第八話 脱走した聖女様

 酒場から脱走したアマリア。

 ばれないように、フードを深くかぶっている。

 部屋にあったフードを奪って逃走したようだ。


――どこにいるのかしら……。


 街中をくまなく探すアマリア。

 だが、帝国兵がどこにいるのかは、わからない。

 当然であろう。

 帝国兵は、変装しているのだ。

 アマリアが、見つけられるはずがなかった。


――早く、見つけないと。あの男が殺す前に。


 アマリアは、焦燥に駆られているようだ。

 当然であろう。

 見つけ出す前に、ラストが、帝国兵を殺してしまったらと思うと、焦ってしまうのだ。

 なんとしてでも、彼よりも、見つけ出さなければと足早に駆けていくアマリア。

 だが、その時だ。

 急に立ち止まった男性とぶつかってしまったのは。


「きゃっ!」


 アマリアは、ぶつかった反動で、バランスを崩し、尻餅をつく。

 フードも外れてしまい、アマリアの素顔が見えてしまった。


「あ……」


 アマリアは、思わず、驚いてしまう。

 アマリアの素顔が見えた瞬間、多くの帝国の民が、一斉にアマリアへと視線を向けたからだ。

 見たことない美しい顔をしたアマリアが、珍しかったのだろう。

 まるで、女神のようだと。

 アマリアは、すぐさま、フードをかぶろうとしたが、二人組の男性が、アマリアへと歩み寄った。


「大丈夫かい?お嬢さん」


「怪我はないかなぁ?」


 二人組の男性が、声をかける。

 だが、その目は、どこか、異常だ。

 優しく声をかけるふりをして、アマリアを連れ去ろうとしているのではないかと思うほどに。

 アマリアは、彼らの目を見た瞬間、恐怖を感じ、背筋が、ぞっとした。


「だ、大丈夫ですので、失礼します」


 アマリアは、慌てて、お辞儀をし、その場から離れようとする。

 だが、男性は、逃がすまいとアマリアの腕を強引につかんで、立ち止まらせた。


「おっと、待ちなって」


「怪我がないか、見てやるよ」


 二人組の男性は、アマリアが、怪我がないかと見ると言うが、どう見ても、怪我を見ようとはしていない。

 アマリアをそのままさらうつもりなのだろう。

 嫌な予感がする。

 何か、されるのではないかと、アマリアは恐怖に怯えた。


「は、離してください!!」


「怖がるなって」


「俺達、妖しい奴じゃないからさ」


 アマリアは、離れようとするが、男性は、決して離そうとしない。

 力強くつかんでいるのだ。

 痣になるのではないかと思うくらいに。

 妖しいものではないと言うが、どこからどう見ても、妖しい。

 アマリアは、そう、感じ、離れようとするが、男達が、強引に、アマリアを連れていこうと歩き始めた。


――た、助けて!!


 アマリアは、震えながら、目を瞑る。

 誰かに助けを求めながら。

 だが、誰も、助けようとはしない。

 怯えながら、アマリアを見るだけだ。

 アマリアは、もう、二人組の男性に連れていかれそうになっていた。

 だが、その時であった。


「がっ!!」


 アマリアの腕をつかんでいた男性が、うめき声上げる。

 しかも、アマリアの手を離して。


「え?」


 アマリアは、目を開けて、あっけにとられている。

 なぜなら、アマリアの腕をつかんでいた男性が、殴られていたのだ。

 しかも、自分よりも、体の細い男性に。

 もう一人の男性が、殴り掛かるが、その男は、いとも簡単に回避し、男性の鳩尾を殴った。


「ごほっ!!」


 もう一人の男性も、目を開け、仰向けになって倒れる。

 しかも、気絶しているようだ。

 アマリアを助けた男性は、背が、アマリアより、少し高くて、体が細い。

 あの二人組の男性を一発で気絶させたとは思えないくらいだ。

 まるで、戦闘訓練を受けているかのように思えてならないほどであった。


「大丈夫ですか?」


「え?あ、はい」


 男性は、アマリアに手を差し伸べる。

 だが、その男性は、ヴィオレット達を尾行していた者だ。

 しかも、帝国兵ではないかと疑われていた。

 偶然にも、アマリアを見つけ、接触してきたのだろう。

 最悪の展開だ。

 だが、アマリアは、何も気付かず、手を伸ばす。

 恐れを抱いていないようだ。

 助けられたからなのだろう。

 男性は、アマリアの手を握った。


「さあ、こっちへ」


 男性は、アマリアを連れて逃げ始める。

 アマリアは、安堵したのか。

 男性と共に、走った。



 アマリアが、外に出て自分達と尾行していた男性と接触しているとは、知らないヴィオレット達は、未だ、尾行していた男性を探している。

 だが、どこを探しても、見つからなかった。


「逃げられたな」


「みたいだね~」


 ヴィオレットは、ため息をつく。

 だが、ラストは、残念がっていないようだ。 

 男性を取り逃がしたというのに。


「お前、わざと逃がしただろ」


「あれ?ばれてた?」


「ああ。お前が、あの程度で、取り逃がすはずがない」


 ヴィオレットは、ラストに問い詰める。

 なんと、ラストは、あの男性をわざと逃がしたと見抜いているようだ。

 ラストも、反論しようとせず、笑いながら、聞き返す。 

 まさか、見抜かれていたとは、思いもよらなかったようだ。

 ラストは、暗殺者だ。

 それも、信頼されるくらいの。

 ゆえに、いとも簡単に、取り逃がすなどあり得ない。

 吹き飛ばされたとしても、彼なら、男性を捕らえ、殺していただろう。

 だからこそ、腑に落ちなかったのだ。

 なぜ、ラストが、取り逃がしたのか、理解できず。


「仕方がないじゃん。本当に、帝国兵かわからなかったんだし」


 ラストは、わけがあるようだ。

 なぜなら、彼が本当に帝国兵かどうかは不明だ。

 自分達を尾行していたとしても、もしかしたら、別人かもしれない。

 ボスを裏切っているものか、それとも、単独で、自分達を捕らえ、帝国に引き渡そうとしていた者なのか。

 どちらにしても、今は、帝国兵を狙っているゆえに、彼を逃がした。

 次にどのような行動を起こすか、知るべく。


「それに、俺達の顔は、見られた。ってことは……」


「殺しに来る、か」


「そうそう」


 ラストは、彼は、自分達を顔を見ている。

 ヴィオレットとラストは、有名だ。

 帝国にとっては。

 あの聖女・アマリアを攫ったのだから当然であろう。

 彼が、仮に帝国兵であるなら、殺しに来るはずだ。

 裏切っている者や帝国兵に引き渡そうとしている者だとしても、殺しに来る可能性は高い。

 だが、彼らは、戦いのプロではない。

 ラストは、戦い方で、見抜くつもりだ。

 さすがは、暗殺者と言ったところであろうか。


「さて、どこに行ったかな~」


 ラストは、手の平を下に向け、自分の額に当てる。

 まるで、誰かを探しているようなそぶりを見せて。

 この状況を楽しんでいるのだろうか。

 やはり、ラストの真意が読み取れない。

 ゆえに、ヴィオレットは、ラストを警戒した。

 だが、その時であった。


「お、おい!!」


「ん?どうしたよ」


 男性達が、血相を変えて、ヴィオレット達の元へと駆け付ける。

 何かあったようだ。

 帝国兵でも見つかったのだろうか。

 ラストは、何も知らず、男性達に尋ねた。


「た、大変なんだよ」


「何があった?」


 男性達は、慌てて、ヴィオレットに話しかける。

 焦っているかのようだ。

 やはり、何かあったのだろう。

 だが、ヴィオレットは、冷静に尋ねる。

 さすがと言ったところであろう。


「せ、聖女が、逃げやがった!!」


「はぁ?」


 男性は、ヴィオレット達に報告する。

 聖女が、アマリアが、逃げた事を。

 これには、さすがのラストも、驚きを隠せない。

 予想外だったのだろう。

 ヴィオレットも、黙っていたが、焦燥に駆られた様子を見せ始めた。


「それは、本当か?」


「ああ、間違いねぇ」


 ヴィオレットは、男性に尋ねる。

 確認するように。

 信じられないのだろう。

 アマリアが、脱走したなどと。

 だが、男性達の表情を見る限り、本当のようだ。

 アマリアは、酒場から逃げてしまったらしい。


「たく、何やってんだよ」


 これには、さすがのラストも苛立ちを隠せない。

 アマリアが、勝手な行動をしたことや彼を監視できなかったレジスタンスのリーダーの事に、苛立っているのだろう。

 アマリアが、脱走するはずないと、鷹をくくっていた自分にも、苛立っていた。


「まずいな。帝国兵が、もし、アマリアと遭遇したら」


「間違いなく、連れていかれる」


 ヴィオレットは、最悪の事態を想定していた。

 もし、アマリアが、帝国兵と遭遇してしまったら、間違いなく、帝国へ連れていかれる。

 せっかく、苦労して捕らえたというのに。

 アマリアを捕らえる為に、入念に準備をしていたのだ。

 爆弾を仕掛けたり、計画を何度も見直したり。

 もう、二度と同じては通用しない。

 つまり、アマリアをもう一度、攫う事は、不可能であった。


「ちっ。あの時、殺しておけばよかったかもしれないな」


 ラストは、珍しく、本音を吐く。

 もし、尾行していた男性を殺しておけば、アマリアが、帝国兵と接触するかもしれないという最悪の事態は、免れたかもしれないと。

 相当、苛立っているからなのだろう。


「ラスト、アマリアを探すぞ」


「わかってるよ」


 ヴィオレットは、ラストにアマリアを探すよう促す。

 帝国兵よりも、彼女の事を最優先としているようだ。

 ラストも、苛立ちながらも、うなずき、走り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る