第12話歌姫の春

彼女の失声症を癒さんと種々のハーブを煎じて薬とし、日ごとに口に含ませて、彼女が再びあのソプラノボイスでアリアを歌うのを待ちわびて早一ヶ月、声は戻る様子もなく、夜啼き鴬が美声を響かせ、彼女もはくはくと口を動かすも声は出ない。調律師の私がピアノの鍵盤を叩けば首を振って嫌がり、着飾らせれば気も紛れようと、薔薇柄のボンネットにアンティークレースのドレスを着せれど拒み、メイクを凝らせど鏡を叩き割り、ハーブにもいよいよ飽いたと見えて、我さくらんぼのリキュールを欲すと細やかな文字を万年筆で書くので、やむなくして口移しで含ませれば、たちまち喉から歌はこぼれ、春風に乗って花のあふれる街へと流れてゆくのだった。

第五十回Twitter300字SS お題「薬」

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