不調和の会合
すでに“できあがって”いる会場に遅れて参加するのは、想像以上に難しいことだった。
座敷の宴会場と化した公民館では、数十人の声で空気が揺れ続け、疲れ切った大森にはその振動だけでめまいがするようだった。折り畳みテーブルに等間隔に並んでいた仕出しの料理たちは、すでに半分ほどが失われている。
世間では
大森と同じく明るい服を着ていたはずの真理子は、しかし
それでも大森には堀越に
真理子にとっては思い付きで伝えるだけの事実かもしれなかったが、大森にとっては保身だ。その事件を見知っておいて、腹で
「先生、こっちで呑んだら?」
入り口からまだ一歩も動いていなかった大森に声をかけたのは、村の女性たちだった。彼女たちは片隅のテーブルにほとんどが集まって、その中央に菓子と仕出しを広げている。そして酒の代わりにペットボトルのお茶も多く置かれていた。
にわかに差し向けられた多くの視線に大森はたじろいだが、すぐに婦人たちの中に堀越夫人を求めた。こういう人間関係に関わることは女性の世界だけで処理したほうが早い。それはばかげた前世紀的な男尊女卑かもしれなかったが、この村で数年を過ごす予定の大森にとっては法も同然だった。
「あの、堀越さんの奥さんは……?」
ついに見当たらない堀越夫人を求めて尋ねると、婦人たちからは意外な返答が寄せられる。
「いんね、今日はおらんよ。うちでおやすみやって。なんか用事ね?」
「ここに来る途中に堀越さんのお宅を通ったんですけど、
実際には、これだけで村の女性たちに対する保身は終えていた。あるいはその程度のこと気にも留めない人も多かったのかも知れないが、大森は一つでも失態を犯すことを恐れ続けている。
「家におりんさったやろーに気づかんかったかね」
「寝てはったんやろ」
大森の足取りは真理子のものほど
「今度調査しますから。今はね、便利なんですよ。カメラ付きのヘリコプターがあるんです」
腹の底から四方の壁に向かって投げつけられたようなその声の主の場所を見つけるのはそう難しいことではなかった。酒のためなのか興奮のためなのか、いくらか顔を赤くした白髪の老人は、大森の接近に気づくとすぐに居住まいを正して
「先生、どうもどうも。いまこちらにね、ドローンの話をしていたんですよ。先生ならご存知でしょう」
堀越は目の前にいる大森に向かっても変わらぬ調子で大きな声を発した。大森はいつもこの声に
「ドローン、ですか?」
聞きなれない単語に大森は困惑した。その言葉はハリウッドのSF映画から出てきたようで、少なくとも田舎村の白髪の老人の口から出るものではない。ましてや堀越の隣で耳を傾ける高齢の村議会議員に至っては、その横文字をあと10秒は記憶するのも難しいだろう。しかし老齢で
「ははは、昨年フランスで発表されたものですからね。ラジコンのヘリコプターみたいなもので、それにカメラを積めるんです」
堀越は熱弁を続けた。その登場したばかりの機械を使って、大倉工業がひた隠しにしている
その
しかし今のところは、大森はその話に付き合うつもりもなかった。
「お話し中失礼しますが、ここに来る途中、お宅の
大森は訴訟の話にあまり深入りしたくはなかった。その態度を見透かされたのか、堀越の表情には一瞬不快の色が浮かんだが、内容が自身の家のこととわかるとすぐに態度を軟化させる。
「それは大変だ。地震でもろくなっていたんでしょうかね。伝えてくださりありがとうございます」
大森の気苦労も知らずに堀越は通り
「先生。学校はもう設備が古くはありませんか」
不意にしわがれた穏やかな声が大森を引き留めた。はじめ誰のものかと戸惑ったが、議会議員の老人以外にそれらしい人物はいなかった。
「えっ、設備ですか。そうですね、古さが気になるものもあります。一番残念なのは遊具ですかね。生徒が少なくて遊ばれない時期があったからですかね、錆がひどくて触るのを禁止しているものもあります」
相変わらず
「そうですか。体育館は大丈夫ですか?」
「体育館は大丈夫ですよ。いろいろ使うので、ときどきワックスもかけますからね」
去年の卒業式にはこの議員も
「今回の震災で、県のほうから避難計画の見直しが指示されましてね。この地域は鉱毒で土砂崩れが起きやすいでしょう。使えそうな避難所が学校だけだという話で、それなら補助も出るかもとね」
老議員の話はどうにも間が抜け落ちていたが、大森にはその意味は十分伝わった。
この村では鉱毒のために山肌がいまだに禿げ上がっているところが多く、土砂崩れの不安が常に指摘されていた。想定外の地震によって大被害を生み出してしまった震災の教訓をもとに、おそらくは被害想定をより
「そうなんですね。新しくなれば子供たちも喜ぶと思います」
「
老議員はそう言うと咳とも笑いともつかない音を出しながら体を揺らした。その
大森はただ戸惑いを含んだ愛想笑いで堀越を見た後、一言断ってその政治的な駆け引きの現場を後にした。
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