補完資料(特別管理資料指定・書簡)
しばらく二人で手稿を眺めていると、ふいにレドロネットが声をかけてきた。
「……ねえ、棚の中にまだ何か残ってるわよ?」
レドロネットは引き出しから何かを取り出した。よく見えないが、また紙のようだった。
「管理票に『補完資料』って項目あったじゃない? あれって一体何かしらと思って探してみたのだけど、そしたらこんなのが出てきたわ」
差し出されたのは三枚の古びた紙で、先ほどの草稿よりもサイズが一回り小さい。幸いなことに、こちらも読める文字で書かれていた。
一枚目の文頭に目を通す。
『親愛なる大法官デュプリ殿へ、カクトゥーラ伯キクス・シュワルツ』
──現ヴェルウェスト王家であるシュワルツ家が、魔法使いへと送った手紙?
僕はどうしようもない違和感を覚えながらもその書簡を読みはじめた。
そこに書かれていたことによると、そもそもこの手稿はローエンシュタイン氏の没後、シュワルツ家の手に渡って長らく保管されていたとされている。
そこまではいい、問題はその後だ。
カクトゥーラ地方の都市国家を治めていたシュワルツ家には、その右腕として政治を支える人物がいた。
そう、今回の発端である紙片の持ち主こと魔法使いデュプリである。彼は大法官としてシュワルツ家に仕え、当時のカクトゥーラが執心していた領地の拡大と、新たに支配下に置いた地域の安定と発展にその手腕を存分に振るった。
彼の才覚は本物であり、後の帝政ヴェルウェスト建国まで繋がるシュワルツ家の躍進の影には彼の功績が多分に含まれていたことがこの文面からは読み取れた。
そして、ここからが重要なのだが──大法官デュプリの多大なる王室と国家への貢献に対する感謝の念と報酬として、シュワルツ家の家宝であるローエンシュタイン手稿を彼へ贈呈するという旨が、この書簡には記されていたのである。
……シュワルツ家が、代々受け継がれてきた家宝をよりによって魔法使いに与えた?
「──なん、ですの? この内容、私には……私には、どう読めばいいのかわかりませんわ」
書簡の内容を読んだ僕とリリィは、戸惑うばかりだった。
ここに書かれていることは、僕らが認識している世界の全容とはあまりにも大きなズレがあった。
僕たちは、人は長い間触れざる者達の支配下で生きてきたと教えられていた。
その圧政に耐えかねて起こったのが魔女狩り運動であり、その勝利によって人は今の世界へと繋がる工業文明を獲得したとも。
だが、もしこの内容が全て事実であるとするならば、実際には人と魔法使いには対等で深い交流があったのではないだろうか。魔法使いと人間は、どちらも政治に携わるほど高い地位にいた証拠でもある。いや、そればかりではない。
この書簡は、支配者からそれに仕える者へと宛てられていた。
つまり、人は触れざる者を従えて、昔からこの世界の為政者として君臨していたことになる。
──王家は元々魔法と、触れざる者達と、密接な関係にあった。だが、それを今は隠している。
僕から書簡を奪い取ったリリィは顔面蒼白でそれを読んでいる。
アカデミズムの世界で生きてきた彼女にとっては、それこそこんな今まで信じてきた歴史を全てひっくり返し、白紙に戻すような内容など到底信じることなどできないだろう。
もし世間に発表すれば、確実に世界は震撼する。
僕は、いや僕らは、もしかしたらとんでもなく大きくて深い、世界の秘密に触れようとしているのではないか? そんな思いが頭をよぎって離れない。
「ちょっと待ってくださいまし、私はまだよく整理ができていなくて──幻の遺書を追って、伝説の図書館に行き着いて、そしたら探していたものは本当は遺書ではなくて。それで、どうしてそんなものがこの世界の秘密なんかに繋がるのです? いえそもそも、それが本当かどうかもわからないのに、こんな……」
リリィの方は未だ混乱しており、すがるようにレドロネットの方を見た。
「魔女さん、貴方が本当に”終局の魔女”なら──教えていただけませんか? この話の、遺書と、図書館と、魔法使いと王家、それから世界の秘密……知っていることだけでも、構いませんので……」
対する彼女は僕とリリィを交互に見た。リリィの真剣な眼差しに押し切られ、それから諦めたように首を振った。
「私にも知らないことだってたくさんあるわ──。でも、知っていることも同じくらいあるわね」
だから、ここからはレドロネットの推測した話。彼女は「これが真実だとは期待しないでね」なんて言ったけれど、僕はおそらくこれが限りなく真実に近いものなのだろうと思っている。
* * *
そもそもの大前提として、《バンフォーブスの大図書館》は長い年月をかけて収集された無数の蔵書を管理し、保管する施設であったのは周知の通りだ。
だがそれに加えて、もう一つの側面もあった。当時の大図書館の支配者であり、管理者でもあったカクトゥーラ、要するにシュワルツ家は、文明と軍事力の発展を国是と掲げて、大図書館を国の直下で運営する学術機関とても機能させていた。
残された資料から察するに、国内外から集められた研究者──当時それは《錬金術士》と《魔法使い》の二つに大別されるのだが──が多数在籍し、国力増強に貢献すべく、様々な研究を日夜重ねていたようだ。
これがおそらく五百年から三百年ほど前の話。
だが、ある時期から全てが一変する。《魔女狩り》と呼ばれる運動が民衆の間で起こり始めたからだ。
シュワルツ家をはじめ、当時の為政者達は魔女狩りに対して黙認を貫いていた。領主や国家、神殿といった当時の権力者達にとって、あくまで内発的な市民運動であり民衆の不満のはけ口として行われていた初期の魔女狩りを支持・支援する理由はどこにも無かったのである。
だが、魔女狩り運動は日に日に激化の一途を辿っていき、触れざる者達を排斥しようとする機運が高まる状況に彼らはやがて危機感を覚えはじめた。
特に、当時のカクトゥーラ伯であるシュワルツ家の場合、デュプリを筆頭に「民衆の敵」である魔法使いを政治構造内に多数召し抱えていた。
すると必然、民衆の矛先はそれを擁護する統治者へも向いてしまうこととなる。彼らにとっては、対岸の火事がいつの間にか目前まで迫っていたのである。
市民による反乱を恐れたシュワルツ家が最終的に選んだ方法は、権力機構から全ての触れざる者──魔法使いを排除することであった。
この瞬間、シュワルツ家、ひいては後の帝政ヴェルウェストが触れざる者達と決定的に袂を分かつこととなった。
この決断の余波を受け、当時の研究内容に魔法の利用と発展も含まれていたバンフォーブスの大図書館は閉鎖を余儀なくされた。
後の世で「魔女狩りの時代に歴史の表舞台から突如消えた」とされている理由。
それは、国家の事情によって文字通り世間から隠すように閉鎖されたことに起因するのであった──。
「──強いて言えば、比較的早い時期に閉鎖されたお陰で図書館が無傷のまま残ったというのは、不幸中の幸いってやつね。もし閉鎖されずに魔女狩りが更に過激化した時代まで施設が残ったとしたら、きっとあの時代に失われた多くの施設や物品みたいに、今頃この図書館は蔵書諸共跡形もなく破壊されていたと思うわ」
レドロネットは話の最後をそう締めくくってから僕らに向き直った。
挑戦的な彼女の目は、まるでこの話を受け止めることができるのかと僕らに問いかけているようだった。
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