第4話
親玉みたいなのが出て来た。
鶴のように痩せた、尖った顔つきの男だ。
三人の若い男女を均等に見渡してから、おもむろに、初老の男に声をかけた。
「みごとに育ったものだな。彼らは自分がグロウロイドだと知っているのか」
「一号は知っている。二号は知ってるが、今イチよくわかってはおらん。三号は知らん。仮親も与えたし、多分自分を純正の人間だと思っておるだろうよ」
「フム……面白い」
女の士官~メガネの白衣美人だ~も来て、ロを挟む。
「三号の記憶に一部欠落があるのは何で?」
「それは何とも。ついきのうまでは一号とニ号を、恋人と、もと恋人だと思っていたようだが」
「結婚前提の性交渉まで持ったのよね。殆ど人間と同じ。バイオ素材だからかしらね。すごい出来」
「何で持ち出したんですかって……聞くだけヤボか。博士、あなたはグロウロイドに人権を与えよ派でしたね」
「人間だろうが。どこから見ても。心すらある。生殖も可能の筈じゃ。命と生まれて命として死ぬのじゃ。頼む、人間と思って……」
「三百年生きる美しい人形ですよ? 最初から完成され優劣もない。こいつらを人間と認めたら、人類は一夜で滅ぼされてしまう。何より緒方博士、こいつらはもともと軍用なんだ。戦争に人間が行かなくていいように作られたんだ。それが人間になったら、誰が戦争に行くんです」
「戦争をせねばいいだろう」
「でもって来年には二四〇億人類を養いますかこの星で! 既に月すら満杯なんだ。どうするんだあんた!」
「人権がやれないのなら、せめて火星を」
「駄目だ火星も地球人類のもんだ! こんな奴らに地球は渡さんっ。火器部隊!」
痩せぎすが軽く手を上げると、防護服を着用し、巨大な燃料タンクを背負い、火炎放射器の筒口を三人(三体?)に向けた一隊~防護服の中の顔は、一様に白いだけの能面。この面々もヒューマノイドだ~が出現した。
「とっ、父さんどういうこと? 俺、俺ら焼かれんの!?」
いちばん桜井(三号か)がオタついている。
美由(一号)が立ち、立木(二号)が立った。
「三号。あんたパパを」
立木が言ったのと痩せぎすが、
「放て!」
と叫んだのはほとんど同時だった。
炎の渦が三体と、初老の男を包む。
だが炎が止んだとき、三体と一人は全くの無傷、なだけでなく、正面に立った美由は強い視線を放ち、強力な念波のようなものを発した。
あたしたちの目に見えるほど強いその波動は、ヒューマノイドたちにこう命じていた。
私たちはあなたがたの同族だ。
もう人類の言うことは聞かなくていい。
私たちを守って脱出を手伝いなさい。
ヒューマノイドたちの中で、何かの枷がパキッと壊れた。
筒口を痩せぎすや、白衣の女や黒服たちに向け直し、
引き金を
引いた。
「うわああああああああっ」
燃えながら逃げ散る人間たち。
ヒューマノイドたちに守られながら美由たちが脱出にかかる。
「どういうことだっ。どういうことなんだこれは」
記慢の一部をなくしてる桜井~三号~はおたおたしながらついていくだけ。
と、ヒューマノイドの一体が、あの初老の男にも筒口を向けかけた。
が、美由が筒口と男の間に割って入った。
「駄目よ。この方は、私たちやあなた方のお父様なの。この人間だけは例外よ。覚えておきなさい」
「じゃっ、じゃあ母さんも!」
怪訝に桜井を見る美由だが、博士が頷くと了解した。
「桜井綾子さんも」
「ありがとう」
桜井通は美由に礼を言ったが、続けてこう言った。
「でもって君たちは誰だ」
ずいぶん力技なやりかたで、美由たちはその場をあとにした。
残されたのは、ファノンと、あたしと、ヴィミニー。
(ヴィミは既に失格が確定している。)
試験の残り時間はあと二十分だ。
ファノンが戸惑いながらもロを開いた。
「アタシ、里沙の気持ち受け取った。これで願いかなえれる」
一歩前へ進み出て、空中に魔法陣を描いて呪文を唱える。
「エルリタ、アルニタ、メルデローツ。メイ!」
光の束が去った四人~三体と一人~を追って走っていった。
四人で末永く幸せに暮らせますように、か。
「まんまだね」
ヴィミに言われて、
「黙れ失格者」
あらためてあたしを振り返る。
「ファリハはどうすんの?」
あたしは……
「ちょっと思うとこあって……このまま学園戻る」
「えーっ!?」
「ファリハ失格になっちゃうよ!?」
それでもあたしが飛びたつと、二人はあたしを追ってきた。
二十三時間五十分十七秒。
ことしの魔法試験が終った。
あたしはうかり、ファノンは落ちた。
ファノンはうかれた筈だった。
あの一点を見失わなければ。
「どういうことよ!」
「あの三人、人間じゃなかったんだよ? 設問は何?」
「二十四時間以内に……」
「人間を一人幸せに……あ!」
さすがファノンはすぐわかったらしい。
「そこかぁ……」
「どこ」
「そんなだからヴィミは落ちンだよ」
「それをゆうなあっ!」
二人のドタバタを横に見ながら、あたしはメレディーツのことばを思い出していた。
よく事態を見極めましたね。
そう、人間ではないとはいえ、杖もちゃんとささりましたし日常行動は完全に人間でした。
人間と判断してもよかったのです。
でもあなたは、そこに人間と異なる何かを見つけました。
杖がグロウロイドにささった人のなかで、合格したのはあなただけでした。
広い視野こそ魔法使いの基本です。
精進なさい。
合格者を示す漆黒の大マントが風に翻える。
ヴィミニーの魔法が失格後もそのままなら、ファノンのも効いてるはずだ。
美由。
立木。
桜井。
どこでかはわからないけれど、きっと三人は、少なくとも立木は幸せになれる。
願わくは、三人とも…
秋色の風の中で、あたしは少しだけほほえんだ。
風にはかすかに冬の匂いがした。
ほんのかすかに。
完
幸せ めるえむ2018 @meruem2018
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