KUNIBIKI
めるえむ2018
第1話
20XX年の夏。
アタシは編集会議に遅刻した。
「遅くなりました!」
ドタバタと駆け込んだアタシを見る、先輩がたの冷たい視線。
冷たい、というよりクール。
クールそのもの。
デスクが禁煙パイプを口にくわえたまま言った。
「マジ遅かったな。おかげで全員ゆっくりと、好きな担当が選べた。残りはこれだ」
禁煙パイプで示されたホワイトボードには、『スモー』と『いけばな』しか残っていなかった。
スモーといけばなあ?
きゅっ、きゅうきょくのせんたくっ。
漢字で浮かばないほどテンパるけど、どっちかしかないとしたら、スモー、だ。
いけばなだと、生活情報、家庭部だもん。
下手すると一生、身の上相談とかの記事チェックになっちゃう。
「そう言うと思った。じゃ早速空港行ってくれ。士幌山部屋に外人新弟子が入る」
「は?」
いきなり取材?
まじありえない。
個人所有のホババ~ホバーバイク~で空港まで飛ぶ。
ファルルフからの直行便はもう着いてる。
士幌山部屋はTOKIOタイムス社からかなり隔たるから、何としてもここで関係者と顔つなぎしときたい。
幸いロビーで大男集団を発見、近づいたらドンピシャだった。
「TOKIOタイムスです! 新弟子君取材させてください!」
言いながら、ぐるりとメンツを見渡す。
大柄の男性たち。
といってもブザマに太ったりしてるわけではなく、十分に鍛えられた、筋肉質の肉体の持ち主たちだ。
年とってるけど、いちばんハンサムな大柄が、
「お世話さまです」
と頭を下げてくださった。
(この方が士幌山親方?)
「八木沢さんは?」
「栄転でロシア行きました」
「それって栄転違うっしょー」
「こら、ハヤノテルっ」
士幌山とおぼしき美形老大柄は、若いのを制し、傍らの小さな黒人の男の子をアタシに紹介した。
「ファルルフから来たメサくんです。十一歳。冬に十二になります」
「けっこうちっ…小柄ですね」
ちっちゃいはさすがに失礼だろう。
上品な顔立ちの、ゴツクない力士が柔和に笑って、
「僕去年、もっとちっちゃかったですよ」
「メサ、レディにご挨拶」
老ハンサムが少年に促す。
「サダリホ」
「さ、さだりほ」
現地語には現地語で返す。
記者の基本。
すると柔和がやわらかく、
「返す方はさだるふです」
そなの?
「さだる…ふ…?」
メサがにこっと笑った…
帰宅したら母がエキサイトしてた。
「士幌山部屋へ行ったのおおっ!?」
「ママってスモーファンだったっけ?」
「スモーなんかどうでもいーけど士幌山は好きっ。昔の四股名は『輝雄』。角界一のハンサムだったのよ? あー、会いたかったー」
ぺ・ヨンジュンにも嵐にもハマらなかった、が自慢の母がキラキラしてる。
言われてみればハンサム度ハンパなかった。
『輝雄』かぁ…
遠い遠い士幌山部屋へ、来る日も来る日も通い続ける。
特にスポーツ好きでもない、ましてスモーなんて、のアタシには、母に土産話が出来るコトいがい、何のメリットもない。
土の匂い、汗の匂い。
男たちのぶつかり合う音。
神棚。
鉄砲柱。
土俵。
お神酒。
可愛がり。
でも今のスモーはそれだけじゃない。
人型ローダーに搭乗して戦う、マシンバトル部門と、肉体改造もクスリもやり放題の、肉体強化部門。
二つの部門が増えた結果、今やスモーの代名詞たる本格は、完璧絶滅危惧種だ。
本格の名門とうたわれる、この士幌山部屋でさえ、奥にはマシン相撲土俵があり、人型ローダーが七体ある。
アタシの脳裏に母との、昨夜の会話が甦る。
「フツーのオジサンだったよ? 大きいだけで。でもフツーのオジサンにしてはめちゃめちゃハンサムだった。強化系の後遺症とか来てない感じ。これから崩れるのかな」
「崩れません! 士幌山が『輝雄』だった時代には、マシン系も強化系もなかったの! ついこの間まで相撲は本格だけだったの! アタシに言わせりゃ他の系統はみんな邪道よ邪道!」
まくしたてる母の語調きつくて、思わず両耳押さえたっけ。
ママの言い分もわかんないではないけど、今こうして見てたって、ハデるのは強化系の稽古だ。
こないだ『栄転違うっしょー』ってつっこんできた大男、ハヤノテル~漢字で書くと隼ノ輝だそうだ~の、盛り上がった肩とか太い腕とか、見るからに強そうでそそられる。
それに比べてメサくんは、あまりにも、あまりにも小さい…
新弟子なるのに身長制限とかないの?
「昔はね、キツイのがあったんです」
「あっ親方、おはようございます」
近くでみるとますます…見応えのあるハンサムだ。
「身長が一ミリ足りないだけでも、力士になれなかった。どうしてもなりたいからって、頭にシリコン入れて、身長伸ばして合格したなんてやつもいたんですよ」
「へえ…」
「でも今はもう、ほとんどないも同然。ごく当たり前の健康診断だけといってもいい」
「スモーが三つに分かれて、好きな系統に進めるようになったことの恩恵ですよね」
タッチライターでメモを取っている私のことばに、親方は「そうだね」とは答えない。
同意したくない何かがある?
ちょっと気になったけど、今日まとめたい記事のメインは士幌山親方の憂鬱ではなく、新外人力士の紹介だ。
「メサくんはどれ系に育てるんですか? こんなに小柄だと、本格は不利だと思いますが」
「だからっていきなりクスリ打つの? あいつみたいに?」
隼ノ輝を指す。
少し不機嫌の波動がある。
「おい。見た目ばっかり作ってないで技も覚えろ」
隼ノ輝はへへっと笑っている。
「それは賛成できかねますけど、機械で戦うやつとか」
「マシンバトルかな?」
と唇を結び、
「それだと確かにデビューは早くなるが…。できればじっくり体を作らせたいね」
体力テストをされていたメサが士幌山のところへとんできた。
「でびゅー早い、いい。メサ、あすでもリキシ、したい」
「あす?」
親方おおいに苦笑して、
「どうしようかねレイコちゃん」
「ど、どうって言われましても…」
答えようがなかった。
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