第16話「記憶は今も、護ってる」
防災サイレンの絶叫が、
抜けるような青空は今、飛び去る影が残した不安と恐怖で
間違いない……あれは現代人が知ってはいけない驚異、ストラトストライカーズが処理すべき存在だ。現在の科学では解明できない、
その
「こっ、こうしちゃおれん! 出るぞ! 回せーっ! ワシの
突然、老人が叫び出した。
その目は、先程の
翼を持ってなにかを守る、空の戦士の
慌てて落ち着かせようとする、
「お
「ワシの零戦じゃ!
「お爺ちゃん……」
「ささ、奈美さんは
以前、迅矢はなにかの本で読んだことがあった。
高齢で記憶や意識がはっきりとしない、
忘れた記憶は、失った訳ではない。
それは
そして、迫る危機に呼び出された時、過去と現実が入り混じってゆく。
「落ち着け、爺さん! 奈美、大丈夫だ。こういうのは時々あるって……な? 爺さん。軽い記憶の混濁だ」
「当然じゃ! 若いの、お
「爺さん、それは」
「ワシに続け! 背中に
老人は明らかに興奮状態だった。
だが、かつてそうであったろう、偉大な空の守護者の気迫を取り戻している。
そして、そのことを記録で知るしかない迅矢にも気持ちが伝わってくる。
それは、その頃も記憶を連ねて800年生きてきた、
「了解、それでは……迎撃行動に移りましょう」
とても静かで、冷たく透き通った、声。
それでいて、熱く強い意思が込められた言葉だった。
猛る老人の前に歩み出て、ストレガは優しくその手に手を重ねる。
「お爺さん、私が行ってやっつけてきす。ですから、お爺さんは家族を……奈美さんを守ってください」
「ワシもいくぞ、ワシも飛ぶ!」
「私がもし危なくなったら、その時はお願いします。それまで、奈美さんを……奈美さんと、拓海さんの子を守っててください」
思わず迅矢は「へ?」と、間抜けな声が出てしまった。
老人も突然の言葉に、目を丸くする。
奈美だけが、お腹に手を当て赤面に
だが、ストレガは構わずそっと手を伸ばす。彼女に呼ばれるように、目の前の八谷家がガタゴトと騒がしくなった。そして、庭の物置からなにかが大量に飛び出てくる。
「お、おいっ!
「ウォーロック、ここをお願いします。あの敵は私が排除しましょう。ご心配には及びません、私は魔女なので」
ストレガは荷物を全て迅矢へ預けると、それらを
「デッキブラシ、は、やめておきましょう。では……
残念ながら、馳せ参じた中に
だが、彼女はいつもの
「行ってまいります。お爺さん」
「お、おおう。……お嬢ちゃん、死んではならんぞ! 若者は、死ぬのだけはイカン!」
「了解。ご心配なく……魔女は死にません。死ねないんです」
それだけ言って、
そして、彼女は「では」と真顔で身構えた。
だが、
いつものように風をはらんで、ストレガが宙へと舞い上がることはなかった。
少しバツが悪そうに、ストレガは握る熊手を片手でペイとはたく。
「飛びなさい。今の
瞬間、竜巻のような風と共にストレガが消えた。
見上げるともう、空の彼方へと彼女は飛び去ってしまった。
遥か向こう、中央市街地の上空で空中戦が始まる。ストレガとて、ストラトストライカーズの一員だ。不用意に人口密集地での戦闘は避ける
目を細めてストレガの戦いを見詰め、そういえばと迅矢は振り返る。
「な、なあ、奈美。その、さっき魔女子ちゃんが言ってたこと……」
「あ、うん……霧崎先輩、わたし……あの人との子供を、授かりました。今、三ヶ月です」
素直に驚いたし、嬉しかった。
市街地の空へ号令と応援を叫んでいた老人も、はたと気付いて奈美に寄り添う。
「そうじゃったんか……なら、拓海が戻るまではワシが守らねばならんのう!」
「お爺ちゃん……拓海さんは、もう。でも、わたし、大丈夫です。だから、お爺ちゃん。わたしと一緒にこの子を守ってくださいね。家族や親族も力になってくれますから」
「当然じゃ! ああ、こうしてはおれん! 急いで防空壕に行かねば」
先程まで、杖を突いていたとは思えぬ健脚ぶりである。
それを見送り、奈美は
「さっきの、あれ」
「あ、ああ、その……なんだ、
「じゃ、聞かないほうがいいです、よね?」
「すまん。そういうことなんだが」
クスリと笑って、奈美は迅矢に並んで遠くの空を見やる。
サイレンが響く中で、慣れぬ熊手に悪戦苦闘するストレガが見えた。小さな点でしかない彼女を見ても、迅矢には手に取るようにわかる。いつも一緒に飛んでる時の、あの安定感がない。周囲の空気を従え統べるような、圧倒的な
やはりいつもの箒でないと、本気が出せないようだ。
「あの
「そ、そう、なんだ、けど、よ」
「それで、魔女子ちゃんなんだ……名前でよんであげてくださいよ、先輩」
「いや、それがまた、なんというか……」
「ふーん、魔女かあ。それって、魔性の女ってことかも。ふふ、楽しみですね、霧崎先輩っ」
「なにを
遠くのビル群を縫うように飛んでいた影は、こちらへと猛スピードで戻ってくる。
ストレガはどうやら、郊外へと追いやってから撃墜するつもりだ。
再び風を引き裂き、頭上を竜と魔女が飛び抜けてゆく。そう、竜……ワイバーンだ。今度ははっきりと見えた。かざした片手に魔力を集めて、プラズマをスパークさせるストレガ自身もはっきりと。
だが、事態は予想だにせぬ事態を迎える。
迅矢はそのことを、長年
あるいは、直感とでも言うべきものが働いたとも言えた。
「なんだ……ストレガ達の他に、なにか……来たっ!」
暴風が荒れ狂う。
ワイバーンとは比較にならないくらい、巨大な影。それが飛び去ってはじめて、遅れて轟音が通り過ぎた。
トタンや瓦が舞う空へと今……巨大なドラゴンが浮かんでいた。
最も神に近い
その巨体が持つ質量が嘘のような、鋭く疾い旋回、そして急加速。
あっという間にワイバーンも、それを追うストレガも捕捉されてしまった。
「逃げろ、ストレガッ!」
思わずタックネームを叫んでいた。
だが、遅かった。
周囲の気圧が急激に下る中で、巨大なドラゴンの
地獄の底のような真紅の口に、燃え盛る火球が膨らんでいった。
それは発射されるなり、ストレガごとワイバーンを飲み込む。
突然の瞬殺劇……大爆発は、ワイバーンに断末魔の絶叫さえ許さない。
勝ち誇ったように一声鳴いて、ドラゴンは飛び去る。
間違いない、あの日迅矢達を襲い、拓海の命を奪ったあのドラゴンだ。
地上に立って翼がなくとも、迅矢にははっきりとわかる。
「見てください、先輩っ! さっきの
はたと我にかえって、迅矢は自分に恐怖した。
今、
奈美の指差す方向を見れば……まるで木の葉のように気流にゆられて、自由落下する人影がある。そこにもう、魔法の力は感じられない。
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