第12話「白い魔女の不安な休日」
だが、
彼は今、大量の紙袋を持たされていた。どれも中身が本を中心としたグッズなので、非常に重い。鍛え抜かれたパイロットとはいえ、肉体よりも精神は疲れやすかった。
それというのも、全て前を歩く少女のせいだ。
「おーい、
秋葉原は今、大都会の賑わいで体力を削ってくる気がする。
しかし、白いワンピースで
ストレガはつぶらな瞳で迅矢の顔を見上げてくる。
「次はアニメイトに行きます。……無理についてこなくても、私は一人でも大丈夫なので」
「おいおい、そりゃ無理だろ」
「そう、でしょうか」
「そうでしょうよ! 思い出せ、魔女子ちゃんっ! お前さん、危なっかしくて見てられないんだよ。買い物はさ、付き合うから……さ、行こうぜ」
ストレガは
本当に彼女は、なにを考えているのかよくわからない。わかっているのは、アニメや漫画、ゲームに
それらを語る時だけ、平坦で
そんなストレガに付き添っての買い物
自然と迅矢は、数時間前に駅で仲間達と別れた時のことを思い出していた。
船と電車を乗り継いで、川崎市へとストラトストライカーズの面々はやってきた。
今日は休暇、好天に恵まれ朝から暑い。
「ふう、今日もいい天気じゃわい!
まったくだと迅矢も
今日はジーンズに
だが、どうにも持て余す休日が始まってしまった、そんな感じだったのだ。
「じゃあ、僕は先に失礼させてもらうよ……
真っ先にそう言って、ヘリオンが離れてゆく。
どう見ても十歳児なのだが、こんな暑い中でも気取って
人間の姿を借りているペガサスが、どんな休日を過ごすのか?
それは誰にもわからないし、迅矢にもあまり興味はない。
だが、去っていった背中は孤高を感じさせ、その中に孤独を抱えているような気がした。今日は彼のパートナーである、
「さて、それじゃあワシも行くかの!」
「おう!
「若いのはどうするんじゃ?」
「ちょいと、後輩の
ここ、川崎からは
確か、結婚して同じ
背中を預けあったかつての相棒は、国防に
それを知ってか知らずか、バロンも大きく頷く。
「ま、ちゃんと羽根を伸ばすんじゃぞ? 命の洗濯も大事じゃて、ホッホッホ」
「おうよ! 爺さんも気をつけてな。あんまし飲み過ぎるなよ?」
「なぁに、
「了解、ドワーフ。グッドラック!」
迅矢はバロンと拳をぶつけ合って、それを挨拶代わりに別れた。
さてと迅矢も今後の予定を考えていると……ふと、視線を感じて振り返る。
そこには、真っ白なワンピースを着たストレガの姿があった。
彼女は
そのストレガが、いつもの
「では、ウォーロック。私も予定がありますので」
「お、おう。因みにどこへ? 魔女子ちゃん」
「秋葉原です」
「秋葉原だぁ!? じゃあ、電車か。……お前さん、電車に一人で乗れるか?」
「
心配だ。
凄く心配だ。
だが、妙に張り切ってストレガは券売機へと向かう。
どうにも
「切符ぐらい一人で買えます。ご心配には及びません、ウォーロック」
「だったらいいんだけどな。ほれ、秋葉原までは……20分くらいか? 東京駅で乗り換えだな。……どした? 魔女子ちゃん」
「いえ、平気です」
だが、券売機のタッチパネルを前に、ストレガは黙ったまま動かない。
見兼ねて迅矢は、横から手を出した。
「画面に指で触れるんだよ。ほら」
「……し、知ってました。今、やろうとしていたところです」
「そりゃすみませんね。っておい、違う! そこから金を入れるんじゃねえ!」
「ええ、知っています」
「じゃあ、どうして切符が出てくるそこに千円札を突っ込む! あーもぉ!」
「問題ありません」
「大アリだろ!」
なんとか切符を買い終えて、それを迅矢はストレガの手に握らせた。
先程の心配が、いよいよ大きく膨らんで胸中に満ちてゆく。
彼はすぐに携帯電話を出すと、今日訪問する予定の八谷家へと電話をかけた。少し長い間呼び出し音が連なって、ようやく聞き覚えのある声が響く。
『もしもし? 八谷でございます』
いつもと変わらぬ声に、不思議と迅矢はホッとした。
「ああ、奈美か? 俺だ、迅矢だ」
『まあ! 霧崎先輩? どうしたんですか? まだ、こっちに来る時間じゃないですよね』
「そのことなんだが……悪ぃ、明日にしてくんねえか? ちょっと
『構いませんけど……多分、任務ですよね。ふふ、霧崎先輩、昔からうちの人以上に責任感強いから』
「仕事というか、まあ、ボランティア? とにかく、スマン!」
前もってメールしておいたのだが、死んだ拓海の仏前に線香をあげるのは、明日でもいいだろう。それより今は、この800歳の魔女様を大都会に解き放つ方が危険だ。
切符一枚買えない、世間知らずな上に
「よし、魔女子ちゃん。行くぞ」
「行くぞ、とは」
「俺が秋葉原まで一緒に行ってやる。どうせあれだろ? 漫画買ったりゲーム買ったりすんだろ? 荷物持ちぐらいしてやるからよ」
「それは……助かりますね。しかしウォーロック、
「いいよ、別に。明日、ちょっと後輩んちに顔を出せば終わりだ」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
そう言って、秋葉原行きとは真逆のホームに歩き出すストレガを、やれやれと迅矢は引き止めた。そして、なんとか電車で来たはいいが……現代の秋葉原は、迅矢が想像していた以上にカオスな街だった。
先程から何故か、ハスハスと活性化してしまったストレガの表情ばかり見せつけられる。普段はどこか
だから、敢えてなにを買ったかは見ないようにして、頭の中から追い出す。
彼女は遠慮なくアニメの
「ウォーロック、次はこっちです」
「随分回るんだな? 今度はなんだ?」
「プラモデルの新作を確保しなければいけません」
「お前……部屋に沢山あるだろう。しかも、全然作ってないやつがさあ」
以前、ちょっと彼女の部屋に入ったことがある。
難しい本から漫画まで、沢山の本で散らかっていた。そして、プラモデルの箱がうず高く積まれ、本棚にはCDや漫画がぎっしり詰め込まれていた。
現代の魔女は、大きな
ゲーム機で遊び、レコーダーにアニメを録画して見るのだ。
「ウォーロック、積みプラはしょうがないことです。私のように無限の時間を持つ人間なれば、作るのはいつでもできます」
「その時、買えばいいじゃねえか」
「……絶版になったプラモデルには、プレミアム価格がついてしまいます」
「はいはい、わーったよ」
「ウォーロックにも一つ買ってあげましょう。男の子も絶対、好きな筈ですから」
「いいよ、俺ぁ」
「飛行機のプラモデルも沢山ありますので」
どこまで本気なのか、ふわふわとストレガは歩く。
周囲の視線を集めて吸い込む、その涼やかな姿を追って迅矢は続いた。正午が近付く中、ジリジリと日差しが強くなって照りつける。だが、不思議とその中でストレガは違う空気の中にいるようだった。急かすように時々振り返る彼女に、やれやれと迅矢は並んで歩くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます