第24話「決着へのテイクオフ」
あの墜落から、三日。
昼夜を問わぬ作業と、ストラトストライカーズの仲間達のおかげだ。特に、ストレガの魔法が大きな役目を果たした。時には宙へと心神を浮かせてひっくり返し、足りないパーツも鉄を
指示さえしてやれば、ストレガはなんでもやってくれた。
だが、
「アイドルアップ!」
「そこぉ! 吸い込まれるぞ! さっさとどきなさいよね!」
「
整備員達元気のいい声が、
ジェットエンジンの
再び今、迅矢の翼が蘇る。
感慨に熱い目頭を手で抑えていると、バン! と背を叩かれた。
「ハッハッハ、どうだい若いの! しゃんと直ったじゃないか。ええ?」
「ああ、みんなのおかげだ。バロン、あんたも」
古めかしい飛行服の男は、
バロン達ストラトストライカーズの仲間が助けてくれなければ、こんなに早く心神は直らなかっただろう。そして、迅矢の心も救われなかった。
信じてくれる仲間達のためにこそ、飛びたい。
世界の空を守るために、自分を必要だと思ってくれる仲間がいる。失意の迅矢を
「じゃが、若いの……心しておくんじゃ。飛行機とは精密機械の
「ああ、わかってる」
「それでも飛ぶか?」
「
一瞬きょとんと目を丸くしたバロンは、再度大きな声で笑った。
そして、少し背伸びして耳元で
「時にお前さん、どうじゃ……ストレガとなにかあったか?」
「なにか、って」
「とぼけなさんな、カカカッ! 最近、いつも以上にストレガが色っぽくてのう。女の自分を思い出したか、はてさて……どうじゃ?」
「なんもねえよ! ねえ、けど……ま、そりゃおいおいな」
迅矢も肩を組み返して小さく笑う。
そのストレガだが、離陸準備を始める心神の前にっ立っている。白いワンピースは、ジェットの気流でスカートがばたばたとはためいていた。
彼女は機首の先端に手を触れ、次いで
迅矢はバロンから離れると、ストレガの傍らに歩み寄った。
「なにしてんだ、
「おまじないです」
「そりゃ、ありがたいね。魔女の
「ええ」
ストレガはゆっくり心神から離れると、まるで歌うように言葉を
「翼よ、翼。飛びなさい……
だが、彼女はいつもの無表情で振り返る。
「おまじないをしておきました。因みに、魔力がどうこう、魔法がどうこういう話ではありません。ただ、私が母から聞いた、祖母の代からあるおまじないです」
「おう、サンキュな」
「……もう、墜ちないでください」
「へへ、わーってるよ。魔女子ちゃんみたいなカワイコチャン、絶対に泣かせないぜ」
「泣きはしませんが、面倒見きれないので」
――かわいくない。
だが、口ではそう言いつつ、ストレガはじっと真っ直ぐ迅矢を見詰めてくる。
その視線は心なしか、とても温かく感じられた。
熱視線と言えるほどに熱い気もする。
だから迅矢は、安心させるように彼女の頭へポンと手を乗せた。
「大丈夫さ。なにせ、あれだけのことがあってまだ……まだ、俺は飛びてぇんだ。今度はもう、心の翼を
「そうですか。……格好いい、ですね」
「へっ?」
「いえ、なんでもないです。それより――」
ストレガがなにか言いかけた、その時だった。
瞬時に迅矢は、ケースDの発生を察した。
ケースD、それは世界の空に危険が訪れる時。現代の科学では解明不可能な、神話や幻想の世界が侵食してくる瞬間だ。その驚異を、人類社会に知られぬように排除する。それこそが、ストラトストライカーズの使命だ。
クサハェルは迅矢の元までやってきて、
天使でも息が切れるのかと、迅矢は緊張感のないことを考えてしまった。
「ハァ、ハァ……みんな揃ってるかい? ハァ、ふう……ストラトストライカーズ、出動だ。例の……あのドラゴンの所在が、判明した」
胸を抑えて面をあげながら、クサハェルは途切れ途切れに話す。
バロンも集まって、ストラトストライカーズの面々は全員で囲むように言葉を待った。
「今、
「っしゃ、了解だぜ! 行こうぜ、みんな。テスト飛行は中止だ、そのまま出撃する!」
迅矢の言葉に、整備員達は手を止め言葉を失った。
だが、次の瞬間には異論も口にせず作業を再開する。
既に千小夜は
黒い
それを
そして、その名を与えた
次の名は、マリー……マリー・アントワネット。
ストレガは
「ま、確かに……フランスはそういうとこがあるわな。
「ウォーロック? なにか言いましたか?」
「いや、別に……って、おい! 待て待て、待てっ! 魔女子ちゃん!」
ストレガは平気な顔で、突然着ていたワンピースを脱ぎ出した。
この
「鼻の下が伸びてるぞ、人間」
「へへっ、あんたは嫌かい? 美少女の
「……まあ、主神ゼウスはそういうのが好きだったかな? 美女と見れば
「お、おう。苦労したんだな、あんたも」
ヘリオンは改めて、離陸準備中の心神を振り返る。
膨大な熱量を発する戦闘機を前に、彼は目を細めながら呟いた。
「心神、と言ったな。この翼は」
「ああ。俺の翼だ」
「……人だけが、心の中に神を持つ。信仰を持たぬ者は、人間ではないという意味じゃないが……神を信じるなら、それは心の中でいつも見ているのだ」
「おいおい、どした? 悪いもんでも食ったか?」
「いや? 長年生きてきた幻獣としてのアドバイスさ。迅矢、今はもう心の翼に濁りを感じない。なら、お前は僕と共に飛べるだろう。せいぜい今度はもっと上手く墜ちるんだね」
それだけ言うと、彼も陽光の下へと歩き出す。
午後の熱気の中で、ヘリオンは人の姿を解いて天馬になった。
なんのかんので、心配してくれたのかもしれない。
ペガサスが人の世でどう生きてきたか、神話の時代から生きる彼のことを思うと迅矢も複雑な思いだ。ストレガよりずっと長生きで、人が空を求める
そんな彼が今、人間の千小夜を背に乗せ、人間の迅矢と共に飛んでくれる。
理由はどうあれ、彼も人間社会を守るストラトストライカーズの一員である。
「うし、行くか……あの空へ飛ぼうぜ、相棒!」
もうパイロットスーツに着替えてある。
ヘルメットを渡され、迅矢はタラップを蹴ってコクピットに収まった。
誘導の係に従い、ゆっくりと心神は滑走路へと進み出す。
タキシングの微動に震えるその翼は、迅矢の帰りを待ちわびていたかのよう。今にも飛び出さん勢いで、焦れる迅矢にエンジンの高音が心地よい。
バロンの言葉は真実で、そして真理だ。
飛行機はマシーンであり、そこに心も感情も存在しない。不思議な力でパイロットを助けてくれる飛行機は、創作物の中にしか飛んでいないのだ。
だからこそ、迅矢は改めて誓う。
心の中に神がいるとすれば、それは迅矢にとってはパイロットの
「コントロール! 霧崎迅矢、X-2心神!
最終チェックを手早く済ませて、滑走路を翼は走り出した。
迅矢の気持ちを再び飛ばすため、
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