第4話 始まった捜索
俺は欠伸を連発しながら中学校への通学路を歩いていた。確かに、歩いているのに頭ががっくんがっくん揺れている。重症だ。
昨日がゴールデンウィーク最終日だったから、羽目を外して夜更かしした結果……というわけではない。むしろ、いつも以上に早くベッドには入ったはずだった。特にすることもなかったから。
それでも寝つけなかったのは、昨日見たテレビのせいだ。この町に取材に来ていたテレビが最後に移した映像。そこに移りこんでいた女の子。その子の姿が忘れられなかったからだ。
おかげで、暗い部屋の中、電灯についた月のストラップを眺めながら昔のことずいぶんと長々と思い返すことになった。
けれど、一晩経ってみてもあの時、一瞬だけ見た映像は勘違いじゃあないと思う。俺はそう自分に言い聞かせていた。そう、あり得ないことではあるが、あれは確かにあかねだった……。
「ゆう君!」
後ろからボンと肩を押されてつんのめる。
「おはよう!」
朝からテンションが高いのは、椎名真理子だ。髪が短く、目鼻のはっきりした同級生。俺と同じく、水泳部で今はクラスメイトでもある。
「どうだった~、ゴールデンウィーク」
「別に、特に変わったことはなかったなあ」
「ふうん、私は映画行ったよ。アニメなんだけど、出てきたキャラがイケメンでさ~」
そう言って、無難な会話が続く。どこにでもある、外れない会話。その中で、映画に出てきたらしい言葉を椎名が口にした。
「ねえ、どう思う。このセリフ」
「そうだなあ。いいんじゃない。ちょっと悪い正義みたいなの。なんか、カッコいい」
「正義なのに、悪いの?」
椎名がちょっと首を傾げて俺の顔をのぞき込んでくる。下から小首をかしげて見上げてくる感じ。ちょっと、近い気もする。俺は一歩離れながら自説を披露する。
「正しいことは結構悪いよ」
俺は前置きしてから、たとえ話をする。思いつくまでに時間がかかったのは寝ぼけてるからだろう。
「……例えばさ、仲間がミスしたとして、それを指摘して直してやるのは正しいことだろう」
「まあ、そうだね」
「うん、大体の奴はそう答える。じゃあ例えば、ノイローゼで死にそうになってる奴が何かミスをしたとして、それを律儀に指摘たらそいつは多分死ぬだろう」
「うう~ん、なるほどね」
椎名は半信半疑といった感じで頷く。ぐしゃぐしゃとかきあげた髪の間からほっそりとしたうなじがのぞく。
「言われてみればその通り――でも、さっきそういうのカッコいいって言ってたよね」
「うん。だってさ、そういうもんだろ。ドラマとかの凄いキャラって、だいたい他人のことボロクソに言いながらでも、実際他の奴にできないことをやるし、人気もある。それって、他人のことを多少傷つけようが、自分の信念みたいなのを貫く奴が偉いってことなんだろ」
隣で長い手足を大きく振りながら、椎名がゆっくり深呼吸する。
「確かにそうだね。っていうか、ゆう君ってそういう難しいことよく考えてるよね、昔から。なんか尊敬しちゃうな~。クールでカッコイイ」
こっちを振り向いてニッと笑みを浮かべる。覗き込むように見つめてくる。直視するのも変なので俺は顔を背ける。
「そりゃ、どうも」
「いや~、ホント凄いよ。そんなに凄いゆう君は、さぞかし宿題も良くできるんでしょう。これは色々と教えてもらわないとな~」
やっぱりそうきたか。昨日のメールを思い出して途中からうすうす感づいてはいたが。
「分かったよ」
というと、椎名は文字通りぴょんと跳びあがって喜んでみせた。
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俺と椎名、二人とも結構時間に余裕を持って学校に行くタイプなので、教室についた時には三十分近くも時間があった。なので、通学中に言われた通り、宿題を教えてやる。俺が机に座って、教卓の横にある裏紙入れからもらってきた紙に書いて説明する。椎名はそれを横から机に頬杖をつきつつ眺めていた。
二問ほど教えたころに予鈴が鳴る。教室の扉に目をやると、申し合わせたみたいにドヤドヤ入って来る。よくある光景だが、いつもより人数が多いのは休み明けだからだろう。
「おっと、あたしそろそろ戻るね」
椎名は俺の肩をポンと叩いて、席に戻っていった。俺は説明に使った紙で飛行機を折ると、ゴミ箱めがけて投げた。飛行機はまっすぐに飛んで目的地に着陸した。
「ナイスシュート」
後ろから広瀬が声をかけてくる。俺は無言で手を差し出した。
「なんだよ」
「もちろん、お土産だよ。遊園地に行って自慢してたんだから、買ってきてくれたんだろう」
「買ってねーよ」
ガツンとカバンを机にぶつけるようにしてかけると、勢いよく席に座った。
「朝から女子とイチャイチャ喋ってる裏切りもんにはぜってー買わねえ。しかも、よりによって相手が椎名とはなあ」
あ~あ、羨ましい。わざとらしく言ってきたので一言「バカだな」と言っておく。確かに、客観的に言えば椎名はクラスで人気がある。大多数の中二女子にたがわず、胸はあまりないが、その分すらっとスタイルが良い。また、あざと可愛い言動が多いことが男子の人気の要因だ。だからと言って、女子からの人気だってなくはない。男子への媚を自分でも認めるくらいにわざとらしくしているので、みんながそのことを分かっていて、面白い娘として見てもらえているからだ。
だが、個人的には椎名を女の子としては見ていない。小学校の水泳教室からの仲なので単なる友達と言うだけにしか感じられない。一緒にいて楽しいとは思うが微妙にはまらないといった感じ。
俺はこれ以上この話題を話すのも嫌だったので、代わりに昨日から気にかけていたことを尋ねる。
「なあ、昨日の夕方さ。ニュース見た?」
「ん? 昨日? 昨日だったら、俺まだその時間電車だぜ。ニュースって、なんかあったのか」
「テレビの取材が来てたんだよ。子供祭りに。知らなかったのか」
「いや、全然。へ~あんなもんにわざわざねえ」
広瀬がテレビクルーの物好きっぷりに感心している間に前に向き直る。たぶんこうなるとは思っていたが、正直、広瀬が見ていなかったのは痛い。こいつは小学校に入った時からの遊び仲間だから、あかねそっくりのあの女の子のことに気づけたかもしれなかったのに。
だが、見ていないなら協力を取り付けるのは無理だ。
日直が寝ぼけた声で号令をかける。礼。
俺は、一人であかねを探すことに決めた。
授業はつつがなく進んだ。昨日まで大型連休だったということを示すのは、授業のたびに律儀に集められる宿題とそれに呼応して上がる怨嗟の声だけだった。それ以外は淡々と進んでいく。何をしていても同じように流れる時間。なので、俺は居所も分からない小学生を探す計画に没頭していた。
「なあ~、なんか奢ってくれよ」
放課後、さっさと帰ろうとする俺を広瀬が引き止める。
「なんで俺がお前に奢らなきゃいけないんだ」
「だってさ、宿題見せてくれって言ったのに、全然見してくれなかったじゃねえか。裏切り者」
「お前が遅いからだろ」
真っ当なツッコミのはずだが、広瀬は普段のマヌケ面で精いっぱい神妙な表情を作って首を横に振る。にやけた歌舞伎役者みたいで中身の悪さが丸わかりだ。
「お前が美少女しか目に入っていないからだ。よって、男の友情を無視したお前が悪い。ゆえに、お前は俺にお菓子を奢らなければならない。どうだ、この見事な三段論法」
ドヤ顔で決めてきたことにこっちは顔が引きつるのを抑えられなかった。いちいち説明するのも面倒だから、結論だけ言うが、これは三段論法などでは決してない。一瞬でもこいつの言うことを真に受けるやつがいたら、ちょっと調べてみることを心からお勧めする。将来、どうしても恥をかきたいと熱烈に望んでいるなら別だが。
それにしても、土産の一つもよこさないくせに奢れとは図々しい奴だ。
「よし分かった。後でコンビニで奢ってやる。お菓子なら何でもいいんだな」
と言うと、おう、と歯切れよく答えてから親指を立ててぐっと突き出してくる。バカがかかった。
「え、これ……」
教室でのやり取りから十五分後。広瀬は絶句していた。俺は買ってきたお菓子を押しつけて走り去った。
俺が渡したのは、棒付きアイスキャンディだ。二本くっついて売られていたやつを割ってから渡した。これであいつは二本とも食べざるを得ない。いくら暑いとはいえまだ五月。この季節ならお腹の弱い広瀬のことだ。間違いなく腹を壊す。これで当分あいつが絡んでくることはないだろうから放課後を自由に使える。
立ちすくむ広瀬が見えなくなるのを確認してから、スピードを緩める。向かう先は、子供祭りが開かれていた市民体育館だ。町の反対側だし、行ってもそこにあかねがいるはずはないが、そこ以外に始められそうな場所もない。
着いてみると、箱モノと呼ばれるにふさわしい閑散ぶりだった。あまりにも人がいないのでかえってすがすがしい。
俺は当時は屋台でいっぱいだったはずの駐車場を見てから、建物に入る。体育館そのものには予約なければ入れないが、受付前のロビーだったら誰でも入れるということはだいぶ前に広瀬から聞いていた。
人のいないカウンターの前を通り過ぎながら、古びた壁紙が貼られた壁を見渡す。
俺が期待していたのは写真だ。こんな大したもののない町にテレビが来たんだ。記念撮影くらい頼んでいても不思議じゃあない。
俺は血眼にあって探したが、いちいちそれを説明しても仕方がない。ソファが何台も置かれて無駄に広いロビーは、結論を言うと全く役に立たなかった。貼ってある写真はどっかの高校生が地方の大会でベスト8になったとか、大人たちのバレー同好会のものばっかり。番組の記念は気取りすぎて全く読めないサインが書かれた色紙一枚だった。
俺はあまりの収穫のなさに苛立ちながらうめく。あー、あー、あぁぁぁ!それでも、カウンターには誰も来ない。呼び出そうかとも思ったが、バカバカしくなってやめた。
めっきり陽が長くなった外はまだまだ明るかった。空にはまだ青空がのぞいてさえいる。俺はまだまだ諦めていない。できることを猛然と、片っ端からやってやるという気にさせる。そんな光景だった。
まあ、そのできることがないんだが……。
情けない話、今日一日で考えついたことはここに来ることだけだった。あの日は町中から子供が集まる。そんな中から顔だけを手掛かりに見つけ出せるか。
俺は腰に手をあてながら歩く。俺は歩いていると考えが出てくるタイプだ。そのことにひたすら縋り付いて考える。考えろ。考えろ。考えろ!この近くで小学生が行く場所はどこだ。
この町は俺が住んでいる側、すなわち駅のある西側に店が集中している。逆にこっちは住宅街で、特別なものといえば、ゆっくり遠ざかる市民体育館みたいなものしかない。小学生ならどこに行く。
適当に歩き回っていると、知らない道に出ていた。ここはどこだろうと周りを見渡していると、小さくて白いものがこっちに飛んでくるのが見えた。咄嗟に避けると、その白いものは後ろにあった車のフロントガラスにはじかれた。何のことはない、ただの野球ボール。
「すいませ~ん」
ボールが来た方から、声がする。五人ほどの男子が公園で野球をしていた。その内、ピッチャーにいた奴が、グローブをつけた手をこっちに振っている。投げろということらしい。小さい公園だ。あんなところでやったら危ないだろうに。小学生相手に注意してやろうかと思ったが止めた。変な年上風を吹かせるのは気が引けたからだ。ボールを軽く弓なりに投げてやってから尋ねる。
「なあ、お前ら、この辺りでさあ。髪の長い女の子、見なかったか?髪の長い、目がクリッとした女の子」
五人全員が顔を見合わせる。
「――見てませんけど」
「じゃあ、学校にはいないか?お前たちと同じくらいの年なんだけど」
こう言うと、男子連中はまた顔を見合わせた。その後、こっちに向けられた視線はまるで汚いものを見るようなものだった。腰も引けてる。
「あの、その子がどうかしたんですか?」
マズいなと直感した。明らかに不審者と思われている。
「いや~、そんな感じの子があそこを曲がったとこでさ、財布を落としたから知ってたら渡してもらおうかなって」
咄嗟についた嘘だったが、連中はあっさり信じた。意外とチョロイ。ただ、あんまり事はそううまくは運ばない。この連中はあかねのことを知らないようだった。まあ、学年が違えば顔も知らないなんてよくあることだから、大して期待はしてなかったが。
「まあ、ありがとう。これは交番にでも届けるよ」
一応嘘をつき通してから野球少年と別れる。だが、彼らのおかげで今後の方針が思いついた。この町の公園を片っ端から調べたおす。
俺はスマホでマップを確認しながら学校と公園の場所を検索した。放課後の学校をそのまま遊び場にしている子供もいるからだ。探す場所は二十近くもあった。俺はついさっきいた公園の名前を調べてマップにバツ印をつけた。しらみつぶしにやるしかない。
「ちょっと、こんな時間までどこにいたのよ」
家に帰るとスケジュールの番人が怒っていた。俺が普段よりも1時間以上帰るのが遅かったからだ。普段は一分のズレにも口を出す母親だ。彼女にとって、この遅れは天変地異でも起こった様なものらしい。何度もしつこく訳を聞かれたが、まさか本当のことを言う訳にもいかない。死んだ幼馴染を見たなんて言ったら、最悪精神病院行きだ。
結局、友達の家に呼ばれてたと答えておいた。よその家が絡んで来たらそうそう文句も言えないということを計算に入れた答えだ。
それでも、遅れを取り戻すべく怒涛の勢いで風呂と晩御飯を済ませることになった。町を横断して普段以上に体力を使ったのに、時間がなく全然食べられなかったせいで、部屋に戻ると昨日買ってきたポテチを食べた。一日で消滅した。
そして、俺はベッドに寝転がりながらスマホでこの町の小学校のホームページを漁ってみた。何かあればとも思ったが、さすがに今のうるさいご時世だ。個人の顔が分かる写真は一枚もなかった。
しょうがなく、電気を消して寝ることにする。暗闇の中、ビーズでできた月がぼんやりと光っている。
今のところ、有力な手がかりはない。だが、絶対に、絶対に、見つけ出してやる。
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