第十話 彼は、人殺し

「そ、そんな……」


 アマリアは、愕然とした。

 帝国を滅ぼすと宣下したとはいえ、ヴィオレットが、死ぬ事を望んではいなかったのだ。

 罪を償って生きてほしいと願っていた。

 そのヴィオレットが、殺された。

 帝国兵によって。


「ははは、ヴァルキュリアが、死んだ。これで、俺も、出世できる!!」


 目を開けたまま、動かないヴィオレットを目にした帝国兵は、高笑いをし始める。

 裏切りのヴァルキュリアが死んだことにより、自分は、出世できると思い込んで。


「バカな奴」


 帝国兵を見ていたラストは、小声で罵る。 

 何も知らないバカな奴だと。

 その時だった。

 ヴィオレットが、手にしていた鎌が、帝国兵の肩に深く食い込んだのは。


「え?」


 帝国兵は、目を見開いたまま、肩を見る。

 肩からは血が流れており、痛みを感じる。

 状況を理解できてない。

 自分の身に何が起こったのか。

 なぜなら、ヴィオレットは、まだ、生きているからだ。

 深く刺したというのに。

 死んだも同然だと思い込んでいた。

 だからこそ、理解できないのだ。

 だが、ヴィオレットは、何も言わず、帝国兵を右肩から左わき腹にかけて、切り落とす。

 真っ二つにされた帝国兵は、そのまま、倒れ、動かなくなった。

 ヴィオレットに殺されたのだ。


「悪いな。ヴァルキュリアは、不死身なんだ。どれだけ、体を切り刻まれても、剣で刺されても、すぐ治る」


 ヴィオレットは、冷酷な表情を浮かべながら、淡々と語る。

 ヴァルキュリアは、不死身なのだ。

 そのため、ヴィオレットの体には、焼けた後も、刺さった後も、残っていない。

 ヴィオレットを刺していた短剣も、いつの間にか落ちている。

 ヴァルキュリアの特性と言った方がいいのであろう。 

 重傷を受けても、すぐさま、治ってしまうのだ。

 ゆえに、不死身であった。


「私達、ヴァルキュリアは、そういう体にさせられた兵器だ」


 ヴィオレットは、死んだ帝国兵に対して、語った。

 自分達は、作られた平気なのだと。


「任務完了だな」


「だな。よし、戻ろうぜ」


 ヴィオレットは、血に染まった帝国の腕章を手に取る。

 殺した証拠として、見せるためであろう。

 ラストも、依頼が終わり、酒場に戻ろとした。 

 だが、アマリアは、立ち止まったままだ。

 ショックを受けているのだろうか。

 帝国兵が、殺されて。


「おい、戻るぞ。聖女サマ」


 アマリアの心情などお構いなしに、ラストは、アマリアの手をつかみ、歩こうとする。

 だが、アマリアは、立ち止まったままであった。


「おいって」


「離してください!!」


 ラストは、強引にアマリアを歩かせようとする。

 だが、アマリアは、ラストの手を振り払い、ロッドを出現させ、魔法を発動した。

 その魔法は、光り輝く刃のようだ。

 と言っても、光属性の魔法ではない。

 聖なる力が宿った刃なのだ。

 妖魔さえも、切り裂いてしまうほどの威力を持つ。 

 アマリアの特別な力の一種であった。

 光り輝く聖なる刃は、ラストに斬りかかる。

 だが、ラストは、その刃をギリギリのところでかわした。


「ラスト!!」


 ヴィオレットは、アマリアの言動に驚いている。

 まさか、アマリアが、ラストに向けて魔法を放つとは思ってもみなかったのであろう。


「おいおい、俺は、命の恩人だぜ?なんで、魔法を放ったんだよ」


「誰が、命の恩人ですか!!人殺し!!」


 ラストは、呆れた様子で、問いかける。

 なぜ、自分に向けて魔法を放ったのか、わからないようだ。

 だが、アマリアは、ラストに向かって、人殺しと怒りをぶつけた。

 帝国兵を殺したのは、ヴィオレットだというのに。


「あなたなのでしょう?エデニア諸島のシャーマンを殺したのは!!」


 アマリアは、思い出したのだ。

 二年前、エデニア諸島で起こった惨劇を。

 火のシャーマン、水のシャーマン、風のシャーマン、地のシャーマンが、殺されてしまった。

 暗殺者によって。

 その暗殺者は、金髪であり、黒い仮面で、顔を覆っていた。

 つまり、その暗殺者が、ラストだったのだ。

 だからこそ、アマリアは、怒りに駆られ、ラストに魔法を放った。


「確かに、俺は、暗殺者だ。シャーマンを殺した。で、それが、何?」


「貴方だけは、許せません!!この場でとらえて、帝国に引き渡します!!」


 ラストは、悪いと思っていないようだ。

 自分の正体を明かし、シャーマンを殺したことを認めた。

 だから、なんだというのだと尋ねながら。

 ますます、怒りが抑えられないアマリア。

 ラストを捕らえて、帝国に引き渡すつもりだ。

 罪を償わせるために。

 だが、アマリアが魔法を放つ前に、ヴィオレットが、ラストの前に出た。


「ヴィオレット!!」


 アマリアは、愕然とする。

 まさか、ヴィオレットが、ラストをかばうとは、思ってもみなかったのだろう。

 ヴィオレットは、騙されているのではないかと、思い込んでいたのだ。

 ラストが、シャーマンを殺した過去を知らずに。

 だからこそ、信じられなかった。 

 真実を知ったヴィオレットが、なぜ、ラストをかばうのか。

 

「どきなさい!!」


「駄目だ」


 アマリアは、声を荒げる。

 だが、ヴィオレットは、冷静な表情で、首を横に振った。

 ラストを守るつもりのようだ。


「なぜ、彼をかばうのですか!?」


「こいつが、誰を殺そうが、私には関係ない。こいつは、私にとって、必要だからだ」


 アマリアは、信じられず、ヴィオレットに問いただす。

 ヴィオレットにとって、関係ないのだ。

 ラストの過去など。

 ラストが、シャーマンを殺したなどとは。

 帝国を滅ぼすためには、ラストの力が必要である。

 だからこそ、かばうのであった。


「何が必要ですか……。こんな、平気で、人や精霊を殺すような男が!!血も涙もない、冷徹で、残忍な男なんて!!」


 アマリアは、ラストの事を罵倒し始める。

 その時、ラストは、表情を変えた。

 まるで、怒りを覚えたかのように。


「この男は、殺す事に生きがいを感じてるんですよ!!だから、シャーマンも、殺せたんです!!」


 ラストの心情に気付かず、アマリアは、さらに、罵倒する。

 暗殺者であるラストは、殺す事を生きがいとしているのだと。

 それを聞いたラストは、アマリアの元へ迫り、アマリアを押し倒した。


「きゃっ!!」


 アマリアは、驚き、体を起こそうとするが、ラストが、覆いかぶさる。

 しかも、短剣を突きつけて。

 その瞬間、アマリアは、顔が青ざめた。

 殺されるのではないかと、推測して。


「黙って聞いてりゃ、好きかって言いやがって。あんたに、何がわかるんだよ!!」


 ラストは、アマリアをにらみ、怒りをぶつける。

 言いたい放題言われて、怒りが爆発したようだ。

 アマリアは、初めて、ラストの心情を察した気がした。

 何か理由があるのではないかと。


「ラスト、よせ」


「ちっ」


 ヴィオレットは、ラストを止める。

 冷静に。

 ラストは、舌打ちをしながら、起き上がり、一人で、路地裏を出た。

 解放されたアマリアであったが、呆然としている。

 ラストの表情が忘れられず、戸惑っているのだろう。

 そんなアマリアをヴィオレットは、立ち上がらせた。


「行くぞ」


「……」


 ヴィオレットは、アマリアを連れて、路地裏を出る。

 アマリアは、黙って、ヴィオレットについていった。



 その後、酒場に戻ったヴィオレットとラストは、アマリアを別の地下室に連れていき、閉じ込める。

 逃げられないように頑丈に鍵をかけて。

 レジスタンスのリーダーに報告した二人は、今夜は、酒場で寝泊まりすることとなった。

 その日の夜、ラストは、酒場で、酒を飲んでいる。 

 しかも、何本ものボトルを飲み干している為、すでに酔っぱらった状態であった。


「ラスト、飲み過ぎ」


「いいんだよ。依頼も、達成したし」


 酒場の女性は、ラストを止める。

 それでも、ラストは、酒を飲む。

 相当、堪えているのだろう。

 アマリアに罵倒された事が。

 女性は、ラストの過去を知らない。

 それでも、ラストの気持ちは、良くわかっていた。

 何も知らないで、罵倒されるのは、自分だって、いい気分はしない。 

 余計に、アマリアの事を快く思っていなかった。

 その時だ。

 ヴィオレットが、ラストの隣に、座ったのは。


「ラスト」


「なんだよ、お前も、止めるのかよ」


 ヴィオレットは、ラストを止める。

 だが、ラストは、まだ、酒を飲もうとしていた。

 すると、ヴィオレットは、強引にボトルを奪い取り、一気に飲み干してしまった。


「これで、もう、なくなったな」


「ちっ」


 これで、飲む酒はないと言うヴィオレット。

 女性も、すぐさま、酒を隠した。

 これ以上、ラストに酒を飲ませないためだ。

 邪魔をされて、ラストは、舌打ちをした。

 相当、苛立っているようだ。

 アマリアの事で。


「いっそのこと、アマリアに話したらどうだ?あんたの過去の事」


「言えるかよ、そんな事。お前も、わかってんだろ?」


「……」


 ヴィオレットは、過去の事を話したらどうだと提案する。

 実は、ヴィオレットは、知っているのだ。

 なぜ、ラストが、シャーマンを殺したのかを。

 だからこそ、アマリアに説明するべきだと判断したのだろう。

 だが、ラストは、言うつもりはない。

 いや、言えないのだ。

 ヴィオレットも、その理由は、知っていながらも、提案していた。

 ラストの為に。


「俺のことには、口出しすんな」


 ラストは、立ち上がり、酒場を出た。

 そんな彼を見ていたヴィオレットは、思わず、ため息をついてしまった。


「あんたも、大変ね」


「別に。私も、人の事、言えないしな」


 女性は、ヴィオレットに同情していた。

 ヴィオレットの過去を知っているわけではないが、ヴィオレットの事は理解しているつもりだ。

 ヴィオレットは、苦笑しながらも、話す。

 自分も、過去を打ち明けられない立場であるから。

 そんな彼女に女性は、静かに、水を差し出した。

 ヴィオレットを気遣って。

 ヴィオレットは、水を飲み、アマリアとラストの事を心配していた。



 地下室に閉じ込められたアマリアは、ため息をついた。


――どうして、こんなことに。

 

 アマリアは、嘆いていた。

 なぜ、こんなことになってしまったのかと。

 そして、忘れられないラストの表情を何度も、思い出し、心が痛んでいた。

 なぜなのかは、わからないが。


――こんな時、貴方に会えたら……。ねぇ、どこにいるの?カイリ……。


 アマリアは、もし、カイリに会えたら、どれほど、幸せかと思った。

 カイリは、アマリアにとって、大事な人だ。

 二年前に、行方不明になっているが。

 それでも、会いたかった。

 愛する彼に。

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