第二話 裏切り者、現る

 ローブの二人組は、静かに歩く。

 誰にも気付かれないように。

 幸い、帝国の民も、帝国兵も、ヴァルキュリアの誕生を待ちわびているようで、気付きもしない。

 彼女達にとっては、好都合なのだろう。

 二人は、広場の中心から離れていく。

 静かに、気付かれないように。


「楽しみだねぇ。聖女サマにお会いできるんだからさ。ま、非正規ルートでだけど」


 男性が、呟く。

 彼女達の狙いは、聖女らしい。

 だが、「非正規ルート」で会いに行くという事は、侵入するつもりなのだろう。 

 彼女達の狙いは、不明だ。

 ここで、何をするつもりなのか……。


「ラスト、わかっていると思うが……」


「わかってるって。こっちは、うまくやるからさ。お前こそ、死ぬなよ?」


「……ああ。当然だ」


 ヴィオレットは、男性に忠告する。

 彼の事を「ラスト」と呼んで。

 どうやら、それが、彼の名のようだ。

 彼は、精霊人であり、見た目は、二十歳に見えるが、実は、百五十歳だ。

 なんの属性かは、ヴィオレットもわからない。

 明かそうとしないため。

 ラストは、ヴィオレットが、忠告を遮るように語った。

 うまくやると。

 警戒心がないため、ヴィオレットは、懸念したのだろう。

 逆に、ラストは、ヴィオレットに忠告する。

 二人は、何か、危険な事をするつもりなのだろう。

 ヴィオレットは、静かにうなずいた。


――絶対に、帝国を滅ぼす!


 ヴィオレットは、拳を握りしめる。

 強い意志を持っているようだ。

 だが、なぜ、帝国を滅ぼそうとしているのかは、不明だ。

 彼女は、知っているのかもしれない。

 帝国の狙いを、ヴァルキュリアの真実を。



 王宮の女帝の間では、一人の女性が、椅子に座って待っている。

 ヴァルキュリアの誕生を。

 金髪の長い髪に、鋭く青い瞳を持つ女性。

 漆黒のドレスを着こなす彼女は、妖艶な女性のように見えた。


「もうそろそろですな。コーデリア様」


「ええ、楽しみだわ」


 女性の隣に立っていた中年の男性が、語りかける。 

 彼は、女性を支える立場にあるらしい。

 大臣なのだろう。

 彼は、女性の名を呼ぶ。

 コーデリアと。

 コーデリアは、微笑みながら、答えた。



 誰もが、ヴァルキュリアの誕生を待ちわびている。

 だが、時間が経つばかりで、儀式は、まだ、始まらない。

 帝国の民達は、少々、苛立ち始めた。


「ねぇ、まだ、始まらないの?」


「もう、待ちくたびれたんだけど」


「早くしろよな」


 帝国の民は、騒ぐ。 

 だが、帝国兵は、何も、答えようとしない。

 なんの対応もないため、帝国の民は、苛立つばかりだ。

 その様子をヴィオレットは、遠くから見ていた。


――気付いていないようだな。


 ヴィオレットが、移動したというのに、誰も気付いていない。

 それどころか、ラストの姿が見当たらない。

 どうやら、別行動を取ったようだ。

 帝国兵は、それすらも、気付いていなかった。

 王宮の方へと視線を移すヴィオレット。

 その時だ。

 窓が、一瞬だけ、光ったのは。

 一瞬の光に誰も気付いていないようだ。

 ヴィオレット以外は。


――ラストも侵入したか。


 光を目にしたヴィオレットは、ラストが王宮に侵入したのだと悟る。

 どうやら、合図だったようだ。

 合図を目にしたヴィオレットは、歩き始めた。

 広場の中心へと。

 しかも、コツコツと足音を立てながらだ。

 先ほどまでは、足音さえも、立てなかったというのに。

 足音や気配を隠そうとしないヴィオレット。

 そのため、警備をしていた帝国兵は気付いた。

 広場へと歩み寄る不審者・ヴィオレットに。


「おい、貴様!!何している!!」


「止まれ!!さもなければ……」


 帝国兵が、ヴィオレットの前に立ち、剣を抜く。

 動けば、ヴィオレットを斬るつもりだ。

 だが、ヴィオレットは、立ち止まらず、掌から鎌を出現させた。

 刃と長柄の間に紫の宝石があしらわれている巨大な鎌を。

 ヴィオレットは、その鎌を手にし、突如、帝国兵達の首を斬り落とした。

 首を切り落とされ、帝国兵は、ゆっくりと仰向けになって倒れる。

 側にいた帝国の民が、気付き、青ざめた。


「き、きゃあああああっ!!」


 帝国の民の女性が、悲鳴を上げる。

 その声に気付いた帝国の民達は、一斉にヴィオレットの方へと視線を向けた。


「し、死んでる……」


「あいつが、殺したんだ!!」


 帝国の民は、帝国兵が殺されたことを知る。

 ヴィオレットに。

 ヴィオレットは、指を指されるが、顔色一つ変えず、帝国の民へと視線を向ける。 

 それも、冷酷な表情で。

 まるで、死神のようだ。

 帝国の民は、怯え、後ずさりをし始めた。


「動くな!!」


「殺してやる!!」


 帝国兵は、一気に、ヴィオレットに斬りかかる。

 だが、ヴィオレットは、いとも簡単に鎌を振り回し、帝国兵達の胴体を真っ二つに切り裂く。

 帝国兵達は、血しぶきを上げ、ゆっくりと倒れる。

 大きく動いたからか、ローブが、飛ばされ、ヴィオレットの姿が、人々の目に映る。

 菫色の髪と瞳を持つ少女のようだ。

 だが、その少女は、帝国の民とは異質な服装を着ている。

 胸にシルバーの鎧を身に纏い、さらに、その上から、膝丈くらいのレースがつけられていた。

 白いスカート、腕にシルバーの腕輪、鎧のブーツを身に着けている。

 ヴィオレットは、フードを身に着けており、両腕の腕輪から菫色のレースの裾を身に纏っていた。

 胸元には、紫の宝石がつけられている。

 彼女の姿を目にした帝国の民は、怯え始めた。


「あ、あれは……裏切りのヴァルキュリア!!」


 帝国の民が、ヴィオレットを目にして、叫ぶ。

 「裏切りのヴァルキュリア」と。

 それでも、ヴィオレットは、表情を変えない。

 冷酷な表情を保っていた。


「で、殺されたいのは、誰?」


 ヴィオレットは、わざと鎌を振り回す。

 帝国の民を殺すと宣言しているかのようだ。


「い、いやああああっ!!」


「逃げろ!!殺されるぞ!!」


 帝国の民達は、逃げ惑い始める。

 四方八方へと。

 転んだ者、押しのけられた者もいる。

 それでも、我先にと逃げていく。

 王宮エリアから。

 それほど、ヴィオレットを恐れているのだろう。

 だが、帝国兵は違う。

 ヴィオレットを殺そうと、剣を向けていた。


「お前らが、相手か。余裕だ。ヴァルキュリアでなければ、私は、殺せないからな」


 ヴィオレットは、淡々と告げて構える。 

 相手が帝国兵ならば、余裕のようだ。

 ヴィオレット曰く、ヴァルキュリアでなければ、殺せないらしい。

 それほど、ヴァルキュリアと帝国兵の差があるという事なのだろう。



 広場の近くで待機していた他のヴァルキュリア達は、ヴィオレットが、騒ぎを起こしている事に気付いた。


「あいつは、ヴィオレット!!」


「あら、生きてたのね。私の……」


 ヴィオレットを目にした赤い髪の少女は、形相の顔をし始める。

 赤い髪の少女は、ヴィオレットを憎んでいるかのようだ。

 逆に、青い髪の症状は、惚れ惚れとしているかのような表情を見せていた。

 まるで、ヴィオレットは、自分のものだと言っているかのようだ。


「へぇ、面白いことになってきたね~」


「これで、殺し合いができそうだぜ!!」


 緑の髪の少女は、今の状況を楽しんでいる。

 帝国兵が殺されたというのに。

 黄色の髪の少女さえも、楽しんでいるようだ。

 それも、殺し合いができると物騒な事を言ってのける。

 広場がパニック状態となっているというのに。


「あいつを捕らえる。捕らえて、処刑にするぞ!!」


 赤い髪の少女は、ヴィオレットを捕らえると宣言する。

 他のヴァルキュリア達も、一斉に、ヴィオレットの元へと向かった。


――ヴィオレット……。絶対に、許さない!!あの子の仇を取ってやる!!


 赤い髪の少女は、ヴィオレットを憎んでいるようだ。

 「あの子」の為に。

 赤い髪の少女は、拳を握りしめた。



 ヴィオレットは、帝国兵を切り裂く。

 胴体を切り落とし、首を斬り落とす。

 残虐な殺し方だ。

 だが、血を何度も浴びても、ヴィオレットは、帝国兵を殺し続ける。

 まるで、感情を押し殺しているかのようだ。

 だが、その時だ。

 炎の矢が、ヴィオレットに襲い掛かったのは。

 ヴィオレットは、炎の矢に気付き、帝国兵を盾にして、防ぐ。

 火の矢が帝国兵に刺さり、帝国兵は、命を落とした。

 帝国兵の命を利用するヴィオレット。

 彼女の前に、赤い髪の少女達が、ヴィオレットに迫った。

 しかも、ヴァルキュリアに変身して。


「来たか。ヴァルキュリア」


「ヴィオレット・ハレイ……」


 ヴィオレットを目にした赤い髪の少女は、にらむ。

 ヴィオレットの名を呼んで。

 裏切りのヴァルキュリアの名は、ヴィオレット・ハレイ。

 年齢は、十九歳。

 雷の精霊人であり、雷のヴァルキュリアだ。

 彼女は、かつて、ヴァルキュリアとして、英雄としてあがめられていた。

 だが、今は違う。

 華のヴァルキュリアを殺した裏切り者。

 そんなヴィオレットに対して、他のヴァルキュリア達は、不敵な笑みを浮かべていた。

 それでも、ヴィオレットは、顔色一つ変えようとしない。

 かつての仲間達が、自分に刃を向けようとしていても。



 裏切りのヴァルキュリア・ヴィオレットが現れた事は、王宮内に知れ渡っていた。

 多くの帝国兵達が、ヴィオレットの元へと向かう。

 聖女も、気付いていたが、帝国兵が、すぐさま、カーテンを閉めてしまった。

 危険を察知したのだろう。

 ゆえに、聖女は、広場の様子が見れなかった。


「い、一体、何が起こったというのですか……」


「裏切り者のヴァルキュリアが、現れたようです」


「え?」


 聖女は、帝国兵に問いかける。

 何が起こったのか、知りたいようだ。

 帝国兵は、報告した。

 すると、聖女が、驚き、戸惑う。

 信じられないと言わんばかりの表情で。


「聖女様は、ここで、待機していてください。今、外に出ては、危険です!!」


「で、ですが……」


 帝国兵は、外に出ないようにと聖女に指示する。

 だが、聖女は、ためらっているようだ。

 帝国の民を心配しているのだろうか。

 それとも、裏切りのヴァルキュリアの事が気になるのだろうか。

 聖女は、自分も広場に向かうと告げようとした。

 だが、その時だった。


「がはっ!!」


 突如、帝国兵が地を吐いて倒れる。

 聖女は、何が起こったのか、わからず、戸惑った。


「ど、どうされたのですか!!」


 聖女は、戸惑いながらも、帝国兵と歩みよる。

 だが、聖女は、帝国兵の背中に深々とナイフが突き刺さっているのを目にし、顔色が青ざめた。


「し、死んでるの?」


 聖女は、気付いてしまったようだ。

 帝国兵が、何者かに殺されたのだと。


「ご名答」


 どこからか、男性の声が聞こえる。

 しかも、聖女の疑問に答えるかのように。

 まるで、嘲笑っているようだ。


「だ、誰です!?」


 聖女は、立ち上がり、警戒する。

 すると、目に映ったのは、開いたドアとそのドアの間に立っているローブの男性であった。

 ラストだ。

 ラストが、聖女の部屋に侵入し、帝国兵を殺したようだ。


「ただの帝国の民です。聖女・アマリア様」


 ラストは、深々と頭を下げる。

 ご丁寧に。

 しかも、聖女の名を、アマリアの名を呼んで。

 彼女も、見た目は、二十歳であるが、ラストと同じ、百五十歳の精霊人であった。

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