第10話 何か処々諸々。叔父ちゃん顔ひろすぎw

 更に数日後、珍しく朝早くに目が覚めて二階の居室から階段を下っていると来客の声がする。

 玄関先に出て違い戸を開けるとビルボ氏が居た。

 深くお辞儀をしている。

 「あの、ここで立ち話も何ですから奥へどうぞ」

 招き入れると二つ返事で上がって來た。

 居間に招き入れようと襖を開けたら叔父ちゃんが何か書き物をしていた。相変わらず紙に羽ペンだ。

 「早いね」

 言うとこちらを一切見ずに、

 「あぁ、来たのが夜中だったから起こすのも悪いと思って…」

 手は一切止まらない。

 しばし、無言の時間が流れる。メイドさんにお茶をお願いしてみた。

 程なく叔父ちゃんが手を止めて自分の書いた書類を眺めている。

 お茶が出て来た頃、叔父ちゃんが、

 「ホレ」

 と言って書類を渡してきた。

 受け取ってざっと流し読む。

 予想通り、ファインセラミックの制作方法とダイヤモンドの加工法だ。

 「そいで、レンズ単体なら行けるかと思って持ち込もうとしたけどダメだった…表面加工とかのせいかも」

 あ~、確かに現代のレンズって色々とコーティングがしてあるわな。

 「あの~、その書面は何でしょう?」

 ビルボ氏が疑問を発する。

 「新しい素材や技術に関するヒントの書類です。完成したら公開しますので気にしないでください」

 ビルボ氏が嬉しそうな顔になる。

 「それで、弓に関しては……」

 語尾が尻つぼみだよ。

 「素材に関しては何とかなりそうなので、日数はかかりますが作れると思います」

 ほう? と言う顔で叔父ちゃんがこっちを見ている。ちょっと嬉しい。

 「あとさぁ、どうしても見つからない原料に関しては、腕の良い錬金術師に相談してみ。お前に渡した書類の翻訳でチャラにしてくれるだろうから」

 え? そうなの?

 「現物ズバリが無くても、結構代用できるものがあるんだよ、この世界」

 軽い調子で言うよ、この人。

 「錬金術師なら紹介できます!」

 とはビルボ氏。心強い。

 「んじゃ、ちょっくら素材の調達に行ってくらぁ」

 言いながら立ち上がろうとした叔父ちゃんをビルボ氏が引き止めた。

 「何か必要な物が?」

 立ち上がった叔父ちゃんがビルボ氏に、

 「あぁ、結構多めのミスリル鉱石にロックウッドの材木、出来れば乾燥が終わっている8セント位の角材、長さは2メット以上、あと透明ガラスの原料と鉛、鉛が解かせる酸…その位かな?」

 思案顔のビルボ氏。

 「ミスリルは今値崩れを起こしていますからギルドの物を使えます。ガラス原料は倉庫に有ったはずですし、鉛に至っては余っているので大丈夫です。酸もおそらく簡単に手に入りますが……ロックウッドは高級木材なのでさすがに町では無理かも…」

 考え考えビルボ氏が言葉にしている。

 「それじゃ、ロックウッド以外の物の調達頼める? 金は払うから」

 軽い調子で言う叔父ちゃん。

 「はい! それでは!」

 慌てて立ち上がりながら辞去して去っていくビルボ氏。ギルドマスターなのに腰が軽い人だ。

 「ねぇ、ロックウッドって何?」

 疑問をぶつけると、叔父ちゃんは相変わらず軽い調子で、

 「枇杷、枇杷、葉っぱも実も枇杷でまんま枇杷の木」

 続けて、

 「結構美味いし、葉っぱの薬効成分も地球のとは比較にならないからかなり珍重される。そんで日本と同じく材木は超高級品」

 「へ? 日本で枇杷なんて材木にするの?」

 思わず最初の「へ?」が変な声になった。

 「そうか、流石に知らないか。成長が遅いんだけど硬くて柔軟、狂いが出ないから家具材に使われるんだけど、小型の茶箪笥一つが400万以上になるからなぁ…」

 何それ凄い。

 「俺も一緒に行く!」

 言いながら立ち上がり、自室に刀を取りに向かう。

 戻ると叔父ちゃんの姿はもうない。部屋から首を出すと玄関の外で待ってくれているようだ。



 街の中を連れ立って歩いていると、時折視線が刺さるが、あまり気にしない事にしている。

 三等街区沿いに北門まで出ようとしているようだ。

 道すがら、叔父ちゃんは色々と話してくれた。

 「枇杷材はかなり重いけど硬いので木刀づくりに向いてるんだ」

 とか

 「葉っぱは焼酎に漬けたり、酢に漬けたりするとそれぞれ別の薬になる。そのまま入浴剤にもなるよ」

 とか

 「何と葉っぱを使って納豆が作れる!」

 「納豆?!」

 また変な声が出たよ…

 「これ、実は日本の枇杷でも一緒なんだけど、葉っぱの裏に納豆菌がいるの。納豆菌て熱に強くて100度位じゃ簡単に死滅しないから沸騰しているお湯をくぐらせて、蒸した大豆を包んでおけば、温度管理で納豆が出来る」

 へぇ~、流石に納豆の作り方は知らなかった。

 「日本じゃ稲作が昔から盛んなんで、同じ納豆菌がいる稲わらで藁つとっての作ってやるんだけど、中国の山岳民族だと枇杷の葉でやる所があるみたい」

 ほんと~に何でも知ってるなこのおっさん。尊敬を通り越しつつあるのも事実だ。

 そうこうしている内に北門に到着。門を出て歩き始める。

 「ここからどのくらい?」

 聞くと叔父ちゃんは、

 「普通のヒューマンの足だと1日位。お前の足なら3時間くらい」

 何か怖い事言ったぞ、今。

 「まだ走るなよ…」

 まぁ、人気が無くなるまでは全開で能力を使う気はない。

 やっと人気がなくなって来た頃、叔父ちゃんが街道からそれて、草原の方に歩き出す。

 街道が見えるギリギリの距離で屈伸運動を二、三度。

 「これから旅をする時の走り方を教えてやるから真似してみ。これ爺ちゃんやビルボも出来るから一緒に居ても大丈夫だし」

 言うと足の筋力で水平に跳ねる、と言うか何と言うか。物凄く大股で駆けて行く、みたいな走り方で行ってしまう。

 慌てて後を真似しながら追う。

 最初の10歩くらいは多少ぎごちなかったが、その内、叔父ちゃんの背中が見えて来た。

 確かにこれなら速い。

 横に並んで、

 「何とかできた!」

 と言うと、

 「お、早いなお前!」

 叔父ちゃんは更にスピードを上げる。

 こっちも意地になって上げる。

 繰り返している内に欝蒼とした森にたどり着いた。街道は大きく森を迂回している。

 多少ヘバリながら声を上げる。

 「さっき、3時間て言ったよね?」

 「あぁ、1時間かからなかったなw」

 二人で笑った。

 一休みしようと言う事になり、叔父ちゃんが相変わらずの尻のポケットからシートやコンロ、茶道具に軽食まで取り出す。

 「ねぇ、そのポケットどうなってるの?」

 ズバリ聞いてみた。

 「あ、これ? ビスケットを入れて叩くとビスケットが二つになる不思議なポケットだよ」

 とぼけた顔で言いやがった。

 思い切りジト目で見詰めてみる。

 「お前のポーチと同じだよ。俺のは自分で作ったけどな」

 正直に吐いた。

 てか、作れるんだそれ!?



 少し経って、軽食と茶が無くなった頃、叔父ちゃんが立ち上がる。

 「さ~てと、行くべ」

 本当に軽いなこの人。

 「あ、この森デッドリーベアが湧いてるんで、周辺警戒よろしく」

 まぁ、熊位なら問題にならないだろう。

 小一時間、森の中を探したが、肝心の枇杷の木が見当たらない。

 「ん~」と言って叔父ちゃんが座り込む。近場に有った大木に背を預けて、

 「ちょっとの間だけ、この周りを護ってて。すぐ戻れると思う」

 言ってすぐに意識が消えた様だ。何しているんだろう?

 と、デッドリーベアらしき足音が複数聞こえて来た。

 目をつむり数を数えてみる。総数6頭。

 静に鯉口を切る。

 突進してくる順は、割と解るので戦術を頭の中で組み上げた。

 「まいる!」

 口の中で小さく呟いてから、先ほど叔父ちゃんに教えてもらった歩法で相手の目の前に飛び出し、抜刀一閃。

 その後は次々に4頭の熊を倒していく。

 が、残りの一頭が叔父ちゃんに迫っていた。

 「ヤベッ!」

 慌てて叔父ちゃんが座っていた場所に急行したら熊が挽肉になっている。

 叔父ちゃんは平気な顔で、

 「ドロップの回収した?」

 膝が砕けそうになるから止めてよ、そういうの…

 叔父ちゃんの誘導で枇杷の木のある場所まで行ってみる。

 「マジかこれ?」

 藻わず言葉が漏れた。

 直径30センチは有りそうな枇杷の巨木が聳えている。

 木を見上げていた叔父ちゃんは、

 「何かもったいない位の大木だな…」

 感心した様子だ。この人でもこんな顔するんだ?

 何か新たな一面を見た気がする。

 「まぁ、仕方ないか…」

 意を決したようにポケットに手を突っ込んでから、ふとこっちを向いた。

 「お前の方が速いか? これ根元から切って」

 俺かよ!

 仕方なしに刀の鯉口を切って木に近づく。しゃがみ込みつつ、

 「抜く手は見せぬぞ…」

 小声で言ってから一挙動で抜いて切って鞘に戻す所まで練習のつもりでやってみた。抜刀術の基本だ。

 「見えたよ」

 叔父ちゃんから突っ込みが入る。

 そりゃああんたには見えるでしょうよ!

 殆ど手応えもなし、木にも変化が見られないので「失敗か?」と思っていたら、叔父ちゃんがつかつかと近寄って来た。

 一瞬木を見上げてから、足の横腹で軽く木の根元をコンと蹴る。

 瞬間、俺にも見えない速度で後退した。まるで瞬間移動だ。

 木の方は蹴った所からずれて叔父ちゃんの方に倒れて行く。

 その大木を事もなげに左手で受け止める叔父ちゃん。

 簡単そうに持ち上げて、丸ごとポケットにねじ込もうとしている。

 入るのかよそれ…

 思った瞬間、叔父ちゃんの後ろにデッドリーベアが立ち上がっていた。

 ヤベッ! 警戒を怠った!

 立ち上がろうとした瞬間、叔父ちゃんの右裏拳が一閃。

 熊が振り上げた前足と頭が消し飛んでいた。

 『撲殺の勇者』こえぇ~、まず勝てる気がしない、ってか道場でも勝てた試しがないけど。

 木の方は最初だけゴソゴソやっていたが、ポケットに入り始めたらスルスルと入ってしまった。

 ド〇えもんかよあんた。

 まぁ、用件は済んだので早々に森を後にする。

 帰りは先ほどの様に速度は出さず、巡航速度と言った感じで走る。

 2時間とかからずに城壁が見えて来たので街道筋に戻った。



 「そう言えばお前、ドロップ品を売る宛てはあるの?」

 聞かれたので正直に答える。

 「ダラム・ズバって露天商と知り合って、殆どそいつに売ってる」

 しばし考える様子。

 「ズバ家の嫡男?」

 何か知っているらしい。

 「三男だから修行しているんだって言ってた」

 やっぱり思案顔。

 「まぁ、すぐに売りに行こうぜ、俺も付き合うから」

 何かの切り替えに成功したらしい。だけど目の奥に怖い光がある。

 何なんだろう? さすがに読み切れない。



 城門を抜けて、いつもの露店の場所へと急ぐ。

 ダラムの露店が見えて来たので指さす。

 叔父ちゃんの顔が一瞬強張った後、何故かひどく柔和な物になった。

 近付いていくと向こうが気が付いたらしい。

 「あ、旦那~」

 手を振って迎えてくれた。

 「今日はね、ちょっとあるんだ」

 言ってポーチからドロップ品を取り出していく。

 前回と同じドロップ品が七揃、他に心臓が二つと胃袋が一つ肝臓も一つ。

 目の前に並べて見せたらダラム君は目を丸くしていた。

 「す、すみません。コレ手持ちの現金じゃ…」

 言いにくそうに言葉を発するダラム。

 すかさず、俺の後ろから叔父ちゃんの声で、

 「ズバの家名を持っている人間なら掛売で構わんよ」

 と。

 キョトンとしたダラムがこちらに向いたのでコクリと頷いて見せた。自分にもわからない時の対処法だw

 「ダラム君、だっけか? 君の家がこの国一番の豪商になった経緯は聞いているのか?」

 相変わらず目の奥が怖い。こんな叔父ちゃん始めて見るかも…

 「はい。撲殺の勇者様に良くして頂いて商業のトップに立てたのだとか。初代は自分と同じ商家の三男だったと聞いています」

 あ~、何となく解ってきちゃった。

 と、頭の上にドンと手が置かれる。

 「こいつ、撲殺の勇者の甥っ子、贔屓にしてやって」

 ダラムの瞳が開く。

 「あの噂、本当だったんですか……じゃあ貴方は…」

 「気にしない方が良いよ。もう世代が違うんだから」

 いつの間にかいつもの軽い調子に戻っているよこの人。

 「あ、そう言えばロックウッドなんて買取頼める?」

 叔父ちゃんがいつもの調子で言う。

 「はい、勿論! 今は相場が上がっているので高値で買い取れます!」

 ダラムが元気に応えていた。

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