心の神に祈れ

第18話「天空の城はガソリンスタンド」

 霧崎迅矢キリサキジンヤにとって、ストラトストライカーズでのいつもの日々が帰ってきた。

 小八洲島こやしまとうから出撃して、アレコレちょっと現代人には見せられない案件を処理する。時には倉木千小夜クラキチサヨの説得がきいたり、ヘリオンのトンチがきいたりと、解決内容も様々だ。

 そして、そう多くはないが銀の弾丸が事件を解決したこともある。

 その間ずっと、ストレガは以前と変わらず空を飛んでいた。


『どうした、若いの? ここ最近、空は空でもうわの空を飛んでおるのう』


 無線機を通じて、バロンが声をかけてくれる。

 ここ最近、ワイバーンの出現が頻繁ひんぱんになっていた。

 小八洲島は南下し始めているが、今日はとうとう東北地方に出現した。迅矢はバロンとの巧みな連携でこれを仕留めたが、内心ではずっと願っていた。

 渇望かつぼうといってもいい。

 乾きにえたけだもののように、ドラゴンの出現を待っていた。

 ワイバーンはドラゴンに近い眷属けんぞくだが、知性や本能は大きく異なる。だが、ドラゴンが下僕しもべとも言えるワイバーンを襲って撃墜するなど、異常事態だった。

 だからこそ、迅矢は期待していたのだ。

 またドラゴンが出たら、その時こそ……だが、その瞬間は訪れなかった。


「こちらウォーロック、そんなにかねえ……ドワーフ」

『見ててハラハラする程じゃ。それに……嫌な殺気を感じるかのう』

「はは、お見通しか……っと、やべぇな。小八洲島までもたねえぞ、こりゃ」


 X-2心神しんしんの燃料が、すでに半分を切っている。

 東北まで飛んでのドッグファイトで、かなりの燃料を消耗してしまったようだ。それに、外付けのドロップタンクは慣例通り、戦闘突入と同時にパージしてしまった。

 因みに、支援団体が回収してくれるから一安心である。

 なんでも、ダウジングや占いの方がレーダーよりあてになるそうだ。


『こちらドワーフ、右に同じくじゃ。どれ、スタンドに寄ってくかのう』

「は? おいおい、冗談はよせよじいさん」

『おや、若いのは知らんのか? 給油なら空の上にも……もともとその予定じゃ』

「そういや、燃料は気にするなってクサハェルが。空中給油機でも飛ばしてくれるもんだとばっかり。でも、スタンドだって? ハッ、この大空のどこにガソリンスタンドが」


 だが、バロンは愉快そうに笑っている。

 そして、彼のTa152H1フォッケウルフが高度を取り始めた。

 追従するように上昇すれば、雲海の上へと突き抜ける。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。


「なっ、なんだありゃ!?」

『ホッホッホ、最近はアレコレ怪異に慣れたじゃろうが……なぁに、初めて見た時は誰でも驚くもんじゃよ』


 そこには、

 有名なアニメ映画のあれだ。

 そして、小さい頃に何度か見ただけの迅矢でも、同じ台詞せりふが自然と出てしまう。


……じゃねえよ! おいっ、爺さん!」

『そうじゃ、あれが天空都市ラピュタ……かの冒険小説家ガリバーは、ストラトストライカーズの母体となった組織の人間じゃよ』

「なんかもう、すげえな」

『各国のストラトストライカーズを支援するため、定期的に航路を巡ってるんじゃ。どれ、着艦するかのう』


 そういえば、迅矢は以前から不思議だったのだ。

 心神は元々、おかの滑走路を拠点とする陸上機である。それなのに、整備の連中は艦載機用の着艦フックを取り付けたのだ。そのうち必要になりますよ、と笑っていた理由が今はよくわかる。

 このラピュタで補給するために、着艦作業が必要なのだ。


「しっかし、デケェ城だな……城、だよな? 真ん中あたりはアニメの通りだが」

『古代人が作ったもんじゃからのう。今は改築や増築を繰り返し、この有様じゃ』


 目算で直径は5km前後だろうか? その中央には、荘厳な王宮がそびえている。周囲を囲む森の外側には、和洋折衷わようせっちゅうな上にエスニックな町並みが広がっていた。外輪がいりんはぐるりと、多国籍……いな、無国籍な町が広がっている。

 どうやらここで暮らしている人間もいるようだ。

 日本の神社仏閣があると思えば、教会もあるし高層ビルも建っている。それでいて、中華様式の建物もモスクらしきものもある。広い地球の国境を取っ払って、一緒くたに寄せ集めたような風景だ。

 しかも、その裏手にある滑走路がまた凄い。


「な、なあ、ドワーフ……あれは」

『フォッフォッフォ、恐いか若いの? 着艦手順は一応訓練にあったはずじゃがのう』

「いや……なにが凄いってこれ、空母の航空甲板そのまま張り付けてあるじゃねえか」


 バロンの説明では、あれは旧大戦中の帝国海軍が保有していた、大和級三番艦……幻の超弩級空母ちょうどきゅうくうぼ信濃しなのの航空甲板だという。

 戦時中も日本はストラトストライカーズへと戦力を供給、協力体制を取っていた。

 戦争でいがみ合っていても、空での怪異には一致団結していたのだ。

 そして、信濃は潜水艦による攻撃に偽装して自沈させられたのち、ラピュタに運び込まれて空港代わりにされているという。今見ても巨大なその飛行甲板は、原子力空母をアメリカが作るまで地球最大だったのだ。


「ま、降りてみますか……ドワーフ、そこで見てな! 空自くうじのパイロットはな、自衛隊に空母がなくたってやりゃできんだよ」

『言ってくれるわい! 初めてでブルッてても笑わんぞ? 上手く行ったらおなぐさみ……なんなら一杯賭けてもいいわい』

「やな爺さんだね、ったく……っしゃ、アプローチ開始っ!」


 迅矢の操縦で、心神は翼をひるがえす。

 マニュアルは一応読んでたし、いつ空母に降りろと言われてもいいとは思っていた。だが、天空の城に降りるなんて、想定外だ。

 そして、やらされてみて気付く。

 それは空母に降りるよりも何倍も難しい。


「くそったれ、ラピュタはどんだけスピード出してんだ? すげえ速さで動いてやがる」


 地球を巡回するラピュタのスピードは、予想以上だ。そのあとを追うようにして、着艦コースに乗る。減速する必要があるのだが、減速し過ぎるとラピュタに置いてかれてしまうのだ。

 速過ぎず、遅過ぎず。

 あとは、着艦用のワイヤーとフックを信じるのみ。

 迅矢はやり直しのきかない領域へと、心神を押し出した。

 そして、衝撃。

 空母への着艦をパイロット達は『』と揶揄やゆする。それだけの衝撃が機体に加わり、全身をきしませるのだ。艦載機などは皆、ロールアウト前に一定の高さから落とす試験を何度もするくらいである。

 魔法と加護に満ちた心神は、しっかりフックでワイヤーを掴んで停止した。

 どっと汗が吹き出し、迅矢はシートに身を預けてマスクを外す。


「やれやれだぜ……しかも、爺さんは楽勝であっさり着陸ときてる」


 バロンのアプローチは見事なものだった。心神よりスピードで圧倒的に劣るフォッケウルフは、この難しい条件では大変な筈だ。だが、気持ちよくタイヤを鳴かせて、静かに着陸を決める。見ててれするような腕だ。

 だが、誘導員に従い機体を並べるや、隣で愛機を降りたバロンは悔しそうだった。


「やるのう、若いの! クラッシュするかと思ったわい」

「どうにかこうにか、さ」

「大した腕じゃ。どれ、一杯おごろう! なに、ビールはいかんからのう。コーヒーでもどうじゃ。ん?」


 そう言ってバロンは、艦橋ブリッジの方へと行ってしまった。

 周囲ではすぐに、給油作業が始まる。

 まるで御伽噺おとぎばなしの世界にいるようで、迅矢はぼんやりと空を眺めた。ここは高度一万メートル、不思議と気圧差を感じず呼吸も楽だ。きっとまた、魔法かなにかでラピュタの周囲は守られているのだろう。

 そんなことを考えていると、別の機体が航空甲板に着陸した。

 それは機体ではなく、銀色の毛皮に覆われた巨大なおおかみだった。


「はいっ、お疲れ様でした! 今、なにか食べ物をもらってきますねっ」


 狼の背から降りたのは、甲冑かっちゅうに身を包んだ女の子だ。かぶとには羽飾りがついていて、腰に剣をさげて槍を持っている。

 彼女は迅矢の視線に気付いて、ぽてぽてと駆け寄ってきた。

 すらりと長身でスタイルがよく、顔はあどけない少女の面影がまだあった。


「こんにちはっ! 日本支部の方ですか? わたしはエルグリーズ、ワルキューレです! あっちは友達のフレキさん」

「お、おう……ふむ!」


 迅矢は、満面の笑みのエルグリーズを改めて見渡した。

 上玉だ、めちゃくちゃ美少女である。

 年の頃は十代の後半か、もう少し上か。

 聞けば、ストラトストライカーズのユーロ支部に所属しているらしい。迅矢が名乗ると、少し考え込む仕草の後に……エルグリーズはパァァと笑顔を輝かせた。


「霧崎迅矢さん! ひょっとして、ストレガちゃんの友達の迅矢さんですか!? わたし、お手紙でいつもその話を、ひあっ! あ、ちょっと、フレキさん、駄目ですぅ、今ちょっと大事な……はわわっ!?」


 エルグリーズは、のっそり背後に立った巨大な狼にべろりとめられた。どうやら腹が減っているようで、メシの催促さいそくらしい。給油作業をしてくれた甲板作業員が、今度はハイオクタンの燃料に代わって肉のかたまりを持ってきた。

 狼なのだが、行儀よくおすわりする姿はまるで忠犬である。

 エルグリーズは、まるまるぶた一頭ほどの生肉を相棒の前に置いた。


「さ、フレキさん! ごはんです。わたしもちょっと、なにかお腹に入れてきますねっ」

「ああ、それだったら……君、ラピュタは初めてじゃないよね? よかったら、俺を案内してくれないかな? メシ、奢るからさ。そのあと、よければ二人っきりで――」

「メシですか!? メシってご飯ですか!? わぁ、迅矢さん……御馳走ごちそうになりますっ!」


 死せる勇者を導き、ヴァルハラへと誘う戦乙女いくさおとめ……ワルキューレ。どうも、その凛々しく神々しい印象とは大分違うが、エルグリーズはあっさり了承した。

 迅矢は戻ってくるバロンをちらりと見て、隠れるようにちゃっかり彼女の手を引く。


「おや? 若いの、どこにいった? 便所か? っと、こりゃエルの狼じゃないかね。なんじゃ、お前さん……ご主人様はどうした? あっ、こら待て、これはいかん! これはワシのおやつじゃ、これ! はなさんか!」


 バロンの悲鳴とじゃれつくフレキの鳴き声を背に、迅矢はエルグリーズの手を握って歩いた。艦橋部分からエレベーターで降りると、そこにはラピュタの町が広がっているのだった。

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