第19話「回転寿司inラピュタ」

 ラピュタの町並みは、一言で言うならカオス……雑然とした混沌こんとん坩堝るつぼだ。霧崎迅矢キリサキジンヤは物珍しげに周囲を見渡し、少し先を歩く少女に目を細める。

 ワルキューレのエルグリーズは長い長い赤髪をひるがえして振り返る。

 笑顔がとってもキュートな、とてもかわいらしい美少女だ。


「迅矢さんっ! あそこのお店にしましょう。ラピュタは北半球のご飯なら、一通りなんでも揃ってるんですよぉ~」

「お、おう……って、寿司屋すしやぁ!? ああ、回転寿司か」

「そうです、ジャパニーズ・シースーです!」


 どこでそんな言葉を覚えてくるのかと、迅矢は苦笑した。だが、パイロットスーツの襟元えりもとを緩めて、そのままエルグリーズを追って入店する。

 回転寿司は今や、外国人の観光客にも人気の食事、そしてテーマパークだ。見れば、黒人の巨漢が板前として寿司を握っている。レーンにはチキンブリトーや果物の数々、ピザにピロシキと無国籍だ。

 すぐにカウンターに座ったエルグリーズが、となり椅子いすを叩いて呼ぶ。


「へぇ、本当になんでもあるな……お寿司、好きか? エルちゃん」

「はいですっ! 好きなネタはシーチキンとカルビ、あとはアンチョビですね」

「……寿司、好きなんだよな? 寿司、だよなあ……ん? 因みに北半球がラピュタってことは」

「はいっ! 南半球は今の季節だと、バビロンの空中庭園くうちゅうていえんが補給所になってますねぇ」


 エルグリーズは迅矢の分も含め、二人分のお茶を入れてからレーンへ手を伸ばす。シャリの上では今、まぐろたい、サーモンといったお馴染なじみのものに混じって、生ハムやエスカルゴなんかも回っていた。

 とりあえず、無難に巻物まきものなんかをつまんでいると、エルグリーズは楽しそうに話し出す。


「ふぉれへ、わらひもビックリしひゃって! あのフホレガちゃんが」

「食べ終わってからしゃべりなさいよ、ったく。ほら、ご飯粒が」

「は、はいっ。エヘヘ……お寿司、おいひいです。本格江戸前の握り寿司、病みつきになりますっ!」


 お茶を一口飲んで落ち着くと、エルグリーズは話し出す。

 周囲の客はまばらだが、時代も国も違う者達ばかりだ。そんな中でも、戦乙女いくさおとめ甲冑かっちゅう戦衣せんい、そして羽飾りのかぶとを持参したエルグリーズは目立つ。

 静かでクールなあおのストレガとは対象的に、明るく元気なあかい少女だ。


「ストレガちゃんとは昔からお友達で、百年戦争の時なんかもすっごくお世話になったんです。……まあ、ちょっと失敗して、ジャンヌちゃんを助けられなかったんですけど」

「お、おう。で、その」

「でも、ストレガちゃんはいつも親切だし、あと最近は、アニメ? そう、を貸してくれるんです。どれも凄い面白くって、わたしハマっちゃって!」

「ヘンタイ……ま、まあ、そういう作品もあるかもな。でも、ヘンタイって」


 そういえば外国人の一部が、日本のアニメやゲーム、漫画を一括ひとくくりに『HENTAIヘンタイ』の総称で楽しんでいると聞いたことがある。だが、迅矢の中ではその言葉は馴染みがないし、褒め言葉でもない。ついでに言えば、若い女の子が発音していい単語とも言いがたかった。

 だが、エルグリーズは寿司をパクつきながら喋り続ける。


「おっきな戦争も何度かあって、わたしは欧州が担当なので……ストレガちゃんは結構、あちこちの支部を回ってるんです。きっと、エースだから引っ張りだこなんですね!」

「……そうだったら、いいよなあ」

「そうですよ! ストレガちゃんの魔法、すっごいですから! こう、ブワワー! って。グオオー! って感じですから。ギュンギュンなんです!」


 なんだかよくわからない。

 けど、なんとなく迅矢は思った。

 ストレガは多分、ストラトストライカーズの各支部をたらい回しにされているのかもしれない。名前を封じて誰にも語らぬ、ちょっと扱い難い魔女。一騎当千いっきとうせんのエースだが、死ぬことすら許されぬ白亜の魔法使いを、誰もが持て余したのだろう。

 そんなことを考えている間も、ずっとエルグリーズは寿司を取り続ける。

 しかも、結構高い皿ばかりのチョイスだ。

 B級グルメ感のある創作寿司の合間に、雲丹うにや大トロ、一本穴子いっぽんあなご等が目の前を通り過ぎた。


「でもでもっ、わたし安心しました。ストレガちゃん、お手紙で最近珍しく……友達のこと、話してくれるんです」

「へぇ、あの魔女子まじょこさんがねぇ……そういや、千小夜チサヨちゃんとは仲がいいか」

「そうそう、その倉木千小夜クラキチサヨって子もですけど……迅矢さんっ、お友達ありがとうございますっ!」

「……へ? お、俺?」

「よく手紙に迅矢さんが出てきます。面白くて、愉快で、笑える人だって」

「それ、全部同じ意味じゃないかよ。……そっか、魔女子さんがねえ」


 ストレガの笑った顔を、迅矢はあまり見たことがない。

 いつも彼女は、玲瓏れいろうなる無表情でまし顔だ。

 だが、そんなストレガが自分のことを、エルグリーズとの文通で語っていたらしい。


「だがよ、エルちゃん。俺ぁ、魔女子ちゃんの友達じゃないぜ? ……友達じゃ、終わらねえからよ。だからって、エルちゃんも遠慮するこたぁねえ。俺は甲斐性かいしょうあっから――」

「すみませーん! このフォアグラまきっての、くださーい! あ、えと、迅矢さんも食べます?」

「いや、俺は、いい、けど」


 なんとも話が噛み合わない。

 だが、迅矢は前から気になってたことを聞いてみた。


「なあ、エルちゃん。その……ストレガって、なんて名前なんだ? 知らない?」


 一生懸命に寿司を頬張っていたエルグリーズは、きょとんとした顔で迅矢を見詰めてきた。丸くした目をしばたかせてる、その表情がすでに答を物語っていた。


「えっと、ストレガちゃんはストレガちゃんじゃないですか?」

「それ、タックネームなんだよ。空の上でのコードネームみたいな」

「そうだったんですかぁ……ええーっ!? ストレガって、名前じゃないんですか!?」

「いや……イタリア語で魔女って意味だよな、Stregaストレガ。ってことは、エルちゃん」

「知らなかったです……わたしもそう言えば、ヴァルキリーって呼ばれますね。これって、その、タックネーム? だったんですね!」


 どうやらエルグリーズは知らなかったらしい。

 だが、彼女はムムムと腕組みうなって考え始める。

 そして、先程からずっとそうであるように、フニフニとゆるい笑みを浮かべた。


「でも、ストレガちゃんはストレガちゃんです。わたしのお友達ですっ!」

「ま、そうだな……ただ、ちょっと気になってさ。ほら、俺ってばカワイコチャンには目がないからよ」

「そ、そうなんですか? 迅矢さん……悪い虫、ですか?」

「どうかなぁ。けどよ、悪い男ほど格好いいだろ?」

「わたしは、いい子な人が好きですぅ。でもでもっ、迅矢さんは悪い子でも大好きですっ! お寿司美味しいですし、心の翼をちゃんと持ってますから!」


 また出た。

 あの言葉だ。

 心の翼……それは果たして、どのようなものなのか。

 だが、迅矢は初めて知ることになる。エルグリーズはズビビーっと茶を飲むと、ニッコニコの笑顔で説明してくれた。


「心の翼は、この空で働くストラトストライカーズの人間にとって、なによりの財産……そして、唯一にして無二の武器。その羽撃はばたきは大昔から、地上に住む人達を守ってきたんです」

「らしいな。けど、俺は普通のしがない自衛官、ただのパイロットだぜ?」

「そんなこと言ったら、わたしだってただのワルキューレです。ヴァルハラじゃ下っ端の雑用係ですし。でも、わたしわかります! 迅矢さんの心の翼は、とても大きくて強いですっ! だから」


 突然、ぐっとエルグリーズが身を乗り出してきた。

 驚きのけぞる迅矢の手を、ガシリ! と握ってさらに手を重ねる。

 大きく輝くくれない双眸そうぼうに、驚く迅矢自身の顔が映っていた。


「迅矢さんっ! 心の翼、大事にしてください。少し、ほんの少しだけかげりが見えます」

「み、見えるもんなのか?」

「はいっ。ストラトストライカーズに所属する人間さんは、みんな大なり小なり事情を抱えてる気がします。でも、そのことに囚われ過ぎると――」


 その時だった。

 不意に、穏やかな午後のランチタイムを警報が引き裂く。

 数組いた客達の誰もが、店内のスピーカーを見上げて立ち上がった。

 勿論もちろん、迅矢も反射で身体が動いた。

 そして、緊張感に満ちた声が響き渡る。


『こちら、ラピュタ・コントロール! 待機中および補給中の各員は、直ちに離陸せよ! スクランブル! 日本海上空にドラゴン出現、繰り返す! スクランブル発進用意!』


 その名を聞いた瞬間、迅矢の血潮が沸騰する。

 胸の奥の黒い炎が、見えない劇薬を投入されて燃え盛った。

 あっという間に彼は、エルグリーズの手を振り払って走り出す。


「来たか……お前だよなあ、トカゲ野郎っ! 今日こそ、今度こそ……絶対に撃墜していやる!」

「あっ、待ってくださーい! 迅矢さん、お会計! ご馳走してくれるって……ふえぇ、今月ピンチなのに。それに、いけないです! そんな気持ちで飛んじゃ」

「悪いな、エルちゃん! 日本支部にツケといてくれ!」


 飛行甲板へと走る者達を、迅矢は何度も追い越し走る。

 その先に、自分の愛機が翼を休めているから。

 そして、今度こそ後輩のかたきを討ちたい。残された者の義務として、それを果たさねば迅矢は一生後悔する気がした。これからも空を飛んで、地上をまもる人間として……やり残した唯一のことを成し遂げなければいけないと思った。

 だが、迅矢は気付いていない。

 誰もが認める彼の翼が、心の翼が今……漆黒の闇に染まりつつあることを。


「給油、終わってるな! 俺の機体を回せーっ! 逃がしゃしねえぜ、龍畜生りゅうちくしょうが!」


 航空母艦を転用した甲板の上に出るや、迅矢は怒鳴どなり叫んだ。

 驚いたバロンの姿も、今は目に入らない。

 そうして彼は、あっという間に愛機X-2心神しんしんへと飛び乗ると、カタパルトへ向かう。甲板作業員が忙しく走り回る中、彼は空だけを、上だけを睨んで機体をチェックするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る