第九話 帝国兵と逃げた先に

 アマリアは、男性と共に路地裏に入る。

 男性は、あたりを見回すが、追ってくるものはいないらしい。 

 どうやら、うまく逃げれたようだ。


「ここまで、来れば、大丈夫でしょう」


「あ、ありがとうございます」


 男性が、もう安心だと告げ、アマリアは、安堵する。

 それほど、怖かったのだろう。

 知らない土地で、連れていかれそうになったのだから。

 ヴィオレット達にさらわれた時よりも、恐怖に怯えていた。

 いや、彼女達に連れていかれた時は、恐怖と言うよりも、不安に駆られていたと言うほうが正しいのかもしれない。

 あの優しかったヴィオレットが、豹変してしまったのだから。


「良かった。貴方に会えて」


「え?」


 男性は、アマリアに会えて、うれしいようだ。

 だが、どうしてなのだろう。

 口説いているというわけではないようだ。

 なぜ、会えてよかったのか、アマリアには、見当もつかなかった。


「私は、帝国兵です」


「あ、貴方が……」


 男性は、あっさりと正体を明かす。

 やはり、帝国兵だったようだ。

 その証拠に、懐から、帝国の腕章を取り出す。 

 腕章を持っているのは、帝国兵しかいない。

 偽物でもないようだ。

 アマリアは、驚きながらも、男性を見上げた。

 だが、その時であった。


「おい、見つけたぞ!!」


 男性達が、声を上げ、アマリア達に迫る。

 酒場にいた男性達だ。


「やっぱり、お前だったのか!!」


「あ、あの方たちは……」


 アマリアも、男性達を目にして、気付く。

 自分を連れ戻しに来たのだろうか。

 そう思っていたのだが、男性達は、帝国兵をにらんでいる。

 腕章を目にして、帝国兵だと悟り、迫ってきたのだろう。

 怒りに駆られて。


「仲間の仇だ!!死ね!!」


 男性達は、帝国兵に斬りかかる。

 だが、帝国兵は、懐にしまっていた短剣を取り出し、男性達の心臓を突き刺した。


「え?」


 アマリアは、あっけにとられていた。

 無残な殺し方をした帝国兵を目にして。

 信じられないのだろう。

 帝国兵が、帝国の民を殺したのだ。

 男性達は、仰向けになり、倒れた。

 目を開けたままで。

 殺されてしまったようだ。


「あっけなかったな。意外と」


 男性は、そう言い放ち、短剣に着いた血を布で拭きとった。

 その表情は、冷酷だ。

 まるで、彼らを殺したことに罪悪感を感じていない。

 アマリアは、そう、感じていた。


「ど、どうして、殺したんですか?」


「決まってるじゃないですか。帝国にとって、邪魔だから、ですよ」


「え?」


 アマリアは、声を震わせて、問いかける。

 なぜ、帝国の民を守る帝国兵が、命を奪ったのか、理解できないからだ。

 アマリアに問いかけられた帝国兵は、穏やかな表情を浮かべながら、答える。

 彼らは、帝国にとって邪魔な存在だと決めつけて。

 アマリアは、余計に理解できなかった。

 なぜ、そんな事が、言えるのだろうかと。


「彼らは、帝国を滅ぼそうとしています。あの裏切りのヴァルキュリアのように」


「……」


 確かに、酒場にいた男性達は、ヴィオレット達の同士だ。

 彼らも、帝国を滅ぼそうとしている。

 だからと言って、命を奪っていいのだろうか。

 平然と言う帝国兵に対して、アマリアは、疑問を抱いた。


「貴方に会えたのは、偶然でした。神は、私に味方したのでしょう」


 アマリアの心情はお構いなしに、帝国兵は、語る。

 アマリアと出会えたのは、本当に、偶然だった。

 だが、自分は、運がいいと思ったのだろう。

 聖女・アマリアを連れて帰れば、出世できる。

 そう思ったのかもしれない。


「さあ、帰りましょう。アマリア様」


 帝国兵が、ゆっくりと、アマリアに歩み寄る。

 それも、手を差し伸べて。

 帝国兵の手が、アマリアに迫ろうとしていた。


「駄目です」


「え?」


「彼らを殺すのは、いけません!!逆らったとしても、罪を償わせるべきでした。貴方も、あの男と何も変わりないじゃないですか!!」


 アマリアは、帝国兵を拒絶する。

 帝国兵のやった事はラストと変わりないと言いたいのだろう。

 確かに、ヴィオレット達は、帝国を滅ぼそうとしているのかもしれない。

 だが、捕らえて、罪を償わせるべきだと考えているのだろう。

 殺してはならないのだと。


「何も知らない箱入り娘が、ごちゃごちゃと」


「え?」


 アマリアに説教され、苛立つ帝国兵。

 それゆえに、つい、本音が出てしまった。

 小声ではあるが。

 アマリアの考え方は、正しい。

 だが、帝国にとっては、甘い。

 彼女は、ただの無知な箱入り娘だ。

 帝国兵も、アマリアの事を心の中でそのように見下していたのだろう。

 聞き取れなかったようで、アマリアは、驚いた。 

 何を言っているのか、わからなかったようだ。


「帝国さえ、無事ならそれでいいんですよ。民なんで、どうでもいいんです。あの王宮にいる誰もがそう思っていますよ」


「そ、そんな……」


 帝国兵は、本性を現す。

 帝国が、ひいては、自分さえ無事であれば、それでいいのだ。

 民がどうなろうと知った事ではない。

 ましてや、自分に危害を加えるものであれば、殺すだけだ。

 帝国兵は、たとえ、殺してしまったとしても、正当防衛で済まされてしまう。

 それを利用しているのだろう。

 王宮の誰もが、自分の事だけを考えていると告げる帝国兵。

 アマリアは、愕然としていた。

 信じられなくて。


「さあ、早く、帰りますよ。私も、この薄汚れたエリアにいるのは、ごめんなので」


「それは、貴方達が、見放したからでしょう!!」


「帝国に逆らうやつが悪いんだよ!!」


「きゃっ!!」


 帝国兵は、この廃れたアメジストエリアにはいたくないらしい。

 だが、変えてしまったのは、間違いなく帝国だ。

 帝国が、見放したから、こうなってしまったのだ。

 アマリアは、声を荒げ、帝国兵の手を振り払う。 

 帝国兵は、苛立ち、アマリアを突き飛ばした。


「お前みたいにおとなしく従ってれば、こんなことにはならなかったんだ!!」


 帝国兵は、本音をアマリアにぶつける。

 アマリアのように従っていれば、アメジストエリアは、廃れなかったのだと。

 帝国に見放されることはなかったのだと、言いたいのだろう。

 帝国兵は、迫ろうとするが、アマリアは、立ち上がり、構える。

 抵抗しようとしているのだろう。

 彼についていけば、間違いなく、帝国に戻れる。

 だが、そうしたくはなかった。

 彼に利用されるぐらいなら、ここに残ったほうがましだと判断したのだろう。


「おとなしくしてほしかったんだが、抵抗するなら仕方ない」


 帝国兵は、アマリアに危害を加えるつもりのようだ。

 アマリアが、大人しくしていれば、このような事には、ならなかった。

 つまり、アマリアが悪いと言いたいのだろう。

 アマリアは、掌から、ロッドを出現させる。

 帝国兵と戦うつもりのようだ。

 だが、その時だ。

 短剣が、帝国兵に向かって放たれたのは。


「ちっ!!」


 帝国兵は、殺気に気付いたようで、振り向き、短剣をはじく。

 すると、帝国兵の背後には、ヴィオレットとラストが、立っていた。

 アマリアの居場所を突き止めたようだ。


「よう、やっぱり、お前だったんだな」


「ちっ。貴様ら……」


 やはり、ラストの読み通りだった。

 彼が、帝国兵だったのだ。

 帝国兵は、舌打ちをする。

 苛立っているのだろう。

 あともう少しで、アマリアを連れていけると思っていたのだから。

 まさか、ヴィオレット達に見つかってしまうとは、思いもよらなかったのだろう。


「悪いが、死んでもらうぞ」


 ヴィオレットは、ヴァルキュリアに変身し、鎌を取り出す。

 帝国兵を殺すつもりのようだ。

 それが、依頼だ。 

 だからこそ、殺すのだろう。

 だが、その時だ。

 帝国兵が、アマリアの腕をつかみ、捕らえたのは。


「きゃっ!!」


「アマリア!!」


 アマリアは、思わず、驚いてしまう。 

 なぜなら、短剣が、アマリアの首に突きつけられていたからだ。

 そのため、ヴィオレット達は、動けなくなってしまった。

 アマリアを人質に取られてしまったから。


「こ、こいつが、どうなってもいいのか!?」


 帝国兵は、体を震わせながら、脅す。

 このままでは、アマリアが、殺されてしまう可能性もある。

 帝国兵は、興奮しているのだろう。

 刺激してしまっては、アマリアを傷つけてしまいかねない。 

 ヴィオレット達は、大人しく従うしかなかった。


「武器を捨てて、手を上げろ」


 帝国兵が、命令する。

 ヴィオレット達は、武器を捨てようとした。

 だが、ラストは、そう簡単に、従うはずがなかった。

 武器を手放すと見せかけて、短剣をすぐにつかみ、帝国兵に、投げつけたのだ。

 帝国兵は、鎧を着ていない。

 変装したことがあだとなり、短剣が、帝国兵の肩をかすめた。


「ぎゃっ!!」


 肩に傷を負った帝国兵は、苦悶の表情を上げ、思わず、アマリアを放してしまった。

 おかげで、アマリアは、解放された。


「早く、来い!!」


 ラストが、叫ぶと、アマリアは、無我夢中でラストの元へと駆け寄る。

 代わりに、ヴィオレットが、帝国兵に迫った。

 鎌を手にして。


「来るな!!来るなあああっ!!」


 帝国兵は、魔法・バーニング・スパイラルを発動する。 

 火がヴィオレットを焼くが、ヴィオレットは、平然としたまま、ゆっくりと進む。

 体中が、火傷を負っている。

 痛々しく感じるほどだ。

 それでも、ヴィオレットは、顔色一つ変えず、帝国兵に迫った。


「このっ!!」


 帝国兵が、短剣を振り回す。

 それも、無我夢中で。

 ヴィオレットは、鎌で、防ごうとしたが、それよりも、早く、帝国兵が、ヴィオレットの腹を短剣で突き刺した。


「がはっ!!」


 ヴィオレットは、苦悶の表情を浮かべ、血を吐く。

 致命傷を負ってしまったようだ。


「ヴィオレット!!」


 アマリアは、思わず、手で口を覆った。

 それも、体を震わせて。

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