第3話 ただの麩(きな)菓子
朝というのは、撮影にはうってつけである。光が優しいし、空気もいくらか澄んでいる。そんな訳で、撮影は順調に進んだ。一息ついて喉を潤そうと思った時がちょうど売店の開く時だった。七海が御手洗に行っている間に、郁弥と渡辺が売店で飲み物を見繕うことになった。渡辺にとっては、公園の売店で買い物をするのは初めてのことだった。郁弥と一緒なのも手伝って、渡辺の胸の高鳴りは止まらなかった。ほんのわずかな時間でも、2人きりで過ごせる時間が、この時の渡辺には幸せだった。全て、七海の計らいによるものだ。もちろん、見返りを求められてはいるのだが。
「郁弥様、あれって、何やの」
渡辺にとっては、全てが宝石のように輝いていた。だから、『コイノエサ』でさえも手にしたくなるのだった。渡辺は、『コイノエサ』が本当に『鯉の餌』だとは思っていなかった。何か、甘酸っぱい人間用の食べ物だと思い込んでいたのだ。郁弥も悪い顔を一切せずにそれを注文した。
「何や。ただの麩菓子やんかぁ」
そう言って、受け取った『コイノエサ』を見て、一気に夢から覚めたようにがっかりした表情を見せた。
「そうでもないよ」
郁弥は袋を覗き込むと、十数粒の中からほんの一欠片を取り出し、ベンチの上に並べた。見ようによっては、ハートのようにも見える形をしていた。
「そうかもしれんなぁ」
5月の風が、爽やかに香りながら2人の間を駆け抜けた。『コイノエサ』に味はついていないが、2人で過ごした思い出は、渡辺にはとても大切なものとなった。
「やっぱり、不味いもんは不味いんやなぁ」
(食べたんだ、コイノエサ)
恋のぼりのてっぺんには、ふ(きな)がし 世界三大〇〇 @yuutakunn0031
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