寂寥の村 2011年6月12日

“何かおかしなこと”

 厚ぼったい天幕に雨の雫があたって、ぼつぼつと音を立てている。人々は揃いの黒い服を着て、文字の刻まれた花崗岩に黙祷を捧げていた。


 大森はその岩に刻まれたどの名前にも、なにひとつ顔を浮かべることができなかった。30年以上も前に亡くなったというその人々は、すでにほとんど概念でしかない。

 12人の鉱夫の名が刻まれたその石碑は、この村そのものの墓標でもあった。多数の犠牲者を出したうえ、救出作業者にも犠牲者がでた大規模な落盤事故。すでに商業的に苦境に陥っていた大倉鉱業にとって、事故は最期の宣告となった。


 この村に赴任することが決まったとき、大森は母親に言われて鉱山のことを調べておいた。昭和初期に起こった鉱毒の訴えや、それを巡る半世紀にわたる訴訟、そして無理な掘削が祟って発生した落盤事故による廃坑……。鉱山の歴史はそのまま村の歴史でもあった。


「でも今は鉱山の一部が資料館になってるんだって。社会科見学の場所には困らなそう」


 結局大森がはじめに口にしたのはそんな感想だった。4、5年赴任するこの村に執着するよりは、仕事をこなすために使うことの方がよほど現実的に思われた。


 しかしこの村の人々は、教師という権威的存在に鉱山と無関係でいることを許してはくれなかった。赴任後すぐに地域懇談会に招かれ、鉱毒訴訟の代表者や環境派の議員を紹介され、いまだに鉱山の再調査を受け入れない大倉鉱業への悪評を叩き込まれた。

 大森はそうした住民たちの態度に半ば辟易へきえきとしていて、だからこそ、少ない子供達との時間を大切にしてきた。子供達にはそうした大人の事情を悟らせないようにしながら、しかし社会科見学には鉱山を使わせてもらっていた。大森にとってのはじめの1年は、そうしてごく普通に流れた。


 しかし、つい3ヶ月前に起こった大震災の余波は、この内陸の田舎村にまで到達していた。訴訟団の老人たちは鉱毒を沈殿させる鉱滓ダムに亀裂が入ったのではないかと騒ぎ立てた。

 また賠償金をもらうチャンスだと意気込んだのかも知れなかったが、その疑惑は子を持つ母親たちに転居を決意させるには十分だった。春の家庭訪問では、一時的な転居を計画している母親に3人も出会った。そのうち1人はすでに村を去ってしまっていた。


 それでも、慰霊式を終え、公民館での懇親会へ向かうバスに乗る村人たちの足取りは軽かった。今年は三十七回忌にあたるため、大倉鉱業側の提供した費用も多かったらしい。ただ毎年変わらぬ話題で酒を飲んで、村人たちは暇をつぶすのだ。


 去年は懇親会に参加した大森だったが、今年は仕事があると言って断っていた。去年だったらそれでも無理に連れ出されていただろうが、今年は大森の事情を汲む人の方が多かった。


 大森の学校に震災孤児が転入してきたことを、村で知らない者はいなかった。津波で両親を失った前田少年の噂は、かつてこの村で育ったその母親の死とともに、いまや一番の話題となっていたのだ。そういう調子だから、その前田少年が、先日の社会科見学の最中に卒倒したという事件も、すでに村人の多くが知るところとなっていた。


 大森は借りている一軒家に帰り、堅苦しいジャケットをハンガーにかけ、ずっと不愉快だった汗を拭った。梅雨を予感させる湿度が、この村にも例外なく肌に張り付くようなあの不快感をもたらしていた。ブラウスを脱いでフローラルな香りのシートで首を拭く。


 本当はシャワーのひとつも浴びてから向かいたかった。しかし、突然気絶した少年の家に急ぎ赴く教師として、自宅で1時間も準備時間をとったと気取られるのは、喜ばしいこととは言い難い。

 一通り汗を拭うと、淡い色の薄手のニットに袖を通し、鏡を見て化粧を確かめた。そう崩れてなどいないにも関わらず、大森はリップを塗って髪を結び直すと、慰霊祭では控えていたチークを今ひとつ明るくした。


 濡れたまま立てかけていた傘を手に取り、今度は歩きやすいスニーカーに替えて、大森は家を出る。停めたままの自分の軽自動車を横目に、雨に濡れた門を開いて、12歩だけ道なりに進む。

 そこにはもう一つの門があって、そこが目的地だった。インターフォンを押して、居住まいを正す。ルーフだけが備え付けられた駐車場には、今日は普通車が一台停まっているきりだった。


「失礼します、H小学校の大森です」

「車の音がしたから開けてありますよ、どうぞ」


そう応じられて、大森はシャワーを浴びずに出てきた自分を褒めた。


 少年が引き取られたのは、彼の祖父母にあたる田原老夫婦の家だった。去年越してきた大森にとって、つい3ヶ月前までその老夫婦は賃貸住宅の世話焼きな大家だった。それが今や保護者になったというのだから、互いに戸惑いがないといえば嘘になる。

 大森は今年度からめっきり重く感じるようになった玄関扉を開き、控えめに覗き込んで挨拶した。


「そんな先生みたいにしなくても大丈夫ですよ」


 中から現れた田原幸恵は穏やかな表情をしているが、去年に比べればその顔はめっきりやつれてしまっていた。去年までは時折話題に出ていた娘たちの話題は、あの日3.11を境に全く聞かなくなった。


「陸くん、どうですか?」


 大森の問いかけに、幸恵はすぐには応じなかった。悩んでいることを示す素振りをしたあと、靴を脱いだ大森にようやく返答した。


「あの子はよくわからないんです。大丈夫なんですけど、大丈夫じゃないというか……」

「また、何か言っていましたか?」


 “何か”。自分が発したその言葉に、大森は内心で頭を抱えずにはいられなかった。大人にしてみれば、この場合の“何か”に該当する言葉は明らかに区別できた。

 より正確に表現するなら、“何かおかしなこと”という言葉になる。大森は教師としてその表現を避けてきたが、内心でこの言葉を抱き続けてきたことを露呈してしまったような気がした。


「……やっぱりショックだったんだと思うんです。あんまり突然で」


 奇妙な言葉をこぼすようになった孫を正当化するために、心理的ショックという免罪符はいくらか仕事をしていた。この枕詞を使えば、受け入れがたい“何かおかしなこと”を事実として受け入れ、報告することができるのだろう。


「なにか、トロッコのことを言っていました。鉱山から戻って、起きるなり何度も繰り返して……ええと、なんだったか……」


 大森はあの日のことを思い出そうとした。岩の壁、鉄の足場、フェンス越しに見えた暗い坑道……子供達はその見慣れない光景に冒険を感じ、好奇心に目を輝かせていた。

 ただひとり、前田陸だけが例外だった。大森が気付いたときには、フェンス越しに見える暗い坑道を食い入るように、目を見開いて注視していた。何が見えるのかと歩み寄って隣で覗いてみても、そこにはただ暗闇がたたずむだけだった。

 しかしこの少年は口の中でもごもごと何かをつぶやいたかと思うと、2度3度とそれを繰り返した。声は次第に大きくなり、ようやく大森がその言葉を聞き取ったとき、少年の顔からいっぺんに血の気が引いて、崩れ落ちてしまった。


「電池を入れ替えて、右のレバーを下ろしてクランクを回す」


 少年が倒れる前に口走った言葉を、大森はそう記憶していた。


「トロッコや列車が好きだったんでしょうか?」

「ええ、人並みには好きだったらしいとは聞いていますけど……」


 実際、あの日から大森は首を傾げていた。まだ一桁の年齢の子供が、はたしてレバーだとかクランクだとか、そんな言葉を使うだろうか。特にそうしたものが好きだったり、父親の趣味だったりしなければ、とうてい耳にする機会のない言葉には違いなかった。


「トロッコについて、なんと言っていたんですか?」

「はじめに名前を聞かれたんですよ。僕が倒れた場所にあった電車はなんていうのかって。それで、鉱山にあったならトロッコだと思うと教えてあげると、僕にはトロッコは難しいからできないって言っていました。でも、あの電車を動かさないといけないんだって言って、それから……」


「電池を入れ替えて、右のレバーを下ろしてクランクを回す、ですか?」


「ええ、ちょうどそういう風なことを」


 それは紛れもなく、“何かおかしなこと”に違いなかった。子供特有の信じやすさが彼にそう言わせているだけだったなら、大森はここまで頭を悩ませはしなかっただろう。

 少年が食い入るように見ていたあの坑道に、ほんとうにトロッコが見えたとでもいうのだろうか。しかし大森の記憶では、フェンスの向こうにあったのは、ただどこまでも続く暗闇だけだった。

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