第五話 見放されたエリア=失楽園

「ここが、アメジストエリア?」


 アマリアは、あたりを見回す。

 以前、訪れた時とは、豹変しすぎているからだ。

 建物も、美しく、自然が、あふれていた。

 王宮エリアと変わらないぐらいだ。

 だというのに、スラムのように変わり果ててしまった。

 一体、何があったというのだろうか。


「し、信じられません……だって……」


 アマリアは、未だに、信じられない。

 当然であろう。

 アマリアが、訪れた時とは、あまりにも、違いがあり過ぎる。

 それゆえに、騙そうとしているのではないかと、疑った。


「あっれぇ?まさか、聖女サマ、知らないの~?」


「何がですか?」


 ラストは、見下したような言い方をする。

 何も知らないアマリアに対して。

 アマリアは、嫌悪感を露わにし、ラストに冷たく、問いただした。

 まるで、ラストを軽蔑しているかのようだ。


「ここはね、帝国に見放されたエリアの一つだよ。通称・失楽園」


「見放された?失楽園?」


 ラストは、陽気に語る。

 アメジストエリアは、帝国に見放されたエリアであり、失楽園と呼ばれていると。

 アマリアには、理解できなかった。

 なぜ、帝国に見放されてしまったのか。

 なぜ、失楽園と呼ばれているのか。


「ここのエリアの住人は、帝国の真実を見抜いて、刃向ったわけ。で、帝国は、反逆者として、ここのエリアを見放した。支援物資も、送られてないんだ」


「そんな……」


 数年前の事だ。

 アメジストエリアの住人は、帝国の真実を知ってしまった。

 帝国が、何をしようとしているのかを。

 だからこそ、帝国に刃向った。

 クーデターを起こしたのだ。

 だが、帝国にあっさり、返り討ちに合い、反逆者が住むエリアとして、見放された。 

 それ以来、支援物資も送られていない。

 廃れていき、今の状態となってしまったのだ。

 ここのエリアの住人は、他のエリアから支援物資を奪ったり、帝国兵を騙して、金品を奪って、生きている。

 そうするしかないのだ。 

 真実を知ったアマリアは、愕然とした。

 帝国が、このような事をしているとは、思いもよらなかったのだろう。


「見放されたエリアの一つと言う事は、他にも……」


「おやぁ?察しがいいねぇ。その通りだ」


 アマリアは、気になっていた事があった。

 「見放されたエリアの一つ」とラストは、言っていた。

 つまり、他にも、見放されたエリアが、あるという事ではないかと。

 ラストは、笑みを浮かべながら、語る。 

 まるで、見下しているかのように。

 アマリアは、そう感じて、嫌気がさした。


「見放されたエリアは、全部で、四つ。ここ、アメジストエリア、モルガナイトエリア、ダイアモンドエリア、ヘタマイトエリアが、該当するんだぜ」


「……」


 見放されたエリアは、四つのようだ。

 この四つのエリアは、ヴァルキュリアがいないエリアでもある。 

 ヴァルキュリアは、エリアを統治することが許されているが、見放された四つのエリアには、配属されていない。

 妖魔を倒す者はいないという事だ。

 本当に、見放されてしまったのだろう。

 アマリアは、言葉を失う。

 信じられないのか、それとも、衝撃を受けているのか、どちらかであろう。


「あれ?信じられないか?まぁ、信じるも、信じないも、あんたの勝手だけどさ」


 ラストは、陽気に語る。 

 どちらでも、いいようだ。

 アマリアが、自分の話を信じるも、信じないも。

 まるで、弄ばれているかのようだ。

 アマリアは、そう感じ取った。

 ラストの心情が読み取れないのだろう。

 余計に不気味に思えてならなかった。


「ヴィオレット、聞きたいことがあります」


「なんだ?」


 アマリアは、ヴィオレットに声をかける。 

 それも、小声で。

 よほど、ラストに聞かれたくないのだろう。

 ヴィオレットは、アマリアの心情を察したようで、小声で、尋ねた。


「なぜ、あの男と行動を共にしているのですか?」


「……利害が一致しているからだ。あいつも、私も、帝国を滅ぼすことが、目的だから」


 アマリアは、理解できなかった。

 なぜ、ヴィオレットが、ラストと行動を共にしているのか。

 ラストは、帝国を滅ぼそうとしている。

 ヴァルキュリアである彼女が、なぜ、その彼についていっているのか。

 いくら、ルチアを殺し、裏切り者と呼ばれていても、そのような事をするはずがないと思っているのだろう。

 だが、ヴィオレットは、答えた。

 自分の目的も、帝国を滅ぼすことなのだと。


「なぜ、帝国を……」


「……聖女様は、知らなくていい事だ」


 アマリアは、余計に理解できないようだ。

 なぜ、ヴィオレットは、帝国を滅ぼそうとしているのか。 

 思考を巡らしても、見当もつかない。

 そんなアマリアに対して、ヴィオレットは、答えようとしなかった。

 それも、冷たく突き放して。


「貴方は、変わってしまったのですね。前は、優しい子だったのに……」


「……もう、あの頃とは違う」


 ヴィオレットの様子をうかがっていたアマリアは、残念がっていた。

 やはり、アマリアは、ヴィオレットの事を知っているようだ。

 実は、アマリアは、ルチア、ヴィオレットと過ごした事がある。

 幼い二人を妹のように思ってきたのだ。

 そのころのヴィオレットは、強く、優しかった。

 アマリアは、その事を思い返し、失望していた。

 変わり果てたヴィオレットの事を。

 ヴィオレットは、あの頃に戻れないと冷たく突き放した。


「ヴィオレット……」


 アマリアは、うつむき、拳を握りしめた。 

 もう、あの頃には、戻れないのかもしれないと思うと、辛いのだろう。 

 ヴィオレットを説得する事は、もう、無理なのだと悟って。



 ヴィオレット達は、ある店の前に立った。

 どうやら、酒場のようだ。

 それも、荒れ果てた。

 なぜ、ここで、立ち止まっているのか、アマリアには、わからない。

 いや、わかりたくなかった。

 ヴィオレットとラストは、アマリアを連れて、酒場に入った。


「よう」


「おお、ラストとヴィオレットじゃねぇか」


「生きてやがったか」


「まぁね。俺達、不死身だし」


 酒場に入った途端、ごろつきの男達が、酒場にいた。

 しかも、もう、酒を飲んでいるらしい。

 酔っぱらっている者もいるようだ。

 カウンターの中にいる妖艶な女性は、ヴィオレット達を目にした途端、微笑む。 

 しかも、男達もだ。

 ラストが、手を上げて、挨拶を交わした途端、男達が、声をかける。

 どうやら、知り合いのようだ。


「な、何なんですか、この人達は……」


 アマリアは、警戒し始める。

 しかも、彼らに対して、嫌悪感を露わにしているかのようだ。

 野蛮だと思っているのだろう。

 昼間から、酒を飲んでいるのだから。

 王宮エリアでは、あり得ない事だ。

 絶対に。


「おいおい、なんだ?その言い方は?」


 アマリアの態度を目にした男達は、アマリアに詰め寄ろうとする。

 ヴィオレットは、平然とした様子で、アマリアの前に出た。

 アマリアを守ろうとしているのだろう。

 さらに、ラストが、男達の前に出た。


「まぁ、待てって。この人は、お偉いさんなの。聖女サマ」


「ああ、なるほどな」


「ほんとに、連れてきがやったのか」


 ラストが、男達をなだめる。

 アマリアの事を、説明して。

 アマリアが聖女だと知り、男達は、納得したようだ。

 怒りを露わにしていたが、一瞬にして静まった。

 アマリアの事を知っているのだろう。

 何も知らない聖女だと。

 中には、本当に、アマリアを連れてきたのかと、驚いている者もいる。

 当然であろう。

 王宮の中で暮らしていたアマリアを連れだすなど、不可能に等しいからだ。

 なのに、ヴィオレットとラストは、たった二人で、やり遂げてしまった。

 これには、男達も、驚きを隠せないようだ。


「あの人はいる?」


「ボスなら奥にいるわよ」


「どうも~」


 ラストは、カウンターの女性に尋ねる。

 どうやら、ラストの探している人物は、この酒場の奥にいるようだ。

 しかも、その人物の事を「ボス」と呼んで。

 このエリアを統治している者なのだろうか。 

 何者かは、不明だが、ラストは、陽気に手を上げて、進み始めた。


「はいはい。聖女サマのお通りだよ~」


 行く手を遮っていた男達が、後退し、道を開ける。

 ヴィオレットとラストは、アマリアを連れて、奥へと進んだ。

 アマリアは、あたりを見回す。

 どう見ても、野蛮な男達しかいない。

 まるで、別世界に迷い込んだような気分だ。

 そんな彼らに対し、ラストは、知り合いのようにふるまっていた事が、理解できないアマリアであった。


「か、彼らは……」


「同士だ」


「同士?」


「そうだ」


 アマリアは、恐る恐る尋ねる。

 彼らは、一体、何者なのか。

 ヴィオレット曰く、同士だそうだ。

 つまり、ヴィオレットと同じ意思を持つ者たちなのだろう。

 帝国を滅ぼそうとしているのだろうか。

 アマリアは、不安に駆られながら、酒場の奥へと進んだ。



 奥の部屋に入ったヴィオレット達。

 その部屋は、広々としている。

 ソファーが設置されており、テーブルには様々な酒が置かれている。

 どうやら、ビップルームのようだ。

 その部屋に、一人の大柄な男性が、酒を飲んでいた。


「よう、久しぶり」


「ああ?昨日、来たばっかりだろうが」


「あれ?そうだっけ?」


 ラストは、陽気に手を上げる。

 久しぶりと言ったラストであったが、その男曰く、昨日も、ここに来たらしい。

 苛立った様子は見せる大男であったが、ラストは、平然としている。

 まるで、彼すらも、弄んでいるかのようだ。

 大男は、ちっと、舌打ちをした。


「こ、この人は?」


「ここのエリアのボスだ」


「で、レジスタンスのリーダーでもある」


「レジスタンス?」


 アマリアは、恐る恐る尋ねる。

 その大男は、あまりにも、野蛮で、恐ろしく感じたのだろう。

 そんなアマリアに対して、ヴィオレットは、淡々と答えた。

 やはり、このアメジストエリアを統治しているボスのようだ。

 続いて、ラストが、説明する。

 レジスタンスのリーダーだと。

 だが、聞き慣れない言葉に、アマリアは、困惑する。

 やはり、何も知らないようだ。

 

「おう。帝国に刃向う集団ってところだな」


「え!?」


 大男が、ストレートに説明し、アマリアは、驚きを隠せなかった。

 わかってはいたものの、やはり、受け入れられないのだろう。


「よろしくな。箱入り娘さんよ」


 大男は、アマリアを「箱入り娘」と呼んだ。

 まるで、わかっているようだ。

 アマリアが、あまりにも、何も知らないで育った聖女様だと。

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