第2話

  帰り道は足が重かった。

 外人新弟子ったって、そんなの今じゃゴロゴロいる。

 黒人力士も少ないけどいる…本格にいないだけだ。

 だから士幌山親方はメサを、黒人初の本格力士にしたいのかもしれないけど、メサはそんなこと望んでない気がする。

 一日も早くデビューしたいメサ。

 取材の芯がつくれない。

 あすは初日だ。

 国技館、行ってみるしかないか…


 初日から毎日通ううちに、どんより感はいや増してゆく。

 場所中にもかかわらず、閑散とした館内。

 取組もかったるい。

 睨み合うのに水さされる。

 手をつきかけて、やめる。

 いったい何を待っている?

 わからない、わからない…

 その点強化系は…


 第二国技館へ移動する。

 満員御礼の垂れ幕。

 どっさりの観衆。

 応援は怒号のようだ。

「ハヤノテル! ハヤノテル!」

「ツシマシュウ!」

 あの隼ノ輝がちょうど土俵上にいた。

 津嶋海部屋のホープ、津嶋秀が相手だ。

 傍で見た隼ノ輝はものすごい肉体だったけど、津嶋秀もものすごい。

 ぶつかり合う肉体と肉体。

 しかもそれが変形する。

 がっぷり四つに組んでいるのに、津嶋秀の背からは今、二本の小腕がにゅううっと出てきて、隼ノ輝の首を締め付け始めた!

「ぐふっ」

 落とされかけ、ふっと力が抜けたところで、足を払われ、隼ノ輝は膝をついた…

 行司の軍配がさっと上がる。

「津嶋秀うううううっ」

 どっと会場が湧く。

 引き上げる隼ノ輝が、士幌山親方に伴われ、アタシの脇を通ってゆく。

「シュンテル惜しかったね」

 通ってるうちに呼びならわした呼び方で激励したけど、シュンテルは怒りのこもった目でアタシを見返した。

「全然すよ。うちの部屋、バイオ改造御法度だから、あーゆー戦法で来られるとアウトっす」

「そういう問題じゃないって常々言ってるだろう」

 親方が振り向いてシュンテルに厳しく言う。

「下半身を強くして、技を」

「そんなの本格のやつに言ってくださいよ。俺らには俺らの戦い方があるんだ。親方の時代とは違うんですよっ」

 シュンテルは独りで、支度部屋に戻ってしまった。

 親方はことばもなく、シュンテルの去った方を見送っている。

 そこへ「わあっ」っと上がる歓声。

 『第ニ土俵』での取組が始まったのだ。


 第ニ土俵はマシンバトル相撲の専用土俵だ。

 こちらにも満員御礼が出ている。

 人型ローダーを装着し、立ち合いを待つ二人のカ士。

 一人は空港でアタシにファルルフの習俗教えてくれた、あまりガタイのよくないあのコだ。

「丸太山です。去年の新弟子で、新人賞取ってます」

「八卦良い、残った!」

 行司が宣するや否や、二台がガッと動き出す。

 組んず解れつぶつかりあって、やっと組み合い、押し合って、やがてタヤマが相手をマシンごと投げた…

「丸太山~!」

 行事が軍配を掲げると、既に湧きっぱなしの場内がさらにどっと湧く。

 そんな客たちの背中を見ていると、相撲シロウトの私にも、熱気がばりばり伝わってくる。

 でも親方は苦い顔だ。

「丸太山君、いい勝ち方でしたね。これで勝ち越しですね」

「うんまあ…」

 口調も苦い。

 やっぱここは突っ込みどころだろう。

 口を切ろうとしたそのタイミングで、親方の方が先に口を切ったので、私は戸惑って、ロをパクパクさせるはめとなったけど、親方は自分の考えにひたっていて、アタシのあたふたには全然気づいていないようだ。

「丸太山には悪いが私には…あれが相撲とはどうしても思えんのだよ」

「つまりそういうこと」

 いつのまにかシュンテルが来ていた。

「親方には、俺らのは相撲じゃねーんだ。本格以外は外道なんだ。そんなふうに思われてて、頑張れる弟子がどこにいるよ」

「…」

「今のままじゃ、あのアフリカのチビも、本格押しつけられちまうぜ。早くデビューしたがってるあの子には、ちょい酷だと思わねえか?」

「それは…」

 アタシは何とも答えられなかった。


 社屋に戻ったアタシは、今日の取材メモを整理しようと取りかかったものの、何から手をつけたら良いのか、見当もつかなかった。

 最初は黒人少年の奮戦記でいいかなと思ってたけど、何かいろいろポロポロでてくる。

 大人は何かと本格本格と言い、若者たちは肉体系とマシンバトルに熱狂する。

 どうしてこうなった?

 人気の問題だけなら、本格やめちゃえばいい。

 何で本格は続いてる?

 ロイヤルファミリーがお好きだから?

 総理大臣賞も賜杯もある。

 あ、国技だった、そーだった。

 何かもう、わかんないっ!

 とりあえず、映像ビューを3D再現する。

 立ち合いそうで立ち会わない。

 呼吸を合わせて一気に…

「いい立ち合いねえ」

 女言葉の男声。

 社屋隣りの小喫茶店『S』のマスター重岡光氏だ。

「氏じゃない。“嬢”よ」 

「マスター」

「まあマスターは許すか、やっ、嬢だから“マダム”…まあ…いいわ。どしてスモー流してんの?」

「担当になった」

「レイレイがあ? わかんの? 出来んのお?」

 何を言われても返すことばがない。

 でも“いい立ち合い”。

 マスターはもしや。

 アタシはマスターにすがりついた。



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