第3話

 そうねえ。

 技とかの話だと、全然語れないんだけど、『何で今、スモーは三つあるのか』くらいなら、たぶん話してあげられてよ?


 昔々日本には、相撲という神事がありました。

 昔の人はおなかいっぱい食べられる人生なんてほとんどなかったから、太った肉体は神様からの授かり物。

 (女性の美も、かつては太りじしだったのよ。先進国とか言ってるトコロでは絶滅した考えだけど。途上国ではまだまだふっくらしてる人が美人よね。あら、話それたわ)

 そんな福々しい神の愛(め)で子が力強かったら神の代理でしょ?

 土地神様と戦って、負けてさしあげると豊穣をもたらしていただける、そんな流れの神事さえあったの。

 そして強い人には権力者がおもねる、庇護したがる、いつしか相撲と権力はべったりの関係となっていったのね…

 だから今も、相撲は国技と呼ばれがち。

 正式に『国技』と定められた文書とかはないらしいんだけどね。

 そんな風に日本イコール相撲みたく言われてるワリに、なり手がどんどん減っていって、二十世紀の終わり頃、相撲は一度滅びかけたの。

 まあ、気持ちはわかるよねえ。

 きつい稽古に耐えさせられても、ほめてくれるのは通だけ。

 どうせやるなら野球やサッカー、格闘技ならレスリングとかK‐1とか。

 女の子ワーキャーしてくれるし。

 相撲絶滅の危機よ、まさに。

 そんな中で、やってもいいよって言ってくれたのが、外国の人たちよ。

 オケツ出すのがいちばん恥ずかしかったらしいけど、強さはホンモノだし、名誉もすごいじゃない?

 だからバリバリ強くなる。

 徒弟制度みたいな上下関係も、歴史ゆえと思えば平気、みたいな。

 わざわざ国違えて頑張る人たちだから結果も出る、ある時期モロに横綱が、外国人力士だったことすらあるわ。

 でもそうなると日本人は口惜しい。

 勝ちたい、勝たせたい、体力差なくしたい。

 でも基礎訓練を頑張るのはやだと。

 じゃあどうすると。

 あっ、いけなあい!

 出前の途中だったわ!!


 真剣に聞いてたアタシを置き去りに、マスターは別の部署に駆けていったが、小銭をジャラジャラいわせながら戻ってきた。

「どこまで話したっけ」

「基礎訓練を頑張るのはやだ」

「そうそう。それで思いつかれたのがバイオ改造なわけよ。時代的にもプチ整形とか、ボディピアスとかファッションタトゥとか、若者が、カラダを変えることを怖がらなくなってたからなおさらね。より熱い格闘技としての相撲が、あっという間に認知されたの」

「でも…だったらあの、マシンバトル系は?」

「反動よ」

「反動?」

「誰でも屈強ボディに憧れる訳じゃないでしょ? そうじゃない系の相撲ファンの受け皿が必要になったの。もうちょい知的でかつ、生まれつきの運動能力に左右されない相撲。で、機械ならって発想が出てきたわけ」

「そういえば、アタシの小さい頃、ロボット相撲みたいなの、流行りませんでしたっけ? ほら、ちっちゃいロボットをリモコンで操って…」

「文科省ご推薦のアレね。科学振興とか言っちゃって。だめだめ。お上が思いついたものなんて、たいてい定着しないの。それにやっぱ格闘技だもん。カラダ使わないとね」

 アタシはため息ついた。

「要するにどっちも、本気でカラダは鍛えたくないという、日本の若者気質反映して生まれたんだ」

「今は改造系にもバトル系にも外人さん増えてるから、日本の若者気質だけが軟弱化したとは一概には言えないけど、もとを作ったのは間違いなくこの国だわね」

 言い切った後で、はたと気づいて手を出した。

「授業料?」

「ンなのいらないけどお代は要る」

「今日頼んでない、あ、先月分?」

 ごめんごめんとお財布取り出したけど引っ込める。

「やっぱ社員チェックで」

 タッチライターに窓を開く。

「今どきあんただけよ、ツケなんて」

 窓にマスターがタッチすると、引き去り音がチリンと鳴った。

 覗き込んで愕然となる。

「四千五百円んー?」

「滞納料金つきました」

「がびーんっ」

「何それ。百年間たぶん誰ひとり使ってないわよその擬音」

 毎度あり~と行きかけるが、出口でちらと振り向いた。

「聞かないの? 『どうしてそんなに詳しいの?』って」

「聞かなァい。どうせマスターの前カレが、スモ一界詳しかったとかそんなでしょ」

「鋭いこと」

「記者ですから」

 マスターはカラカラ高く笑った。

「残念ながら前々カレよー」

 振り向いた時にはマスターは、廊下の方へ消えていた。

「そんなことはどうでもいいのだが…」

 つぶやく間にも映像ビューは、律儀に3D映像を再現し続けている。

 見合って立ち合って仕切り直して。

 そうなのだ。

 これはダラダラしてるのではなく、呼吸を、合図することなく合わせているのだ。

「いい立ち合いかぁぁ…」

 いつしかアタシはマジで相撲に見入っていた。


 わかると俄然面白くなってきた。

 今も十両どうしが、立ち合いのタイミングをはかっている。

 『その一瞬』は客席で見ている客たちにも、ちゃんと伝わっている。

 水を打ったような一瞬の後の、両者が四ツに組む瞬間、場内がワーッと上がる。

 戦う者と観る者が、一体となる瞬間。

 そこをわざと外す技もある。

 猫だまし。

 立ち合いで整った呼吸を一気に崩し、相手に挑みかかる技。

 立ち合いの妙を知った今、それを外す技だなんてもう…

 息をのんでいるアタシに、隣席の老人が嬉しげな視線を投げかける。

 わかるのだね。

 ええわかります。

 これが本物の相撲だという士幌山親方の言い分もよくわかるし、シュンテルに足りないものが足腰の粘りだということも、とてもよくわかる。

 シュンテルに次会ったら必ず言おう。

 嫌われちゃうかもしれないけど、今ははっきり言いたい。

 そんなことを考えていたら、丸太山とメサが来るのに気づくのが遅れた。

「レイコ!」

 メサの片言発音を聞いて、やっと彼らに気づいた。

 われながら迂闊だ。

「おー」

 軽く手を上げてから、思いついてメサに、「さだりほメサ」

 メサはめちゃめちゃ嬉しい顔になった。

「サダルフ、ティエリ」

「ティエリ?」

「『美しいオネエサン』」

 訳してくれてからメサに、

「でもねーぞ」

「まるたー」

 睨んでからふと気づき、

「取組は? まだ場所中でしょ?」

「きのう勝って勝ち越しにはなったけど、マシンが修理不能になっちゃって…」

「てことは休場?」

「てこと」

 軽い答え方をした後、丸太山は急に真顔になった。

「レイコさん、俺廃業するかも…」

「え? だってあんた、マシン系ではかなり

なトコに来てンでしょ?」

「うちの爺ちゃん本格オンリーの人でさ。ガンダフ乗るくらいなら帰ってきて家業継げってギャアギャア」

「ガンダフ?」

「マシバ嫌いの人はだいていガンダフ呼ばわりだよ。せめてパシフィックリフとかエヴォンゲランくらいのこと言って欲しい…じゃなくてっ」

 言い種からも、切羽詰まっている感は伝わってくる。

「メサ。俺のBKがあくから使え。すぐデビューできるぞ」

「?」

「メ、ドンヌドンヌBKドン、メサ」

 訳したな。

 メサ喜ぶぞ。

 そう思って見ていたのだが、メサはなんと、首を横に振ったのだ。

「メサほんかくやる。まるたBKつづける。マシバの神、まるたすき。まるたつづけるよろこぶ」

「メサ…」

 戸惑う丸太山の横で、アタシもメサをただ見つめる。

 マシバの神…? 




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