第13話「アキバよいとこ一度はおいで」

 アニメイトやらヨドバシカメラやらを巡り、秋葉原の一日が暮れてゆく。

 霧崎迅矢キリサキジンヤにとってのアキバデビューは、なかなかに波乱万丈はらんばんじょうなものになった。ストレガはキャッシュカードを持っていても使えず、地図があっても読めない女の子だった。

 どっぷり疲れたが、どこかストレガは上機嫌だった気がする。

 それに、美少女に連れ回されての荷物持ち、これは悪くない。


「ただなあ、なんかこぉ……もっとロマンチックなデートにならんかねえ」

「なにか言いましたか、ウォーロック」

「うんにゃ、なにもー? ま、夕飯も食ったし、あとはどうする? 宿やどか?」

すでに目星はつけてあります。ホテルに行きましょう」


 ホテルに行きましょう、ちょっと勘違いしそうな台詞だ。ちょっと前なら、迅矢は即オーケーだったろう。だが、どうもストレガはそういう対象には見れない。守ってやらないとと、つい思ってしまうのだ。

 その彼女はずっと無表情だが、心なしか目元が柔らかい。

 大量のアニメグッズを買い、同人誌を買い、プラモを買ってゲームを買った。年頃の女の子なのだから、そろそろ秋物の準備とか、新作のバッグがとか、そういうのはないのだろうか?

 うん、ない。

 なさそうだ。

 迅矢は、どこかガッカリ美人なストレガに溜息ためいき

 そして、彼女から地図を取り上げ「こっちじゃねーか、道」と、ストレガの前に立った。

 魔女子ちゃんは機械音痴きかいおんちな上に、方向音痴だった。


「へー、なになに……魔女子ちゃんもビジネスホテルをご利用ですか」

「このホテルは、大人気アニメ『望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴン』とのコラボレーションを実施しています。その部屋で一晩中、アニメを見て過ごす予定です」

「……へえ、そう。ま、楽しんでくれ……俺は普通の部屋でいい」


 頭が痛くなってきた。

 だが、目的のビジネスホテルについてみると、解放的なロビーには御同輩ごどうはいっぽい若者達がちらほらいる。どうやら、コラボ目当ての客で賑わっているようだ。

 人畜無害じんちくむがいなオタク青年達は、迅矢とストレガが入店すると振り返った。

 その目に映ったのは、二次元から飛び出してきたかのような蒼髪そうはつの美人魔女だ。

 ざわめきが広がる中、ストレガは真っ直ぐフロントへと歩く。

 従業員も目を見張っていたが、慌てて対応のために身を正した。


「いらっしゃいませ、お客様。ご予約の番号とお名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか?」


 任務完了、そう思った。

 流石さすがのストレガも、部屋に放り込んでしまえば落ち着くだろう。ただ、シャワーを使ったりテレビを点けたりは難しいだろうか? だが、そこまでは面倒が見きれない。ホテルマンを呼べばいいのだが、内線電話を使いこなせるかにも疑問が残る。

 そう思っていると、ストレガはとんでもないことを言い出した。


「は、はあ」

「ですが、この雑誌に書かれてある、望郷悲恋エウロパヘヴンのコラボレーション客室を希望します」

「……お客様、あの」


 フンス! と雑誌を突き出し、逆さまだったのに気付いてストレガは見せ直す。

 迅矢は唖然あぜんとした。

 休暇の一泊、小旅行……ホテルをまさか、予約していないとは思わなかった。流石は800年生きている魔女、生活の全てが現代とずれている。

 ホテルマンは丁寧ていねいに頭を下げて、テンプレートなセリフをゆっくりと喋った。


「申し訳ありません、お客様。そちらのお部屋、本日は満室となっております」

「……わかりました。では、こうしましょう。二倍、いえ、三倍の値段を――」

「やめい! あーもぉ、なんだよあんた、本当に生活力ないな! 駄魔女だまじょだな!」


 思わず迅矢は、紙袋を置くなりストレガにチョップしてしまった。

 頭をさすりながら振り向いたストレガは、ああなるほどという顔をして、


「すみませんでした、やはり五倍は出しましょう」


 やっぱりわかっていなかった。

 奥から支配人が出てきて、周囲の客達も集まり出す。

 だが、支配人はポンと手を叩いて表情を明るくさせた。


「いえいえ、お客様。通常の料金で結構でございます。アニメのコラボ部屋、がございまして、そちらの方でよければ」


 その支配人ときたら、ここが秋葉原なのに大胆不敵だいたんふてきなことを言い出した。


「ツインのコラボ部屋もございますが、よく考えたらアニメが目的の方がカップルでなどと……そう思っていましたが、用意しておくものですなあ。ハッハッハ」

「ええ、ではその部屋をお願いします」

「待てっ! 待つんだ魔女子ちゃん!」


 ツインの部屋? カップル? なにを言っているんだ。

 だが、ストレガはなんだか幼稚園児みたいな文字で宿泊手続きの書類にサインをすると「行きましょう、ウォーロック」とカードキーに首を捻りながら歩き出す。

 周囲からは「ウォーロック?」「なに? ハンドルネーム?」「くっそ、彼女持ちかよ」と、視線が痛い。ちなみにハンドルネームではなく、作戦行動時のタックネームである。


「ま、待てよ魔女子ちゃん!」

「待ちません。ああ、ここですね……鍵穴かぎあながない。どういった扉でしょうか。魔術的なトラップ? いえ、それとも精霊が」

「カードキーだっつーの、それを貸せ!」


 なんとか部屋に入って、そしてすぐに出ようとする。

 だが、むんずとストレガは迅矢のシャツをつかんだ。

 意外と力が強い。


「今日は荷物持ち、ありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、宿代を私がもちましょう。それに……貴方あなたに渡したいものが、あります」


 突然ストレガは、真剣な目をわずかにそらした。

 心なしかほおが赤い。

 なんだなんだと思っていたが、彼女は手を放すと部屋の奥へ行ってしまった。

 そして、客室には迅矢の想像を絶する内装が広がっていたのだった。


「な、なんじゃこら……」

御存知ごぞんじないのですか? 望郷悲恋エウロパヘヴンです。この子が、ヒロインのエウロパ。そして、こっちの少年が主人公のライドンです。因みに二人の乗る主役ロボが――」

「……な、なあ、魔女子ちゃん。俺……帰っていいか?」

「いけません。……これを、貴方に」


 迅矢が置いた無数の紙袋の中から、ストレガは箱を取り出した。

 どうやらプラモデル、それも戦闘機のようだ。

 差し出されて迅矢は「あっ」と声が出てしまった。


「これは、貴方の翼ですね? 先日は申し訳ないことをしました。まさか、ネジ一本がそんなに大切だとは……そのおびも兼ねて、どうぞ」

「あ、ああ……これをわざわざ俺に?」

「はい。やはりスケールモデルはタニヤ模型に限ります」


 それは、1/48スケールのX-2心神しんしん……迅矢の愛機だった。

 実験機のままの、白を基調とした赤と青の鮮やかなトリコロールカラー。

 他にも買ってきたグッズを広げながら、ストレガは静かに言の葉をつむぐ。


「心神、やはりいい名前だと思います。心の神……それは恐らく、神という概念がいねんへ最もふさわしい場所を示しているのかもしれません」

「……そっか、これをわざわざ?」

「ついでです。ついでですが、私は貴方が貰って喜ぶものを知りません」

「そっか……ありがとな、魔女子ちゃん」

「いえ、先日のお詫びと、今日のお礼ですから」


 それだけ言って、彼女は今日の戦利品を吟味ぎんみする作業に没頭ぼっとうし始めた。

 床に丁寧に広げて、それを並べて、眺めて、ウンウンとうなずく。それぞれを手にとって調べ、確かめ、満足気にまた置く。

 オタクグッズの博覧会を始めてしまった彼女は、まるで幼い童女どうじょのようにあどけなかった。その光景に目を細めつつ、いいなと思っていた迅矢は咳払せきばらいを一つ。危なく魔女の魔法にやられるところだった……このは、今日一日ずっと迅矢を引きずり回した悪い女なのだ。


「ま、まあ、でもよかったよ。俺もそれなりには……そうだな、結構楽しかったからよ。でも……そんなに買い込んで、なんに使うんだ?」

使

「へ?」

「貴重な品ですので、滅多なことでは使いません。どれも島の生活では買えませんし、Amezonアメゾンでもなかなか……純粋なコレクションであり、買い求めることに意味のある品々だと私は思うのです」

「あ、そ……」


 そして、愛おしそうに一つ一つの品をストレガはまた紙袋にしまう。

 それから、丁寧に片付けて……おもむろに服を脱ぎ出した。

 ワンピースを脱ぎ捨てた彼女は、同じ色の真っ白な下着をつけていた。


「お、おいっ! 魔女子ちゃん!」

沐浴もくよくを……ああ、ウォーロック。先に入りますか? 確か、こうした宿泊施設の浴室は狭いと聞きますが」

「……それはどういう」

「残念ながら二人一緒に入るのは難しいでしょう。では、お先にどうぞ」

「い、いや、いい! いいから! さっさと風呂に行け!」


 迅矢とて成年男子、健康的な男なのだ。これまでに恋愛も経験してきたし、撃墜したりされたりしてきた。ヘリオンの言うように、ユニコーンに触れる男ではない。だが、そんな迅矢がストレガの前では、まるで思春期の少年のようになってしまう。

 ストレガは少し不思議そうに小首を傾げ、「では」と言ってバスルームに消えた。


「はーっ、なんだよもう……どうかしてるぜ、俺ぁ」


 改めて室内を見る。

 アニメのキャラクターが描かれた壁紙で、カーテンからなにからアニメ一色だ。だが、それを気にする余裕が今の迅矢にはない。

 部屋の奥には、ほぼ密着に近い形でベッドが二つならべられている。

 うっかり寝返りを打ったら、そのまま隣にコンバンワ、という感じである。

 おいおいと思った瞬間、背後でストレガの声がした。


「ウォーロック、頼めますか? お湯の出し方がわかりません」

「……あ、そ。そうだよなあ……って、いいから隠せ! タオルかなにかで!」

「私は気にしませんが、それよりお湯を」

「うう、なんだよもぉ……」


 渋々迅矢は、目を伏せ細い裸体の横をすり抜けてバスルームへ。ユニットバスも最近のものだと、タッチパネルで温度調節をするタイプがあって、まさにこれがそうだ。

 やっぱりストレガは、機械がさっぱり駄目なようだ。

 そして、迅矢にとってはどうも、そんな純真無垢なストレガが駄目なのかもしれないと思い始めていた。

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