第13話 12

 放課後、茜を強引に屋上に誘った。彼女は少し不思議そうに、でも笑顔を見せて「いいよ」と言ってくれた。

 今日はあの日と同じ、水曜日だった。

 ポケットにはブレスレットが入っている。目の前の彼女の右手にも同じものがある。

 彼女は購買で買ったカレーパンを少しづつ齧る。

「なんかこう、何か食べてると、懐かしいよね」

「そうかな?」

「よく小学校の時とか、一緒に食べてたじゃん。お昼もそうだし、忘れた?」

「忘れてないよ」

 忘れるわけがない。引っ込み思案でネガティブな私がいままでそれなりの対人関係を維持できたのは彼女のおかげと言っていい。

 いまから私は、その彼女を追い詰める。

 

 彼女がパンを食べ終えると、私はポケットからソレを取り出した。

「これ」

「見覚えない?」

 彼女はそれを見るなり血相を変える。

「どこでそれを……」

「同じのだよね。それと」

 私はうろたえる彼女を見ても眉ひとつ動かさない。動かせない。

「どこ! どこで見つけたの?」

「校門の近く」

 私は適当に嘘をつく。

「どうしたの?そんなに大きな声あげて」

 涼しい顔をして私は言う。嫌になる。私はここまで演技が上手かったのか。私はここまで嗜虐的になれるのか。

「これ、藤村くんのだよね。同じクラスの」

 彼女の「なんで」という言葉を遮って言い放つ。

「知ってるよ。他の人はどうかは知らないけど、私は知ってる」

 知ってる。いや、知ってしまった。彼女と彼の関係も、彼女が援助交際を強要されていることも。

 彼女の顔は青く引きつっている。あの日の彼みたいだ。

「知ってるよ」

 私は息を吸う。私は知っている。知っているのだ。

 どうでもいい世界の中、彼女は数少ない大切なものだから。

「私は茜の、幼馴染だから」


         ◇


 それからの話はただの答え合わせだった。右手のペンで答えを写して左手の赤ペンで丸付けをするような、そんな感覚。

「最初はお金を貸していただけで」

 彼女は言う。

「彼を助けてあげたくて」

 彼女は言う。

 どうでもいい、と何度も言おうとした。だが、言えなかった。

 結局、彼は私も、茜も騙していたのだ。

 茜は私に話しながら、泣いていた。

 彼の懺悔の言葉を、教えてあげたかった。

 彼がどこにいるかを、教えてあげたかった。

 心の中で何度も謝罪した。彼の居場所は、言えなかった。

 彼女は泣いていた。援助交際を強要されていたことではなく、行方知れずの彼を思って泣いていた。

 なんどもなんども、何度も、彼女は会いたいと言う。

 私は彼女を抱きしめた。涙を流す彼女を、抱きしめた。強く、抱きしめた。

 

 多分、誰も悪くない。私も、彼も、彼女も。ただ星の巡りが悪かっただけだ。

 そう、自分に言い聞かせた。

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