第9話 レンズってね
夕食、四人で食卓を囲む。
和やかな雰囲気が部屋に漂う。
それぞれの食卓には盃まである。ビルボ氏はワイン、俺と叔父ちゃんはウイスキー、曽祖父ちゃんは日本酒。
「酒…飲んで良いの?」
叔父ちゃんに聞く。アル中で入院していたはずである。
「ん? あぁ、一度こっちに来たら完全に治った」
そういうオチか。異常に回復が速いとは聞いていたけど。
「ウイスキーや日本酒ってこの世界にもあったんだね…」
酒のバラエティーの豊富さに感嘆を述べる。まぁどちらも15世紀にはあった酒なので余り驚きは無い。
「無いよ」
叔父ちゃんがサラッと言った。
「俺が作ったんだもん」
物作りのスキルって酒も作れるのか? 幅が広すぎだろそれ。
「作り方を広めて下されば良いのに」
ビルボ氏が言う。
「一回教えようとしたよ? でもドワーフって頑固で人の言う事聞かないじゃん? あいつら嫌いw」
解る気はする。ビルボ氏もアチャ~、みたいな表情だ。
「醸造ってやっぱりドワーフなんですか?」
ビルボ氏に聞いてみる。
「はい、醸造ギルドに所属しているヒューマンは9割以上がドワーフですね。エルフは独自にワインを作ることがありますので少しいます、残りは人間で主にじゃが芋からアクアビットと言う火酒を作っています」
何か聞いたことあるぞ、アクアビット。
「ウナギを食う時のあれか?」
叔父ちゃんの言葉で思い出す。ヨーロッパのどこかでウナギの燻製を食べるときに飲む酒だ。安い物は食べた後、油まみれになった手を洗うのにも使うらしい。
ビルボ氏は首肯していた。
「マールやグラッパ何かドワーフもエルフも『出来るわけない』で聞く耳持たなかったよ」
何か聞いた事の無い名前が出てきた。
「何それ?」
聞いてみる。
「お前、ワインがどうやってできるか知ってる?」
聞かれたので知っている事を応える。
「ブドウの果汁を絞って置いておくと自身の酵素で醗酵を始めて、それを寝かせた物」
叔父ちゃんは笑顔になる。
「で、その酵素は糖化を即すだけでアルコール発酵は酵母がやるんだけど、ただブドウ全体にあるものだよね? だから搾りカスに水を加えて発酵させて蒸留酒が作れるんだ。ちなみに日本酒でもできる。酒粕から作った酒を『カストリ』って言う。両方とも生産量が少ないから高級品だよ」
全然知らなかった。いろいろ詳しいなこの人。
「ちなみにセルロースかデンプン、糖分のどれかがあればアルコールは作れる。日本じゃ赤紫蘇や玉ねぎ、牛乳なんかの焼酎が売られているし、モンゴルじゃ馬の母乳から作った醸造酒や焼酎がある。前者は馬乳酒、後者がアルヒ、今は作る人が少ないらしいけどね」
あんた小火器が専門じゃ無かったのかい! と突っ込みたくなった。正直酒の本を書いても売れるんじゃないのだろうか?
と、叔父ちゃんの顔が真面目になる。
「さっきの話なんだけど…」
また蒸し返すのか?
「不可能ではないとは思う」
仔犬二匹の目が輝く。が、何か歯切れが悪い。
「軽金属って言うとミスリルしか思いつかない。あれって削れるのか?」
ビルボ氏が途端に真顔になる。
「ミスリルを削るのですか…聞いたことがありません」
叔父ちゃんも真顔でこっちを向いた。
「例えば、スコープを作るには外側の筒、レンズそしてレチクルを付けるためのガラス板が必要になる。だが、工具が無い」
ちょっと嫌な予感がしてきた。
「ガラス板は結構簡単、溶けた錫に溶けたガラス原料を浮かべれば良い。スコープ用なら大した大きさもいらないから簡単にできるだろう」
「ただ、筒を作る旋盤とレンズ研磨機はどうにも…」
ちょっと考えてから、
「旋盤は何とかなるかも。構造も知っていますし。レンズ研磨も手でやる気なら…」
言った途端、ビルボ氏が、
「レンズなら有りますよ。望遠鏡なんかに使います」
一瞬で叔父ちゃんが却下した。
「そんな精度じゃ使えない」
と。
続けて「旋盤の構造知っているのは良いけど、バイト(削る刃)はどうするの? 電気もないからモーターは使えないよ?」
「あ……」
そこまで考えてなかった。
「現代の旋盤の刃って?」
一応聞いてみる。
「ファインセラミックだよ。発明できる?」
無理だと思う…
「で、弓用のスタビライザーとサイトだけど、作れはするだろうが俺構造知らないぞ、火器じゃないし」
しばし考えてから。
「構造は知っています。それほど複雑な物でもないし。ただゴムって有ります?」
聞いてみると、
「近い物はあるよ。ただ、スタビライザーってステンレスじゃないの?」
との応え。確かにステンレス製だ。
さすがに合金組成の知識までは無い。
「戻ったら調べて来て…」
泣きついた。
「時間かかるよ。喪服から5分で着替えて戻ってきたらもう日付が変わってるし」
そりゃそうか。時間の流れが全然違うんだこの世界。
叔父ちゃんが入院していたのは3か月くらい前だし、それが500年とかになっちゃうんだ、この世界は…
「あと、言いにくいんだが……」
何だろう?
「アニメ作るならカメラも映写機も精密レンズは必須だよね? 頑張れw」
忘れてたよ、そんな物!
「あと、セルもなw」
物凄く険しい道だと言う事を自覚してしまった夕食だった。
酒飲んで寝よう…
◇
数日後の昼下がり、また叔父ちゃんが現れた。
叔父ちゃんは、現れるなり無言で尻のポケットから紙を取り出し、何事か書きつけ始める。
数分で書き終わるとそれをこちらに差し出した。
「ステンレスの組成」
短く言う。
有り難い、調べて来てくれたらしい。
だが、書面を見るとステンレスと言っても何種類もあるらしい。一応特徴や比重も書いてある。仕事の徹底ぶりは昔からだ。
「あとこれ、レンズ用のガラスの組成と屈折率の出し方」
見るとかなり複雑な数式やら説明やらが書いてある。
さすが無駄な記憶力。
「そのステンレスって何だ?」
曽祖父ちゃんが口を挟んだ。
「鉄の合金で錆びにくいやつ。現代だと包丁なんかに使われてる」
叔父ちゃんが簡単に説明する。
「それで銃は作れんのか?」
叔父ちゃんは渋い顔だ。
「拳銃はあるけどライフルは…M14にあったか?」
しばし考え込んだが、またまた仔犬の目をした曽祖父ちゃんに向かい、
「どの道、近代兵器は無理だよ。工具が無いもん」
この爺さんよっぽど銃が好きらしい。
「和樹! 出来んか?!」
またこっち向いてこの目かよw
「ムリムリムリ! 銃を作る工具なんて知らないから!」
思案顔の叔父ちゃんがボソリと言う。
「ダイヤモンドカッターの刃先って無理か?」
無茶ぶりが来た。
「あれもセラミックだよ! ファインセラミックの焼ける窯なんてあるのかよ?!」
また思案顔の叔父ちゃん。やばい雰囲気だぞ、何とかして逃走を諮らないと。
「窯は多分ある。ただどうやってダイヤをすり潰すか…」
有るのかよ、そんな高温炉が。
「何に使うの? ダイヤモンドカッター何て?」
普通あまり使わない工具だ。ダイヤを混ぜたセラミックの刃を回転させて固い金属などを切断するための物である。
勿論、金属以外にも石材なんかの加工に使われる。
「あぁ、近代の銃が再現できない最大の原因が、銃身にライフリングを切る技術が無いからなんだ。火縄銃みたいなスムースボアならすぐに作れるんだけど」
なるほど、それは難しそうだ。
近代の銃は銃身の内側にライフリングと呼ばれる螺旋状の溝がある。これが無いと普通の銃弾の様に細長い物を発射した時に横転してしまい、威力が半減する。
昔の銃の様な球形の弾丸を使う場合はどう回転しようが関係ないのでライフリングはいらなくなる。
以上は叔父ちゃんからの受け売りの知識だ。俺は本物の銃には触れた事もない。
「まぁ、あと需要が無いってのもあるんだけどね」
「へ? ないの?」
思わず変な声が出た。
「魔法で代用できるし。前に爺ちゃんの銃をこの世界の連中に撃たせたら、全員肩が抜けるか骨折した。火薬の爆発力が元の世界よりかなりでかいみたい」
元の世界から持ち込んだ物だと色々あるらしい…アレ? 待てよ?
「ねぇ、この前銃の弾持ってきたよね?」
コクリと頷く叔父ちゃん。
「スコープやカメラ、アーチェリーの弓なんかはダメなの?」
「あぁ、基本的にこの世界に無い物は持ち込めないし、向うの世界に無い物は持ち出せないんだ」
当たり前の事のように言われた。
「爺ちゃんの銃の場合、女神の権能で持ち込めたから、銃弾はこの世界に有る物になっているみたい」
意外とアバウトだな、あの女神様。
「あ、そうだ。この前持ってきた弾、雷管に雷酸水銀使ってないから、掃除の回数減らせるよ」
曽祖父ちゃんがホクホク顔になる。
「何と! 便利な世の中になった物よなぁ」
その仔犬の目を止めろってw
そして多分、この次に来る時にはファインセラミックの作り方とダイヤモンドの加工の仕方の本を丸暗記してくるであろう叔父ちゃん。
この人、本一冊位なら1時間もあれば完璧に暗記しちゃうのよね。だから「無駄な記憶力」と言われている。
何か書いた書類も冶金工学やレンズ工学の本の丸写しみたいだし。
まぁ、日本語で書いてある書類なんでこの世界の人間には読めないだろうから良いけど。
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