第2回 リアル・サイボーグ
ヒロトはもちろん、1年4組の生徒は皆、ケイと出会った入学式の朝のことを忘れないだろう。
その日、登校した新入生は、自分のクラスを確認して教室で待つよう指示された。教室では、高校での友だちを作ろうと、ぎこちない会話があちこちで繰り広げられている。しかし、内気なヒロトは誰とも話せずにいた。
ある生徒が教室に入ってくると、徐々に熱を増していた教室が一瞬静寂に包まれた。その生徒がケイだ。彼女は、全身を機械化したサイボーグだった。彼女の歩く動作は、明らかに機械のそれであり、微かにモーター音もきこえる。遠目にみれば、そのよくできた顔や身体の造形から、生身の人間に見えたかもしれない。しかし、狭い教室の中では、否が応でも造りものの顔に目がいく。その瞳や表情には、生気が感じられなかった。
もちろん、サイボーグ化技術が医療用途で実用化されたことは、皆聞いたことがあった。おそらく、彼女も事故や病気のために、サイボーグ化せざるをえなくなったのだろう。とはいえ、サイボーグが同級生になるなんて、誰も想像していなかった。
ケイが席について少しすると、ある男子生徒のグループから「俺がきいてやるよ」と声がして、見るからに目立ちたがりで軽率な男子がケイに近寄って尋ねた。
「“あなたはロボットですか?”」
それは、〈
「私がロボットだと思った?」合成音声がケイの口の辺りから発せられる。予想外の強気な返事に、男子生徒が少し戸惑う。
「いや、一応確認しておこうと思って」
「そう。じゃ、君は童貞?」間髪入れずケイがきいた。男子生徒が答えに窮する。
「確認のためなら何でもきいていいと思うな」彼が口を開く前にケイがいった。
ヒロトは、ケイをかっこいいと思った。
入学式の帰り、ヒロトは幼馴染みであるミノルにケイのことを話す。ミノルは聞き終わると、ヒロトにまだサイボーグになりたいと思っているか尋ねた。「彼女のように強くなれるなら」とヒロトは答える。
ヒロトは、生まれつき病弱だった。幼い頃から何度も入退院を繰り返し、自分の思い通りにならない体に嫌気がさしていた。いつしか、映画やアニメのサイボーグのように、体を取りかえて強くなりたいと思うようになっていた。
数日後、ヒロトが体育の授業を見学していると、同じく見学のケイが彼に話しかけてきた。
「君、サイボーグになりたいの」
その後、ケイは機械の体の不自由さを説明し、それでもいつか生身の体と同じように動かせるようになりたいと話す。逆に、ヒロトは病弱な体の不自由さとサイボーグへの憧れを語る。
「サイボーグになれば強くなれる?」ケイがきいた。
「映画やアニメの中ではね」
「……サイボーグって、もとは軍事目的だったの。実は、私が体育を見学してるのも、皆にとって危険だから。放課後、私の本当の力をみせてあげる」
その日の授業が終わると、学校から一駅ほどの河原でヒロトとケイは落ち合った。
「全力で走るからみてて」ケイがいう。ヒロトは、少し離れた高台からその様子をみる。
ケイが短距離走用の制御ソフトを起動する。プログラムされたスタートの構えに隙はない。ケイが走り出す。初速は人間ほど速くない。しかし、徐々に加速していく。――と、そこでケイが派手に転倒した。
ヒロトが慌てて駆け寄ると、倒れたままケイがいった。
「どう? これがサイボーグの本気。室内で平面ならまだしも、こうして風が吹いたり砂利があったりするとまともに走れない。それに、この体勢からだと起き上がることもできない」
ヒロトが手を貸して、ケイはなんとか立ち上がった。
「私は弱い。本当は他人の助けなしに生きられないのに、一人で全部やろうと強がってるだけ。周りの反対を押し切って普通の高校に入ったのも、私の強がり。クラスの何人かは助けになろうとしてくれてるのに、私のこの性格がそれを阻んでることもわかってる……」
「そうだとしても、僕はそんな君に勇気をもらったんだ。それはきっと僕だけじゃないよ」
「ありがとう」そういってケイが笑みをこぼす。いや、人工皮膚の表情は変わっていない。しかし、ヒロトには機械の体の奥で彼女が笑っているのがわかった。
## アピール文
入学式の朝の男子生徒とケイ、体育見学時のヒロトとケイ、そして、放課後の河原での二人。この3回を魅力的なやり取りにするつもりです。これらの会話を通して、最初期のサイボーグが一体どんなものか、ケイはどういう人物で何を考えているのかを明らかにしていきます。また、ヒロトとケイの会話では、サイボーグになりたい気弱な少年と、サイボーグにならざるをえなかった気丈な少女とが、はじめすれ違っていたところから、徐々に互いを理解し合っていく様子を描きます。
映画やアニメのサイボーグは、多くの場合、超人的な能力をもっています。しかし、現代の義肢技術や二足歩行ロボットの延長を考えたとき、最初期のサイボーグは、むしろ一人で生活することすらままならないのではないでしょうか。そうした疑問が、この作品の発端になっています。
ケイの容姿については、大阪大学の石黒教授によるジェミノイドを念頭に置いて書きました。
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