第7話 600年前

 結局、一等街区の入り口で揉めた。

 武具の持ち込みは禁止なので、武器を預けて行けと言う。

 「解った」

 言って腰の刀を鞘ごと抜いて門衛に渡そうとする。自分でも「ちょっと重いよな、これ」と思う刀だ。

 通常、日本刀は2~3Kg、大太刀でも実用的な物は4~5Kg程度である。それ以上になると、長物でない限り人間には振り回せない。

 そして、その刀を渡した瞬間、門衛の上半身が沈んだ。

 さらに「ガスン!」と言う音。

 見ると路面の石畳に門衛のガントレットが半分くらいめり込んでいる。フルアーマーで良かったね。

 他の門衛がやって来て、三人がかりで持ち上げようとしているがビクともしない。

 何かこうなるような気がしてたんだよね…

 最終的に詰所からも二人出て来て五人で持ち上げようとするがビクともしない。

 一瞬、そのまま図書館へ行ってしまおうか? との考えが脳裏をよぎったが、そうもいかないので片手でひょいと刀を持ち上げてやる。

 最初に渡した門衛は真っ赤な顔でこちらを見ていた。腰は大丈夫か?

 「で、誰が預かってくれるの?」

 言った瞬間全員の顔が蒼くなる。赤くなったり青くなったり忙しい連中だ。

 誰も声を出そうとしないので助け船を出してみる。

 「では選択肢は二つ。このまま持って行かせるか、これって難しいんだよね?」

 全員が無言でコクコクと頷いている。

 「保管場所があるならそこまで私が持って行って、帰りにまたそこまで取りに行く。どうだろう?」

 全員が一斉に嬉しそうな顔で頷いた。

 詰所の保管場所まで持って行って刀を横たえる。まぁ盗める奴はいないだろう。

 念のため「さっきの様な危険な事になるから誰にも触らせるな」

と言い置いて図書館を目指した。

 図書館自体はすぐに見つかった。こちらの世界から見ても大きな建物である。

 入り口にあったカウンターで用向きを告げて利用料金を払う。金貨一枚が登録料で、以降は無料らしい。

 「600年前位の歴史の資料は?」

 と聞くと「魔神大戦の頃ですね?」と言われ、館内図を指さしてくれた。

 館内にほぼ人影は無い。あまり利用者はいないみたいだ。

 書架から適当に本を引っ張り出して書見台へと持って行く。椅子までついている優れものだ。

 ペラペラとページをめくっている内に見つけた。叔父ちゃんに関する記述。

 曰く「失われた大陸からやって来た『撲殺の勇者』」だそうな。本当に何をしたんだあの人?

 細かい所を調べようにも既に伝説の類になっているらしく、いまいち要領を得ない。

 曽祖父ちゃんの記述も散見されるのだが「見た事の無い魔具で勇者を助けた」位しか解らない。

 多分ライフルの話だろう。それ以外は想像したくない。清水の殿様が江戸に上がる際に手元金の千両箱をを担いで同行した庭番の一人が先祖だったとかの話も聞いた記憶がある。

 あの曽祖父ちゃんが本気で戦ったら、自分と比べると想像の埒外。だって現役の軍人さんなんだもん。

 簡単に調べられる範囲は調べたと判断し、図書館は辞去した。

 何やら司書さん達が最敬礼で送り出してくれたが、そんなに利用者が少ないのだろうか?



 帰りに門衛の詰め所に立ち寄ったらまたトラブルが待っていた。

 人の刀を右手に、床を突き破って地面に手をめり込ませている小柄な髭面の男性。おそらくドワーフと言う奴だろう。

 「誰にも触らせるなって言ったよね?」

 後ろの連中に向かって言う。

 「いや、しかし…」

 「あぶねぇーからって言ったよね!」

 押し黙る一同。

 目の前のドワーフを冷ややかに見降ろしつつ

 「お前、何で人の物に勝手に手をかけてんの? 泥棒?」

 事態に対応できずにアタフタしているドワーフ。ちょっと腹が立ってそのドワーフの腹を軽く蹴ってみる。

 ドン! 

 と言う音と共にドワーフの顔に苦悶の表情が浮かぶ。

 「人の言っている事くらい聞けや? 盗人じゃなきゃ何なんだ、殺すぞこの餓鬼ぃ!」

 爺ちゃん叔父ちゃんごめんなさい。人のことはあまり言えないようです。

 やっと正気に戻ったドワーフが

 「あ、いや、これはこの珍しい刀が調べて見たくて…」

 完全な言い訳だ。

 「ほう? 調べたかったら許可も得ずに調べるんだ? じゃ、俺も俺のやりたいことをやっても文句は無いよな?」

 「わしは…」

 言った瞬間頬を引っ叩く。勿論手加減はしているが歯が二三本吹き飛んで壁に刺さる。

 「誰が『わし』だよ。盗人風情が上から目線でくっちゃべるんじゃねぇ!」

 自分でも怖いよ。叔父ちゃんが「何か出ちゃうんだよねぇ」と言っていたのが良く解った。

 「い、いや、あほ…」

 歯が無くなったので台詞を噛んだのは解った。だが、腹が立っていたので反対の頬を引っ叩く。

 「誰が阿呆だこの野郎…そんなに殺されてぇのか?」

 もう埒が明かないので刀を腰に戻して、ドワーフの首を掴んで引きずり出す。

 「で貴様はいったい何をしたかった?」

 一応聞いてみる。

 「あ…あの、その剣の刀身が診てみたく…」

 予想通りだね。

 「良かろう。刀身も切れ味も見せてやる。だが自分の手足とおさらばしておけ」

 言ってから鯉口を切る。

 チャッ、と言う短く細かい音にドワーフの顔が蒼ざめる。

 「どうした? 見たいのではないのか?」

 たたみ掛けてみる。

 「ご、ご、ご、ご勘弁ください!」

 ドワーフが叫ぶ。

 まぁ、謝ったので良しとして、後日の為に宣言しておく。

 「俺はカズキ、『撲殺の勇者』の甥に当たる。文句がある奴は家に来い。相手をしてやる」

 言った瞬間、周囲にいる人間の顔色が蒼白になった。

 叔父ちゃん、何したの!?

 つか、俺、不味い宣言した?

 まぁ、叔父ちゃんの武勇はもう周知の事実らしいので放置して家へと帰った。



 「ねぇ、曽祖父ちゃんと叔父ちゃんて、600年前に何やったの?」

 家に帰ってから食事の後で聞いてみる。

 二人とも杯を傾けている。中身はドワーフの火酒、要するに焼酎だ。

 「……600年前かぁ…」

 ポツポツと語り出す。

 「初めは忠がこの世界の女神に呼ばれたんだ。そして助けを求められた」

 懐かしい物を思い出すように語る。

 「あの美人に叔父ちゃんも曽祖父ちゃんも会ったんだ…」

 頭の中に女神様を思い浮かべたら思わず言葉が漏れた。

 「お前、あの女神を見たのか?」

 疑問形で言われたので、コクリと頷く。

 「そうか。余程の丹力なんだろうな。儂ゃどうやっても見られなかった」

 「え? 叔父ちゃんも?」

 曽祖父ちゃんがニヤリと口元を歪める。

 「いや、忠は目を見て会話しとったが…、ありゃ化け物だ」

 家系か、家系なのか? でも何で俺に出る?

 「で結局、話の内容は単純で世界のバランスが崩れるので魔王とやらをぶち殺してくれ、と言う話じゃった」

 昔っからベタな展開なのか…

 「何だか知らんが、この世界に来たら儂も体が貰えてなぁ、アレまで持っていたわ」

 壁にかけてある38年式歩兵銃の方に顎をしゃくる。

 「叔父ちゃん、驚いたんじゃ?」

 不思議そうな表情の曽祖父ちゃん。

 「別に驚いとりゃせんかったぞ? 武志は子供の頃から儂が見えて居ったし会話もできたからな」

 本当に何者なの? 叔父ちゃん。

 「まぁ、その後は魔王軍とやらと戦争になったんだが、武志の奴が片っ端から殴り殺して行った。儂はサポートしかしなかったわ」

 えらく簡単な説明だった。前振りが長いよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る