第四話 聖女を連れ去って

 王宮エリアで爆発が起こり、ヴィオレット達は、その隙に王宮エリアを脱出した。

 彼女達は、王宮エリアとアメジストエリアをつなぐトンネルへと入る。

 帝国の橋と呼ばれている場所だ。

 本来なら、帝国兵が、警備しているはず。

 だが、その帝国兵は、殺されていた。

 ヴィオレット達が、王宮エリアに侵入する前に。

 そのため、ヴィオレット達は、たやすく、トンネル内に侵入し、アメジストエリアを目指した。


「お願いです!!離してください!!」


「やだね」


 アマリアは、ジタバタともがき、離れようとする。

 だが、ラストが離すはずがない。 

 彼女の力では、離れることすら不可能なのだ。

 アメジストエリアの入り口へと近づいていくヴィオレット達。

 だが、その時だ。

 帝国兵達が、ヴィオレット達を追いかけてきたのは。


「追手が来たな」


「だな、意外だ。まさか、こんなにも、早く、来るとはな」


 ヴィオレットは、振り向き、冷静に答える。

 予想していたのだろう。

 帝国兵は、自分達を追ってくると。

 カレンが命じたのかもしれない。

 ゆえに、ヴィオレット達が、予想よりも、早く、追いかけてきたのだ。

 このままでは、追いつかれてしまう可能性が高い。


「どうする?」


「逃げようぜ。聖女サマを抱えた状態じゃあ戦えないし」


 ヴィオレットは、ラストに尋ねる。

 ラストなら、正しい判断ができると悟ったのだろう。

 どうやら、彼の事を信頼しているようだ。

 ラストは、このまま逃げようと判断した。

 聖女を抱えたまま、戦えるはずがない。

 それよりも、脱出したほうが早い。

 ヴィオレットは、ラストに従い帝国兵に背を向けて、走り続けた。

 だが、帝国兵達は、容赦なく、ヴィオレットとラストに向けて、魔法や魔技を放つ。

 ヴィオレット達は、背を向けながらも、回避したが、次々と魔法と魔技が放たれる。

 これでは、捕まってしまうのも、時間の問題であった。


「先に行け」


「はいよっ!!」


 ヴィオレットは、帝国兵の方へと体を向ける。

 帝国兵達の行く手を遮るつもりだ。

 ラストを逃がすために。

 ラストも、そのほうが 懸命だと判断し、ヴィオレットに任せて、アマリアを抱えながら、逃げた。

 ヴィオレットは、鎌を出現させ、帝国兵の魔法や魔技を切り裂く。

 やはり、帝国兵が、相手だ。

 ヴィオレットも、余裕のようであった。

 魔法や魔技を切り裂きながら、後退していくヴィオレット。

 その間に、ラストは、アメジストエリアの入り口に入り、立ち止まった。


「ヴィオレット、いいぜ!!」


 ラストが叫ぶと、ヴィオレットは、帝国兵達に背を向けて、走り始めた。


「待て!!」


 帝国兵は、慌てて、ヴィオレットを追いかけた。

 だが、ヴィオレットは、ヴァルキュリアに変身している為、戦闘能力が上がっている。

 今までは、ラストのスピードに合わせていただけだ。

 帝国兵達から、遠ざかっていくヴィオレットは、ついに、アメジストエリアに入り、入口の前で、帝国兵へと視線を向けた。

 その直後だ。

 トンネル内で爆発が起こったのは。

 何度も、爆発が起こり、ついに、トンネル内にひびが入る。

 そして、すぐさま、トンネルが破壊され、帝国兵と共に海へと落ちていった。


「うっ!!うわああああっ!!」


 帝国兵は、足場を失い、海へと沈む。

 これで、完全に王宮エリアとアメジストエリアをつなぐ橋が、破壊された。

 帝国兵が追ってくることはないだろう。


「なんて、事を……」


 アマリアは、愕然とする。

 ヴィオレットは、いとも簡単に、帝国兵の命を奪ったのだ。

 それも、橋まで破壊して。

 アマリアは、ヴィオレットの行動が信じられなかった。

 目的の為なら、手段を選ばないというのだろうか。


「これで、脱出もう成功したな」


「そうだな」


 そんなアマリアに対して、説明もせず、脱出は成功したと笑みを浮かべるラスト。

 ヴィオレットも、冷酷な表情のままで、うなずいた。

 そのまま、歩き始めるヴィオレットとラスト。

 だが、アマリアは、怒りを抑えきれず、拳を握りしめた。


「待ちなさい。なぜ、このような事を……」


「……」


 アマリアは、ヴィオレットに問い詰める。

 ヴィオレットとラストは、立ち止まる。

 だが、ヴィオレットは、答えようとはしなかった。

 答えるつもりはないのだろう。


「答えなさい!!ヴィオレット」


 何も答えないヴィオレットに対し、苛立つアマリアは、声を荒げる。

 やはり、ヴィオレットの事を知っているようだ。

 それでも、ヴィオレットは、答えようとしなかった。


「そりゃあ、もちろん、帝国を滅ぼすためだよなぁ?ヴィオレット」


「そうだ」


「そ、そんな……」


 ラストが、ヴィオレットの代わりに答える。

 帝国を滅ぼすためにやった事なのだと。

 自分を攫った事も含めて。

 ヴィオレットは、静かにうなずいた。

 それが、答えなのだろう。

 アマリアは、愕然とした。

 信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて。


「よし。この話は、終わり!!もう、戻ろうぜ」


「ああ」


 ラストは、アマリアの話を強引に遮り、戻ろうと促す。

 ヴィオレットは、うなずき、歩き始めた。

 ラストに抱きかかえられたまま連れていかれるアマリア。

 だが、抵抗しようとしない。

 力が抜けてしまったのだ。

 今のヴィオレットが、信じられなくなって。

 彼女とヴィオレットは、一体、どういう関係なのだろうか。

 聖女とヴァルキュリアの関係だけではないように思えてならない。

 それでも、ラストは、尋ねようとしなかった。

 気にならないのか、それとも、知っているのかは、定かではないが。

 こうして、ヴィオレット達は、人ごみに紛れ、姿を消したのであった。



 王宮エリアでは、消火活動が行われていたが、カレン達のおかげで、被害は軽減された。

 破壊された建物もない。

 帝国兵が、殺されてしまい、儀式は中止となってしまったが。

 それゆえに、自室で待機することとなったコーデリア。

 だというのに、ワインを手にしながら、微笑んでいた。


「儀式が、失敗したなんて……。まぁ、仕方がないわね。所詮、彼女の魂に、価値はなかったし」


 儀式が失敗したというのに、コーデリアは、怒りを露わにしていない。

 それどころか、儀式を行うはずだった少女の事を罵ったのだ。

 ヴァルキュリアになるという事は、それほどの力を持っているという事。

 それなのに、コーデリアは、価値はないと断言し、ワインを飲み干した。


「失礼します。コーデリア様」


「あら、どうしたの?」


 帝国兵が、ノックをして、部屋に入る。

 しかも、他の帝国兵とは服装が違う。

 おそらく、兵長なのだろう。

 何かあったのだろうか。

 コーデリアは、微笑みながら振り返った。

 最悪の事態が起こっているのかもしれないというのに。


「朗報でございます」


「あら、アマリアが連れ去られたのに?」


「そうです」


 兵長は、朗報があると告げる。

 何か、最悪の事態が、起こったわけではなさそうだ。

 だが、コーデリアの言う通り、アマリアが連れ去られて、大打撃を受けたというのに、朗報だと言うのは、どういう事なのだろうか。

 コーデリアが、微笑みながら、問いかけると、兵長は、堂々とうなずいた。


「で、何かしら?」


「華のヴァルキュリアが、復活したそうです」


「そう」


 兵長曰く、華のヴァルキュリアが復活したとのこと。

 それを聞いたコーデリアは、微笑んだ。

 嬉しそうに。

 ルチアは、死んだと聞かされていたはずなのに。

 まるで、ルチアが、実は、生きていた事を知っているかのようだ。


「アライアの言った通りだったわね」


「そうですな」


 コーデリアは、アライアから、報告を受けていたのだ。

 ヴィオレットに殺されたはずのルチアは、まだ生きていると。

 そして、アライアが、アレクシアと言う偽名を使って、ルチアと暮らしている事を聞かされた。

 アライアは、ルチアが、再び、ヴァルキュリアに変身すると推測していたようで、とある計画を告げた。

 それは、ルーニ島を制圧して、ルチアを旅立たせ、妖魔達を戦わせることだ。

 彼女達の目的は、魔神の復活だ。

 魔神を復活させるには、神の力を宿した魂が必要である。

 ヴァルキュリアならば、それが、可能なのだ。

 アライアが作った宝石は、変身する度に、力を使う度に、魂を吸い取らせるように、仕組まれている。

 そうして、ルチアの魂を宝石に封じ込め、魔神を復活させるつもりでいるのだろう。

 ヴァルキュリアの魂は、魔神復活の為には、欠かせない材料なのだから。

 そのため、コーデリアは、アライアの計画を受け入れ、監視をさせていた。


「じゃあ、アライアに告げなさい。計画を進めるように。兵士は、送り込んでおくからって」


「はっ!!」


 コーデリアは、アライアに告げるよう、兵長に命じる。

 計画を進めさせるつもりだ。

 ヴァルキュリアの魂を手に入れ、魔神を復活させるために。

 兵長は、頭を下げ、部屋を出た。


「島々を失ってしまうのは、惜しいけど、魔神の力が、手に入るのなら、仕方がないわよね」


 アライアの計画は、華のヴァルキュリアであるルチアを妖魔と戦わせることだ。 

 しかも、ルーニ島を支配して。

 だが、多くの妖魔と戦わせなければ、魂は神の力と融合しない。

 ゆえに、一度、支配していた島々を解放させるしかなかった。

 妖魔を倒させなければならないのだから。

 だが、魔神を復活させれば、また、支配できる。

 優先すべきことは、ただ一つ、ルチアの魂を神の力と融合させることであった。

 ルーニ島を支配した理由は、ルチアを強制的に旅立たせるためでもあったが、ルーニ島にある遺跡を手に入れ、侵入を防ぐことも兼ねていた。


「さて、あの裏切りのヴァルキュリアは、どうしようかしら。殺してもいいけど、貴重な価値のある魂は、失いたくないわね」


 コーデリアは、ヴィオレットの対処をどうするか、考えているようだ。

 裏切り者であるヴィオレットは、帝国にとって脅威でしかない。

 だが、彼女の魂は、ルチアと同様に、価値のある魂だ。

 神の力を融合させる前に、殺すのは、惜しい。


「あの子達を殺させて、魂を捧げてもらいましょうか。それとも、あの子達の魂を捧げましょうか」


 ヴィオレットには、カレン達を殺させ、魂と神の力を融合させようとしていた。

 もしくは、カレン達が、ヴィオレットを殺して、カレン達の魂と神の力を融合させようともしている。

 どちらでもいいのだ。

 魂が手に入れば。

 確実に、魔神を復活させるために。


「さあ、殺し合って。ヴァルキュリア」


 コーデリアは、狂気の笑みを浮かべる。

 彼女の笑みは、もはや、狂っていると言っても、過言ではなかった。



 ヴィオレット達は、アマリアを連れて、アメジストエリアに入る。

 アマリアは、手をロープで縛られたまま、歩かされていた。


「さて、着いたぜ。聖女サマ」


「ここは……」


 アメジストエリアに入ったアマリアであったが、目を見開き、動揺している。

 なぜなら、その光景は、あまりにも、ひどかったからだ。

 建物は、ボロボロの状態であり、人や精霊が来ている服も、ボロボロ。

 まるで、スラムのようだ。

 その光景は、アマリアが知っているアメジストエリアではなかった。


「アメジストエリアだ」


「え?ここが……」


「そうだ」


 ヴィオレットが、アマリアの抱いている疑問に答える。

 本当に、アメジストエリアに着いたのだと。

 アマリアは、信じられなかった。

 ヴィオレット達は、自分に嘘をついているのではないかと、疑って。

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