りのスキルなのだろうか?
作業を続けていた叔父ちゃんが振り向いて、
「お~い和樹、あ、爺ちゃんもいた。ちょっと手伝ってくれ。枝打ちと葉っぱ、実の回収、枝は纏めといてくれればいいから」
「あいよ!」
間髪を入れずに曽祖父ちゃんが言う。これは職人としての生来のスキルだろう。
立ち上がる曽祖父ちゃんに遅れじと「はい!」と言いながら立ち上がる。
そこに有ったサンダル(多分叔父ちゃんの)を突っかけて庭に降りる。曽祖父ちゃんは自分の雪駄を履いていた。
実は三人とも足裏の形が同じだ。爺ちゃんも入れると四人同じ、ただ俺だけサイズがでかい。
叔父ちゃんが26cm、俺が29㎝なので、叔父ちゃんのだとかろうじて履ける。爺ちゃんや曽祖父ちゃんのは流石に無理だ。
無論靴は誰のでも無理だけど。叔父ちゃんのサンダルだと違和感が無い、と言うか足に馴染むので履きやすいw
◇
木に近づくと、曽祖父ちゃんはどこかから銃剣みたいなナイフを取り出して枝打ちを始めた。
幹ギリギリに切っていく。凄い手際の良さだ。
俺は腰の刀に目をやって「でかいよなぁ?」とか思いつつ鯉口を切ろうとした瞬間、
「あ…これ使え、やる」
と叔父ちゃんがこっちを向いた。
手には刀子を持っている。
刀子とは、日本刀の鍛造技術で作った小刀の事である。昔はお武家さん達がカッターナイフの代わりに使っていたらしい。
「え? いいの?」
日本で買えば10万は下らない物だ。まぁ生涯所得より多そうな小遣いを貰った後なのでアレだけど。
「構わんよ。後で小柄も作ってやるけど…靴を何とかしないとな…」
確かに、この世界に来た時に履いていたのは普通の革靴だったので、行動が阻害される事はある。
ちなみに「小柄」と言うのは、刀の鍔に刺して置く小刀の事だ。刃が有る物が表、刃を付けない物が裏と呼ばれる。
通常は表裏の二本、場合によっては表が二本で裏が一本の三本、主に手裏剣の様に使う武器だ。
刃を付けない裏と言うのは、常に腰に刺してある刀で自分を傷つけないための配慮らしい。
◇
貰った刀子のお蔭で枝打ちと皮むきが凄い勢いで終わる。
勿論、曽祖父ちゃんのお蔭もあるが。
葉と実の回収も終了した。
叔父ちゃんは全体を見渡し、
「こ~の辺かな~」
とか言いながら木を切って行く。
2m前後に切っているがかなり雑な感じだ。
そして20㎝程の丸太を一つ切り出してから、角材に整形していく。
角材の切り出し方が場所によって違っているのは節を避けているためだろう。
それにしても何でそのナイフで綺麗に切れるの? 鉋が掛けてあるみたいだし。
「ねぇ、枇杷の皮って何かになるの?」
叔父ちゃんは、ちょっと考えてから
「さぁ?」
と言う。曽祖父ちゃんも首を横に振っている。
「さっきの商人にでも聞いてみようか?」
言いながらも手は止めず、あっという間に製材作業を終えてしまった。
「さて、乾燥だ」
言いながら角材と丸太を両脇に抱える叔父ちゃん。
俺も枝を担いで後に続く。
ちょっと普通では人間の持てる重さじゃないよな~、等と思いながらやって来たのはいやに背の高い納屋の様な建物だ。
「開けて」
両手がふさがっていて開けられない様だ。
入り口の引き戸を開けると中には照明がちゃんと点っている。
叔父ちゃんは、
「戸は開けといてね」
言いながら中へ入って行ったので、後から続いた。
内部は材木置き場のようで、材木屋に有るような仕切りまである。
角材を綺麗に並べていく叔父ちゃん。
さっき「乾燥」って言ってたけど、固い木材の乾燥って10年単位で時間がかかるんじゃなかったっけ?
丸太もその横に縦に並べて、
「枝はその辺に置いといて良いから…、皮も一応入れとこうか…」
聞いて皮を取に行った。
戻ると叔父ちゃんは壁に有るパネルの様な物を操作していた。
「あ、皮も適当に置いといて」
言いながらパネルの下にあるボックスの蓋を開け、ポケットから出した魔石をいくつか放り込む。
「魔石」はこの世界で照明やストーブに使われる動力源だ。モンスターからのドロップらしい、他に鉱山から発掘したり、聖性も出来るらしいが、それを使用するには魔法使いが魔力を込めなければならないとか。
炎、冷気、雷、大地、風、水なんかの属性が有るらしい。
炎の魔石は火起こしや暖房、調理なんかに使われている。それを利用するIHクッキングヒーターのような道具が有るくらいだ。
この街では、門の外にいる「ボーパルバニー」と言う兎型のモンスターがドロップするので、かなり豊富に出回っている。
ただ、あの兎は可愛く見えて結構凶暴らしく、更にたまにクリティカルヒットを出すので要注意と聞いた。
ボックスの蓋を閉めてから、パネルを何か操作している。
と、こちらに向き直り、
「ホレ、出ろ出ろ。長いこと居るとミイラになるぞw」
何か怖いことをサラっと言ったよ!
慌てて外に出る。叔父ちゃんもすぐに出て来て戸を閉めた。
聞けばこの材木置き場全部が乾燥室になっているらしい。浴室乾燥機みたいな物なのだろうか?
アレ、最初に聞いた時に浴室を乾燥させる物だと思ったのだが、浴室全体を衣類乾燥機にする物だった。
マニュアルを書いて初めて判明したこの事実。宣伝した方が良いと思う。
「ここ、鍵って付けなかったの?」
聞いたら、
「この家に盗みに入るような命知らずはこの街に居ない。それに俺やお前じゃないんだから、あの戸が簡単に開けられるようなヒューマンは滅多にいない」
と言われた。
あの戸、意識してなかったけどかなり重かったのね。どうもこっちに来てから感覚が狂っている。
その後、居間でお茶を飲みながら木材の乾燥について聞いてみた。
どうも、この世界では建材に木を使う事が少ないらしく、使う場合でも生木を使ってしまうらしい。ただ、家具職人は乾燥した木材を使うので、それ用の乾燥器を持っているらしく、それを真似て建材が入れられるサイズにしたのが先ほどの材木置き場との事だった。
そして枇杷の木の乾燥については、本来であれば20年位かかるらしい。が、あの乾燥機ならば1日で終わるとか。
「狂いは起きないの?」
と聞いたら、
「魔法だから」
と、返された。便利だな、魔法。
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