第8話 ビルボさん再び

 翌日、朝食を済ませたころ、誰かが訪ねて来た。メイドさんが応対に出る。

 ややあって、メイドさんが戻って「ビルボ様と言う方がおいでですが…」

 冒険者ギルドのマスターだ。

 「「お通しして」」

 何故か曽祖父ちゃんとハモった。

 襖が引き開けられ、ビルボ氏が顔を見せる。その瞬間、

 「キチゾウ様…」

 顔なじみらしい。

 「懐かしいのぉw」

 曽祖父ちゃんが破顔する。良い笑顔だ。

 「お懐かしく」

 ビルボ氏は正座して頭を下げた。

 エルフって正座するんだ…

 まぁ、エルフの寿命は長いらしいので600年前の事を、その目で見たのかもしれない。

 で、顔を上げたビルボ氏はそのままこちらに向き直った。

 「カズキ様、失礼ですが貴方は『撲殺の勇者』の甥御様に当たられると言う噂が広まっているのですが、真実なのでしょうか?」

 答えようとした瞬間、音もなく襖が開いて叔父ちゃんが入ってきた。

 口に指を当ててしーっ、とやっている。相変わらず面白い人だ。

 悪戯好きは子供の頃からだとお婆ちゃんに聞いた事がある。乗っかってしばし思案の顔を見せる。

 と、叔父ちゃんがビルボ氏の真後ろで声をかけた。

 「そだよ。和樹は俺の甥っ子だよ」

 声がかかった瞬間に飛び退くビルボ氏。声をかけた本人を見た瞬間に

 「…た、た、た、た、タケシ様!」

 平伏しちゃった。何が有ったんだろうこの二人。

 「お、お懐かしゅうございます!」

 エルフって割と高貴な生き物じゃなかったっけ?

 「うん。久しぶりだねぇ。元気そうでよかったw」

 ペースの変わらない叔父ちゃんに対してビルボ氏は平伏したままだ。

 「そんなに畏まらなくても良いよ~、君と僕の仲じゃない」

 軽い調子だ。この人がこの感じの時は殆ど怒らない。自分が子供の頃など、危ない事をしようとしなければいつもニコニコと見護ってくれた。

 父母よりも怖くないので懐いてしまったらしい。

 「とんでもない! ヒューマン全体の危機を救っていただいた上、私に至っては…」

 叔父ちゃんが途中で制して、口を開く。

 「その礼は創世の女神様に言いな。俺は女神に頼まれた事をやっただけ。前にも言ったろ? 美人の頼みは断らないってw」

 明るく言い放った。何となく思考回路の一端が読めて来た。この人、本当に他人を気にしていないのだ。

 「それにしてもお二方ともお久しく。ご無沙汰をしておりました」

 曽祖父ちゃんと叔父ちゃんが頷く。

 「本当に久しぶりだよね~、500年ぶりくらい?」

 叔父ちゃんが言う。

 「しかもこの度は、甥御様にまで街を救っていただきまして感謝の念ばかりです。王宮にもこのことは報告させていただきました」

 叔父ちゃんの目がこっちに向く。

 「お前、何やったの?」

 そう言えば話していなかった。

 「え? 別に~。熊と亜竜を殺しただけだけど?」

 怪訝な表情を浮かべた叔父ちゃん。ビルボ氏に向かって、

 「亜竜ってワイバーン?」

 と聞く。ビルボ氏は

 「いえ、レッサードラゴンだった様で。二匹を一刀だったとか」

 こちらに向き直った叔父ちゃんは静かに口を開いた。

 「ちょっと、腰の物を見せてくれ」

 静かに言った。

 大丈夫だろうと腰の刀を叔父ちゃんに渡す。

 何気なく受け取って鯉口を切った叔父ちゃんが、刀を抜き放つ。

 しばし見ていた後、

 「神鋼の日本刀。しかも幾重にも加護がかかっている。もしかして女神に貰った?」

 こちらに目を向けて言う。

 「多分、女神様の贈り物だと思います。この世界に来た時に持っていたので」

 直接手渡されたわけではないので、はっきりとは解らないが、他にくれる人は居ないのでそうなのだろう。

 チンと刀を鞘に納めて返してくれた。

 何故か後ろでビルボ氏が口を金魚みたいにパクパクさせている。

 「…し、神鋼!? しかも創世の女神の守護!??」

 その様子にこちらがポカンとしてしまう。

 「あぁ、創世の女神に守護を授かった武器や防具なんて、神話にしか出て来ないんだよ。まして神鋼は今は加工できるヒューマンが居ないんだ…大事にしな」

 笑顔で言ってくれた。

 何か物凄いレア物と言うか、ユニーク(ユニークとはコンピュータ関連の用語で世界で唯一と言う意味だ)武器だったらしい。女神様、重ね重ねありがとう!

 「しかし、『撲殺の勇者』様の甥御様が『両断の勇者』ですか。血と言う物は争えない物なのですねぇ…」

 ビルボ氏がしみじみと言った。

 「ちょ、待って『両断の勇者』って何?!」

 ビルボ氏が不思議そうな表情で言う。

 「広まりつつあるカズキ様の二つ名ですが?」

 「ちなみに爺ちゃんは『不可視の射手』だよ」

 叔父ちゃんが補足する。

 「あぁそうだ、弾が何とか手に入った」

 と言って尻のポケットから箱を取り出し、曽祖父ちゃんの前に置く。

 合計8箱、知識の通りなら1箱50発なので400発、歩兵が携行する最大量だ。が、いくらなんでも早すぎる。正規ルートじゃないよねこれ?

 難しい顔を見せた俺にチラリと目を向けて、小さな声で「気にすんな…」と言った。

 何者なのか小一時間問い詰めてみたい。



 その後、昼食を挟んで昔話に花が咲いていた。

 要約すると、ビルボ氏は実は魔王討伐パーティーに加わっていた、所謂勇者の一人らしい。

 だが実態は、曽祖父ちゃんや叔父ちゃんのサポートで無理くりレベル上げを手伝ってもらったエルフで、大戦後半までは役立たずだったとか。

 だが、レベルが1600を超えた辺りからかなり戦力になり手伝えるようになったらしい。ゲームで言う所のパワーレベリングだ。

 しかも、現在ではヒューマン最強なのだとか。

 この世界、特にレベルの上限は存在しないらしい。もっとも俺はレベル1だから関係ないけど。

 「そう言えば叔父ちゃん、レベル幾つなの?」

 試しに聞いてみる。

 「俺? 9だよ」

 「儂6~」

 二人とも一桁だった。こりゃレベルアップは望めないな。

 「あ、でも向うの世界で色々あったから一つくらい上がってるかも…」

 「あ~…」

 確か、退院した後、道場で剣術と杖術、鉄砲術に砲術の皆伝を貰ってたっけ。

 鉄砲術と砲術はおまけみたいな物だ。単に師範より詳しいので貰ったみたいな話だったはず。

 この人、ライターとしての専門が小火器だったはずだし、そもそも道場では幕末以降、鉄砲術も砲術も伝える人が居なかったらしい。

 「なぁ武志ぃ~、儂にもその一里も先が撃てる銃を作ってよぉ~」

 曽祖父ちゃんが何か甘えた声を出す。

 「俺はガンスミスじゃないから無理……和樹に頼んでみ、スコープ位なら作れるかもよ。そいつ発明のスキル持ってるし」

 見ただけで解るのかい!

 「「スコープ?」」

 ビルボさんと曽祖父ちゃんが声をそろえた。

 「遠射用付的望遠鏡」

 叔父ちゃんが簡潔に日本語名を言う。

 曽祖父ちゃんはちょっと考えて何だか解ったようだが、ビルボ氏はまだ解らないらしい。

 「曽祖父ちゃんの使う武器の上に取り付ける望遠鏡の一種で、中に狙いやすいように標があるんです」

 ビルボ氏に助け船を出す。

 と、ビルボ氏は

 「それ、弓にも付きます?」

 この人も食いついたよ…

 「無理だと思いますよ。サイトやスタビライザーなら出来ると思いますけど…」

 言った後、周りを観たら曽祖父ちゃんとビルボ氏が、尻尾を振る仔犬のような目でこっちを見ている。

 叔父ちゃん、諮ったでしょ?

 「それはさておき、お前発明は解るとして、何でもう一つが絵画なの?」

 スキルが読めると解った瞬間から、聞かれるかな~、とは思っていた。

 「え~と、実はアニメを作ってみたくて…」

 叔父ちゃんが下を向いた。しばらくして顔を上げる。

 「…そこかよw」

 苦笑いである。

 人の事は言えないよね! 言えないよね!? この人、若い頃から中々仕事が定まらなくてコンピュータ関連の設計技術者、俺と同じテクニカルライター、プログラマーやアニメの制作進行、脚本やゲームデザイナーまでやっていたらしい。お婆ちゃんの話によると心配で仕方が無かったとか。

 「叔父ちゃんのスキルは?」

 話をそらすために聞いてみる。

 「あぁ、攻撃補助と防御補助、あと魔法防御に物作り」

 見事に戦闘特化かと思ったが、最後の物作りで引っかかる。

 「物作りって?」

 微妙に目をそらした叔父ちゃんが応える。

 「ほれ、鍛冶とか木工とか、そういうの」

 叔父ちゃんが言うとビルボ氏が後を続けた。

 「私の弓もタケシ様が作ってくれました。コンポジットボウとか言う、天下無双の弓です」

 キッパリと。

 ジト目を叔父ちゃんに向ける。さっきの復讐だ。

 「叔父さん。スコープの作り方やレンズの作り方を知らないはずありませんよね?」

 二匹の仔犬の目が叔父ちゃんに向く。

 「ムリムリ! この世界軽金属ないし、透明ガラスも貴重だし、まして削り出し加工何か…」

 騙るに落ちたな。

 その後、夕刻まで擦り付け合いが続いたw

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る