第十一話 寄り添うメイド

 帝国兵を暗殺した次の日の朝。

 アマリアも、レジスタンスのリーダーの屋敷に移り住むことなった。

 王宮に比べたら、廃れた場所なのだろうが、それでも、酒場よりは、幾分かマシのようだ。

 そんな事、酒場を経営している女性には、絶対に言えないが。

 アマリアを地下室に入らせ、鍵をかけたヴィオレット達。

 今回は、厳重にしていない。

 なぜなら、レジスタンスのリーダーのお世話係に見張らせているからだ。

 淡々と冷静に仕事をこなす女性であり、レジスタンスのリーダーに忠実だ。

 ゆえに、信頼できる。

 ヴィオレットとラストは、今後の行動について、作戦を開いていたが、突如、レジスタンスのリーダーに呼びだされ、彼の部屋に向かうところであった。


「あーあ。頭、痛い……」


「二日酔いだな」


「うぅ……」


 ラストは、顔色が悪い。

 二日酔いのようだ。

 当然であろう。

 大量の酒を摂取したのだから。

 ラストは、ヴィオレットに反論することもできず、うなだれていた。


「でも、あのおっさん、俺達が、依頼達成したばっかりだってのに、また、呼びだしやがるのかよ」


「仕方がないだろう。帝国を滅ぼすためだと思え」


「へいへい」


 ラストは、不満を抱いているようだ。

 つい、昨日、アマリアを連れ去り、帝国兵を殺したばかり。

 つまり、彼女達は、働いてばかりだ。

 だというのに、レジスタンスのリーダーは、ヴィオレット達を呼び寄せようとしている。

 ラストは、もう少し、休ませてほしいと思っているのだろう。

 だが、ヴィオレットは、割り切っているようだ。

 これも、帝国を滅ぼすためと。

 ヴィオレットに諭されたラストは、しぶしぶ、うなずいていた。



 その頃、アマリアは、地下室に閉じ込められている。

 部屋は広く、片づけられている。

 と言っても、質素な部屋ではあるが、あの酒場よりは、マシだった。

 まだ、落ち着けるからであろう。


「聖女様、紅茶をお持ちいたしました」


「あ、ありがとうございます」


 メイド姿の女性が、アマリアに紅茶を差し出す。

 彼女こそが、レジスタンスのリーダーのお世話係だ。

 淡々と仕事をこなす彼女を目にしたアマリアは、戸惑いながらも、ティーカップを手に取り、紅茶を飲み始めた。


「窮屈な場所でしょうが、どうか、ご了承ください」


「あ、はい……」


 メイドの女性は、アマリアを気遣う。

 命じられたからなのか、アマリアを哀れに思っているのかは、定かではないが。

 それでも、アマリアにとっては、居心地がいいと感じていた。

 一人では、心細かったのだ。

 アマリアは、穏やかな表情を浮かべながら、紅茶を飲んだ。



 ヴィオレットとラストは、レジスタンスのリーダーの部屋に入る。

 その部屋は、アマリアがいる部屋よりも、広々としている。

 さすが、ここを統治しているだけはあるようだ。


「よう。どうだ?聖女様は?」


「一応、大人しくしてるかな?」


「まぁ、あいつに監視させてるからな。問題ねぇだろ」


「だと、いいけどねぇ」


 レジスタンスのリーダーは、アマリアの事を気にしているようだ。

 アマリアが、脱走したのだ。

 あの場には、自分もいたというのに、気付かなかったことを反省し、申し訳なく思っているのだろう。

 だからこそ、メイドの女性に頼んだのだ。

 アマリアのお世話と監視をしろと。

 彼は、彼女の事を、ずいぶんと、信頼しているようだ。


「で、私達を呼びだした理由は?」


「おう、そうだったな」


 ヴィオレットは、なぜ、自分達を呼びだしたのか、尋ねる。

 気になっているようだ。

 レジスタンスのリーダーは、ヴィオレットの心情を察したようで、本題に入った。


「実は、裏切り者が、いるみてぇなんだ」


「やっぱりな」


「そうだと思ったぜ」


 レジスタンスのリーダーは、語る。

 このアメジストエリアに、裏切り者が潜んでいると。

 だが、ヴィオレットとラストは、驚かず、納得している。

 まるで、気付いているかのようだ。


「なんだ?お前ら、わかってたのか?」


「ああ、帝国兵が、お前の仲間を連れ去ったと聞いた時からな」


「誰かが、裏切って、売ったんだと思ったぜ」


「なるほどな。さすがだ」


 レジスタンスのリーダーにとっては、意外だったようだ。

 まさか、ヴィオレット達が、気付いていたとは、思いもよらなかったのだろう。

 ヴィオレット達が、裏切り者が潜んでいると気付いたのは、帝国兵が、レジスタンスのリーダーの仲間を連れ去ったと聞かされた時からだ。

 彼らが、連れていかれた理由は、証拠を見つけたからか、もしくは、誰かが、情報を売ったかのどちらかだ。

 だが、証拠を見つけるのは、たやすいことではない。

 だとすれば、誰かが、裏切ったと推測したのだろう。


「まさかと思うけど、その裏切り者を見つけ出せってわけじゃないよな?」


「そのまさかだ」


 ラストは、嫌な予感がしたようだ。

 顔を引きつらせて尋ねる。

 ラストが思っていた通りであった。

 レジスタンスのリーダーは、その裏切り者を見つけ出して、殺せと命じているのだ。

 正直、帝国兵を探す時よりも、厄介かもしれない。

 その者は、今も、味方のふりをして、過ごしているのだから。

 自分達を尾行するなどしないだろう。

 帝国兵に情報を売る可能性もあるが、今は、警戒している可能性もある。

 二人にとっては、至難の業であった。


「嫌ならいいぜ。聖女様を追い出すだけだ」


「ちっ。きたねぇな」


 レジスタンスのリーダーは、脅しにかかる。

 依頼を受けないというのであれば、アマリアを追い出すつもりだ。

 おそらく、本気なのだろう。

 ラストは、顔を引きつらせながら、彼を責めた。


「やるしかないだろう。裏切り者が潜んでいるという事は、私達も、帝国に知られてしまう」


「だよな」


 ヴィオレットは、依頼を受けるしかないと思っているようだ。

 裏切り者は、排除すべきとも、考えている。

 そうでなければ、自分達にも、危険が及ぶからだ。

 ラストも、わかっており、致し方なしに依頼を受けることにした。


「で、裏切り者の目星は、ついているのか?」


「いや、まだだ」


「探してみるしかないか」


「みたいだな」


 ヴィオレットは、裏切り者は、誰なのか、推測しているのかと尋ねるが、レジスタンスのリーダーは、首を横に振る。 

 まだ、目星はついていないようだ。

 となれば、妖しい人物を探すしかない。

 ヴィオレットも、ラストも、ため息交じりにうなずいた。

 少々、骨の折れる依頼だと思いながら。



 ヴィオレットとラストは、屋敷を出た。

 アマリアには、外に出ると話してはいるが、今回の依頼の事は話していない。

 また、反論すると推測したからだ。

 ヴィオレット達の事を疑っていないようで、アマリアは、承諾して、二人を外に行かせた。


「行ってしまわれたようですね」


「はい」


「……何か、ありましたか?」


「い、いえ」


 取り残されたアマリアは、どこか、複雑な感情を抱いているようだ。

 反論せず、受け入れる事もできず。

 そんなアマリアの心情を察したのか、メイドの女性は、アマリアに声をかけた。

 アマリアは、首を横に振ったが。


「何か、困った事がありましたら、私にお申し付けください」


「ありがとうございます」


 メイドの女性は、アマリアに優しく、語りかける。

 アマリアにとっては、居心地がいい。

 アマリアは、お礼を言った。

 だが、何も言おうとしない。

 一体、どうしたのだろうか。

 メイドの女性は、アマリアの事が気になり始めた。


「よかったら、相談に乗りますよ」


「え?」


「ここに連れてこられて、困っていらっしゃるのでしょう?よかったら、私にお話しください」


「ありがとうございます」


 メイドの女性は、アマリアの相談に乗ると申し出る。

 これには、さすがのアマリアも驚きを隠せない。

 メイドの女性は、アマリアの事が心配なのだろう。

 アマリアは、息を吐き、心を落ち着かせる。 

 彼女になら、話してもいいのではないかと、悟って。


「不安なんです。王宮の方々は、どうしてるのかと思って……。帝国は、どうなってしまうのかと思って……」


「確かに、不安ですね。どうなってしまうのか」


 アマリアは、本音を打ち明けた。

 これからどうなってしまうのかと、不安に駆られているのだろう。

 帝国を滅ぼすと宣言したのだ。

 当然かもしれない。

 メイドの女性も、同じ不安を抱えていたらしい。

 同じ不安を抱える者がいたと知り、アマリアは、安堵した。


「ですが、この状態が、続くのも不安に思います」


「え?」


「いつ、平穏な時が、訪れるのかと思うと……」


 だが、メイドの女性は、今の状況が続くことも、不安に駆られているようだ。

 ここにいる限りに、平穏な日々は訪れない。

 かといって、他のエリアに行くことも、許されない。

 帝国兵が、橋の通行を許可しない限りは。

 アマリアは、言葉が出なかった。

 何も知らなかったため、なんといってあげたらいいのか、言葉が見つからないのだ。


「帝国が滅んだら、どうなるかは、わかりません。ですが、私達は、解放される気がするのです……」


「そう、ですか……」


 メイドの女性は、帝国が滅んでしまう事も、恐れている。

 だが、もしかしたら、今の状況から解放されるかもしれない。

 そう思うと、未来がないわけではないのだ。

 だが、アマリアは、どうしても、それを受け入れられなかった。

 帝国は、滅んではいけないと思っているのだから。


「失礼しました。話し過ぎてしまったようですね」


「いえ、こちらこそ、相談に乗ってくれてありがとうございました」


 アマリアの立場を察知した女性は、謝罪する。

 だが、アマリアは、気にしてない。

 逆に、ありがたいと思っているのだ。 

 相談に乗ってくれて。


「また、何かあったら、お話ください」


「はい」


 メイドの女性は、微笑み、アマリアも微笑む。

 こうして、アマリアは、心を開ける者に出会えたのであった。

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