楽園世界のヴァルキュリア―破滅の少女―

愛崎 四葉

第一章 裏切り者と失楽園

第一話 偽物の楽園

 空高く、浮かんでいる国がある。

 その国の名は、ダーニシア帝国。

 エデニア諸島の島の民は、その国を「空中帝国」と呼んでいた。

 空中帝国は、エデニア諸島の民にとっては、敵国。

 だが、帝国の民にとっては、「楽園」だったのだ。

 エデニア諸島の島の民が、どうなっているのかも、知らず。

 ヴァルキュリアの真実も、知らずに。

 空中帝国は、九つの浮島がある。

 中心に王宮がそびえたつ王宮エリア、さらに、その王宮エリアを囲む四つの浮島、ルビーエリア、サファイアエリア、エメラルドエリア、トパーズエリアがある。

 その四つのエリアよりも、外にある浮島は、モルガナイトエリア、アメジストエリア、ダイアモンドエリア、ヘタマイトエリアと呼ばれていた。

 中心の浮島・王宮エリアで、ある儀式が行われようとしている。

 帝国の民は、その儀式を見る為に、王宮エリアへと足を運んでいた。

 その王宮は、窓にはでステンドグラス、柱には彫刻が施されており、ゴシックな印象を受ける。

 王宮エリアは、一般の帝国の民は入れないようになっている。

 入れるのは、帝国兵と王族とヴァルキュリアのみだ。

 だが、その儀式は、帝国の民にとっては、重要であり、喜ばしいことなのだ。

 ゆえに、一般の帝国の民達は、王宮エリアに入る事が許され、帝国の民達は、王宮の前にある広場にて、その儀式が開催されるのを待っていた。


「ねぇ、新しいヴァルキュリア様が、誕生するんでしょ?」


「どんな方なのかしら。見てみたいわぁ」


 帝国の民は、儀式を待ちわびているようだ。

 ある儀式と言うのは、ヴァルキュリアの儀式だ。

 広場にて、宝石に選ばれた少女が、儀式にて、ヴァルキュリアへと変身できるようになる。

 一般の帝国の民に公開される理由は、安心感を持たせるため。

 実は、帝国でさえも、妖魔の脅威にさらされている。

 帝国の民は、恐れを抱いているのだ。

 だが、ヴァルキュリアが、誕生となれば、安心するであろう。

 ヴァルキュリアは、帝国の民にとって、希望なのだ。

 この儀式は、祭も兼ねている。

 ゆえに、多くの帝国の民が、広場に集まっていた。


「二年前、華のヴァルキュリア様が、お亡くなりになられたものね」


「あんな事件に巻き込まれたからな」


 帝国の民は、口々に話す。

 二年前、華のヴァルキュリアが、命を落としたのだ。

 ヴァルキュリアは、とある時期を迎えると、神魂の儀を行う。

 それは、神様に魂を捧げる儀式だ。

 ヴァルキュリアにとっては、誇りであり、神様の為に魂をささげ、命を落とすことなど、惜しくなかった。

 だが、華のヴァルキュリアは、神魂の儀で、命を失ったわけではない。

 殺されたのだ。

 それも、同じヴァルキュリアに。

 あの痛ましい事件は、帝国の民にとっては、恐怖の対象であり、忘れられない事件であった。

 だからこそ、待ちわびているのだろう。

 新たなヴァルキュリアの誕生を。



 そんな彼らの様子を王宮の窓からのぞいている者達がいる。

 それは、四人の少女だ。

 しかも、黒の軍服に身を包んだ少女達が。


「すっごーい、皆、楽しみにしてるって感じ~」


 窓から緑の髪の少女が、微笑んでいる。

 髪型は、ボブのウェーブ、黒の軍服に緑のスカートの彼女は、風のヴァルキュリアだ。

 だが、彼女の微笑みは、小悪魔のように思えてならない。

 まるで、帝国の民を見下しているかのようだ。


「何にも知らねぇで、のんきなもんだぜ」


 緑の髪の少女の背後から、黄色の髪の少女が、鼻で笑いながら、呟く。

 ベリーショートの髪、黒の軍服に黄色のスカートの彼女は、地のヴァルキュリア。

 そんな彼女は、帝国の民をのんきな奴らだと罵る。

 しかも、男言葉で。

 彼らをバカにしているかのようだ。


「いいじゃなぁい。何も知らないほうが、幸せって事もあるし」


 緑の髪の少女の隣に立っているのは、青い髪の少女。

 緩いウェーブの髪を右肩にかけている。

 黒の軍服に青いスカートの彼女は、水のヴァルキュリアである。

 緩い口調で話す彼女。

 彼女も、何も知らない帝国の民を蔑んでいるのだろうか。


「ねぇ、カレンは、どう思ってるのかしらぁ?」


「……無駄口をたたいている暇などないぞ」


 青い髪の少女は、赤い髪の少女に声をかける。

 彼女の髪型は、ポニーテール。

 黒の軍服に身を包み、赤いスカートを履いている。

 彼女は、火のヴァルキュリアだ。

 他のヴァルキュリアとは違い、帝国の民を見下している様子は見られない。

 それどころか、青い髪の少女達に警告しているかのようだ。


「はいはい、わかってますよ~」


「ちっ、相変わらず、生真面目な奴だぜ」


 緑の髪の少女は、平然とした様子でうなずく。

 黄色の髪の少女は、舌打ちをしていた。

 イラついているらしい。

 それでも、赤い髪の少女は、何も反論しなかった。


「時間だ。いくぞ」


 赤い髪の少女は、彼女達を連れて、歩き始める。

 少女達は、何も、反論せず、ただ、笑ったまま、歩き始めた。

 帝国の民は、知らない。

 彼女達が抱いている感情が、どす黒く、醜い事を。



 何も知らないの者は、王宮にもいる。

 それも、ほとんどだ。

 部屋で時を待っている彼女も、その一人であった。

 金髪のウェーブの彼女は、白いワンピースを身に着けている。

 ここの王族ではない。

 だが、特別な力を持っているがゆえに、保護されていた。


――お願い、目覚めて……。


 金髪の女性は、手を組み、祈りを捧げる。

 彼女は、新たなヴァルキュリアを誕生させる儀式に必要な存在だ。

 それゆえに、聖女と呼ばれている。

 女神のようにあがめられている。

 王宮に住まう者達に。

 彼女は、帝国の平和を願っていたのだ。

 何も知らないまま。

 平和を願い、祈り続けた彼女。

 だが、その時であった。


「っ!!」


 突如、聖女は、何かを感じ取り、はっとしたような表情を浮かべる。

 何があったのだろうか。


「い、今の、何……」


 何が起こったのかは、聖女さえも知らない。

 いや、気付き始めたようだ。

 なぜなら、ヴァルキュリアの力を感じ取ったのだ。

 しかも、華の力を。

 聖女は、そっと、目を閉じる。

 すると、脳裏に浮かんだのは、ピンクの髪の少女の事だ。

 かつて、華のヴァルキュリアと呼ばれていた彼女を。


「ルチア?」


 聖女は、思わずつぶやいた。

 その華のヴァルキュリアの名前を。

 もう、いるはずのない彼女の事を。

 ゆえに、聖女は、戸惑った。

 なぜ、華のヴァルキュリアであった彼女の事が思い浮かんだのか。

 聖女は、見当もつかず、ただ、戸惑うばかりだ。

 彼女の異変を、帝国兵が、察した。


「聖女様、どうされましたか?」


「あ、いえ、何でもありません」


 帝国兵が、聖女に問いかける。

 一体、何があったのだろうかと。

 だが、聖女は、答えなかった。

 推測だけで、話したくなかったのだ。

 これから、大事な儀式が始まる。

 まさか、華のヴァルキュリアの力を感じ取ったなどと話せば、それどころではなくなってしまうだろう。

 聖女は、生まれた疑問を強引に消し去ろうとした。

 儀式に集中する為に。


「そろそろ、始まる頃ですね……」


 聖女は、窓の方へと移動する。

 もうすぐで、新しいヴァルキュリアが誕生する。

 それは、帝国の民にとっては、喜ばしいことなのだろう。

 だが、彼女は、どこか、複雑な感情を抱いていた。

 二年前のあの事件を思いだしながら。



 多くの帝国の民が、広場に集まっている。

 儀式は、もうすぐなのだろう。

 民は、待ちわびているようで、騒がしい。

 だが、民衆の背後に、異質な者達がいた。

 ボロボロのフードを深くかぶっている二人組が。

 だが、民衆に紛れている為、帝国兵は気付いていない。

 二人組は、民衆に近づいていく。

 それも、気配を消しながら。


「へぇ、皆、集まってる、集まってるぅ!!そんなに、楽しみなのかねぇ。新しいヴァルキュリア様が、誕生するのがさ」


「……」


 ボロボロのフードの二人組の一人が、呟き始める。

 どうやら、声からして、男性のようだ。

 男性は、この状況を楽しんでいるかのようだ。

 しかも、違った意味で。

 声をかけられたもう一人の者は、答えようとしない。

 ただ、黙っているだけであった。


「なぁ、ヴィオレット、お前も、見てみなよぉ」


「……」


 男性は、声をかける。

 それも、「ヴィオレット」と呼んで。

 もう一人の名は、ヴィオレットと言うらしい。

 だが、ヴィオレットは、何も答えない。

 答えるつもりはないようだ。


「ヴィオレット?」


「……興味ない」


「あっそ」


 反応がないため、男性は、もう一度、声をかける。

 すると、ようやく、ヴィオレットが、返事をした。

 それも、たった一言、「興味ない」と。

 声からして、少女のようだが、感情を押し殺しているように思える。

 まるで、覚悟を決めているかのようだ。

 そんなヴィオレットに対して、男性は、ため息交じりに呟いた。

 ヴィオレットの返事をつまらなく、思っているのだろう。


「そろそろ、行くぞ」


「へいへい」


 ヴィオレットと男性は、動き始めた。

 ここにいる帝国の民は、何も知らない。

 この日から、恐怖に怯え、地獄のような日々が来るとは。

 それも、裏切り者のヴァルキュリアによって。

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