第22話「背を向けたもの、背負ったもの」
絶望からの再起が、再び
同じ相手への、連敗。
しかも、今回は完璧に自分のミスだった。
最高の仲間と愛機を得て尚、自分の不甲斐なさがもたらした結果。心の翼を
「……腹ぁ、減ったな」
宿舎の自室で今、迅矢は大の字に天井を見上げていた。
あれから諸手続きを経て、X-2
そういえば朝飯も食べてないと気付く。
とっくに時間は昼前になっていた。
「しゃーねぇ、パイロットは身体が資本だ。なんか食いに出るか」
宿舎で家事一切を仕切っているのは、
台所に残り物でもあればと、部屋を出る。
階段を降りたところで、意外な顔が出迎えてくれた。
「あっ、おはようございますっ! あの、迅矢さん……怪我とか、ないですよね? 痛いとこあります? ……昨日は夕食も食べずに部屋に行っちゃったので、心配しました」
いない
誰にとってもお母さんのような、十代の若さが嘘のような母性に触れたからだ。いつも千小夜は優しいし、今日も笑顔を向けてくれる。そして、なにがあったかは聞かないのだ。
思わず迅矢は、口ごもって
「よ、よお、千小夜ちゃん。おはよ! なんか食うもん、ある? 腹ぁ減ったぜ!」
我ながら無様だと思った。
見え透いた強がりも、それで取り繕うしかない程に傷付いた自分自身も。
だが、千小夜はいつもの
「おにぎりがありますよ、迅矢さん。それでちょっと、お願いがあるんですけど」
「おう! かわいい千小夜ちゃんのためなら、なーんでもするぜぇ?」
「車、運転大丈夫ですか? バロンさんも基地に行っちゃってるんで、誰も運転できなくて。これから基地に、おにぎりとお茶の差し入れに行くんです」
「あ、ああ……基地で? な、なにしてんだろな、ええと、じゃあ――」
焼けたアスファルトと、航空燃料の臭い。
ジェットの轟音が反響する、青い空。
民間の空港に隣接した、小さな小さな格納庫……そこに今、夢の
迅矢は自分でも情けないくらい、しどろもどろになった。
別に運転くらいいいじゃないか。
だが、自分はもうあの場所には行きたくない。
行く資格もないと思ったし、行く価値のない人間だと感じたのだ。
そんな迅矢を背後から、冷たい声が串刺しにした。
「フン! 恐いのか、人間。無様だな。撃墜された挙げ句、レディの頼みもきけないような男に落ちぶれたのか」
千小夜が「ヘリオン君っ!」と小さく叫ぶ。
振り向くとそこには、半ズボンにサスペンダー姿の少年が立っていた。
普段は男児の姿を取っている、ペガサスのヘリオンだ。
彼は容赦のない言葉を続ける。
「千小夜が、あの真面目な千小夜が学校をサボタージュしてまで、働いてるんだ。少しは協力し
ドキリとした。
妙な汗が
今、基地で行われていること……その想像はつく。
願望が形になったように、ありありと目に浮かぶ。
ストレガもバロンもいないし、
「むっ、無理だ……あそこまでなっちまった機体を直すなんざ」
「そう、普通では無理だ。そして、一度墜落した飛行機というのはね……完全に元通りには戻らない。心神という名の翼は、君が殺したんだ、人間」
胸に深々と刺さる言葉だった。
そう、迅矢の責任だ。
戦闘機の全てに対して、パイロットは責任を持つ。だからこそ、万全の整備がなされた機体でも自分でチェックするし、厳しい項目をクリアし、マニュアル化するのだ。それを十全にこなす者だけが、栄誉ある
そういう意味では、墜落は全て迅矢のせいである。
「おいおい、マジかよ……キツいな、ペガサス様はよぉ」
「僕は人間が嫌いでね。ストラトストライカーズに入ったのも、ケースDと戦うためだけじゃない……組織の庇護下に入ることで、身の安全を選んだんだ」
ヘリオンは話してくれた……彼の過去、何百年も前の話だ。
かつて天馬は、想像上の動物とは思われていなかった。神々に対する信仰心で満ちていた時代、天馬は空を駆ける実在の動物だと思われていたのだ。
そして、多くの騎士や貴族達が天馬を欲した。
人間はヘリオンやその一族を、自分達のためだけに追い立てたのである。
「人間というのは本当に嫌な存在だよ。空を飛びたくて僕達を求め、力ずくで従えようとする。エゴと欲が強過ぎる、神の唯一の失敗作さ。でもね、迅矢」
不意にヘリオンの声が柔らかくなる。
彼はそのまま迅矢の横を通り過ぎ、エントランスを玄関へと向かった。
一度だけ肩越しに振り返ると、彼は初めて見せる悲しげな表情で言い放った。
「人間は同時に、強い意思を持っている。他者をいたわる優しさ、他者のために戦える勇気も。……残念だよ、迅矢。君は
ヘリオンは出ていってしまった。
立ち尽くす迅矢は、言葉が見つからない。
自分がどうしようもない人間なのは、もうわかった。嫌という程、思い知らされた。
だが、自分の仲間達はどうだ?
自分と同等に、どうしようもない連中なのか?
答は、
そして、素晴らしい仲間達に応えるために、迅矢がすべきことは一つしか無い。
「あの、迅矢さん……ヘリオン君も心配してたんです。朝からずっと、迅矢の奴はどうした、迅矢はくたばったのか、誰か迅矢を見てき給えよ、って」
「はは……あいつも色々あったんだな」
「ヘリオンさんは人間嫌いなんです。でも、仲間のことは信頼してくれる、わたし達の仲間の一人なんです」
千小夜は畳んだ割烹着を手に、ゆっくりと話してくれた。
「今日、あの……生まれて初めて、学校をサボりました。家族が寝込んでしまって、って」
「なんか……すまねぇな。悪かったよ。嘘までつかせて、さ」
「嘘なんかじゃない、です……迅矢さんは、皆さんは、わたしの家族なんですから」
「……式、いつにしようか? 新婚旅行、どこ行きたい?」
「もぉ、迅矢さん? 冗談じゃないんですよ? わたし……神社の娘なんです。でも、家にいずらくて。そんな時、クサハェルさんに誘ってもらえて、嬉しかったんです」
「そっか」
千小夜の家は、日本人ならば誰もが知ってる有名な神社だ。そして、そこでは今も力を持つ
闇から闇へと影の中、
だが、千小夜はその中では落ちこぼれなのだと笑った。
皆、過去を背負って事情を抱えている。
それでも、空を守るために集まった仲間だ。
そして、目の前の少女は家族だと行ってくれたのだ。
「オートマの車、あっかな? 千小夜ちゃん」
「えっ? あ、はい。宿舎に備え付けのライトバンなら、多分……ふふっ」
「え、なんで? どして笑うの、俺は変なこと言ったか?」
「だって、パイロットなのにオートマって、なんだか」
「マニュアルは運転できるが、苦手なんだよ。バロンの車で思い知ったしな」
「大丈夫です、ストレガさんでも運転できるオートマ車ですから」
「げっ、あいつも運転すんのか?
「わたしもそう思うんですけど、
パタパタと千小夜は台所に戻って、大量のおにぎりをバスケットに入れる。
迅矢も車の鍵を受け取り、靴を履いて外に出た。
そこには、ヘリオンがいた。
純白の天馬が、翼を畳んで立っていた。
「遅いぞ、人間。フン、少しはシャンとしたか?」
「……まあな」
「なら、いい。僕も不本意だが手伝おう」
「へぇ、
「ストレガを見張ろう。……想像してみろ、精密機械を修理する場に、あの機械音痴がうろうろしてたらどうだ?」
「……た、頼まれてくれるか?」
「いいとも」
それだけ言うと、ヘリオンはバッ! と翼を広げる。
一声高くいななくと、そのまま彼は空へと舞い上がった。
純白の羽毛が舞い散る中で、迅矢は天を
「準備できましたっ、迅矢さん」
「うし、じゃあ行くか。俺なりにけじめもつけなきゃいけねえ……悠長におちこんでなんかいられねえぜ。だろ?」
「はいっ!」
二度あることは三度ある。
だが、何度叩き落とされようとも、飛ぶことをやめない。
やめてやらない。
迅矢は今、自分のためにと汗を流してくれてる仲間のもとへ走り出す。その先へは、仲間達と一緒にまた進む。そう誓って、再び彼の中で心の翼が
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