・激務と休暇と、お泊りと

第10話「彼等の朝」

 霧崎迅矢キリサキジンヤの、ストラトストライカーズとしての生活は順調だった。

 昨日のワイバーン撃墜に関しては、詳細なデータがクサハェル達からもたらされた。どうやら、普段の生活圏から迷い出た個体らしく、群で今後襲来する危険はなさそうだ。

 だが、問題は何故なぜ、人の生活圏に出てこないワイバーンが出没したかということだ。

 それについては皆、例の巨大なりゅう……ドラゴンの仕業だと考えていた。

 ドラゴンは存在するだけで、大自然に影響を与え、しゅとして近い竜を操るのだ。


「あっ、迅矢さん。おはようございますっ! もうすぐご飯ですからね、待っててくださいっ」


 朝、まだ眠い頭で迅矢は食堂へと降りる。

 味噌汁みそしるのいい匂いがして、倉木千小夜クラキチサヨの笑顔が出迎えてくれた。今日も真っ白な割烹着かっぽうぎが似合っている。

 すでにテーブルには、バロンが座って新聞を読んでいた。

 彼は迅矢に気付くと「おはよう」と破顔一笑はがんいっしょうする。


「おはようございます……うう、眠ぃ」

「ほっほっほ、若いのにだらしないのう」

心神しんしんの整備な、終わったのが夜の十一時だぜ? 十一時! その後、書類やらなにやら」

「ほうほう、どこのネジかわかったのかのう」

「ああ、すんげえ内側の奥の奥……もう、分解整備みたいなことになってよ」


 昨日の早朝、迅矢は出動に際して新たな翼を得た。

 X-2心神……最新鋭のステルス実験機だ。部品の状態で運ばれてきたこの機体を、ストレガは魔法で組み立てた。あっという間に部品の全てが舞い上がり、混じり合う風の中で姿を象る。わずか一瞬で、払暁ふつぎょうの光に輝く戦闘機が現れたのだ。

 だが、彼女はうっかりネジを一本入れ損ねた。

 そのことで、迅矢は昨夜遅くまで整備班とてんてこ舞いだったのだ。

 ぼやくような迅矢の話しに、フンと鼻で笑う声。

 見れば、テレビのニュースを見ながらヘリオンが珈琲コーヒーを飲んでいた。


「やれやれ、その程度でを上げるとは……情けないね」

「ンだと、ああ? ヘリオン、手前ぇなあ……ネジ一本でも、俺達パイロットにとっちゃ死活問題なんだよ!」

「おや、それはそれは。まあ、あのストレガが魔法で組み立てたんだ、それくらいの洒落シャレぐらいあるだろうさ」

「洒落になんねえよ……あと、魔女子まじょこちゃんは悪かねえさ」


 ドッカと自分の席に腰を下ろせば、すぐに千小夜が皿を並べてくれる。

 食堂のテーブルは、十人程が座れる大きさだ。そして、キッチンと直接つなががっている。ここからでも、まめまめしく働く千小夜の背中が見えた。

 テレビでは朝のニュースで、昨日早朝の謎の発光現象を報じている。

 光の屈折現象だと専門家が発言しているが、あれは竜の吐いた火球だ。

 洋上だから遠慮なく叩き落としたが、遅れていればあのワイバーンは本土に上陸していただろう。都市部の上空で暴れられたら、手のつけようがない。

 そういう意味では、迅速な対応だった。


「はいっ、ヘリオンさん。コーンポタージュです、熱いですよぉ」

「ありがとう、千小夜。今日も綺麗だね。それに、とても美味おいしそうだよ」

「まあ、ふふふ……ありがとうございます」


 思わず迅矢は、ケッ! と毒づく。

 なにが綺麗だ、とても美味しそうだ、である。

 そして、彼は思い出したようにヘリオンをからかい始めた。自分でもそこまで食って掛かるつもりはなかったのだが、後輩が昔からゲームや漫画が好きで、思い出したのである。


「あれだよなあ、ヘリオン……俺ぁ、知ってるぜ? お前……!」


 バロンが「むむ?」という顔をした。

 だが、それをヘリオンが手で制する。

 味噌汁に口をつけてから、美味を深い溜め息で表現して、迅矢はさらに言葉を続けた。


「スケベな野郎だぜ……千小夜ちゃん、気をつけな!」

「あ、はい……えっと、その話って多分」

「ああ、いいんだ千小夜。迅矢、もう少し聞かせてくれるかな? 僕がスケベな変態だというのは……とても興味があるね」


 意地の悪い笑みを浮かべているが、ヘリオンのカップを持つ手は震えていた。

 どうやら、彼を怒らせることに成功したようだ。

 それを迅矢は、図星ずぼしだからだと思って増長する。


「処女が大好きだなんて、あきれた奴だぜ。ええ?」

「……迅矢。そろそろいいかな?」

「おっ? なんだなんだ、反論があるのか? いいぜ、言ってみな!」

「君の話してる幻獣は、ひたいに角のある白馬だ。僕は天馬てんまなのだけど? まあ、君はユニコーンに近寄っても大丈夫な男だろうから、こんな幼稚なミスも納得だね」


 最後に小さくヘリオンは「童貞小僧どうていこぞう」と目を細めて囁いた。

 迅矢はどうやら、勘違いをしていたようである。

 言われてみれば確かに……ユニコーンとかいう馬だったような気がした。自分が間違ってたこと、それなのにドヤ顔で振る舞っていたことが思い出されて、顔が熱くなる。

 バロンは新聞で顔を隠して笑っていたし、千小夜は顔が真っ赤だった。


「だっ、だだ、誰が童貞だコルァ!」

「君以外に誰がいるんだい?」

「ぐっ……わ、悪かったよ! けどな、ユニコーンだかペガサスだか知らねえが、いちいちかんさわるんだよ。人間様を見下みくだしやがって」

「その、人間様っていうのをいつも君達人間は口にするね。これこそ、何様だい?」

「何様ってそりゃ……んー、そりゃ……お互い様? か?」

「ふむ……まあ、確かに僕も君なんかの戯言ざれごとにおとなげなかった。許したまえよ」


 なんだかいちいち引っかかる物言いだ。

 だが、皆がご飯と味噌汁、焼いた紅鮭べにざけであるのに対し、ヘリオンだけがトーストにスクランブルエッグだ。カリカリに焼いたベーコンの匂いも香ばしいが、迅矢はどっちかというと朝は和食派である。

 そうこうしていると、ガチャリと食堂のドアが急に開いた。

 千小夜の悲鳴を聴きながら振り向いて、迅矢は絶句してしまう。


「ストレガさんっ! 服! 服を着てくださいっ!」

「……おはようございます、プリースト」

「また寝ぼけてますね、もぉ……どうして夜更よふかしするんですか、そんなに」

「今期のアニメ、チェックすべき作品が、多いんです……それに、新作のゲームを」

「わかりました! わかりましたから!」


 そこには、下着姿のストレガが立っていた。

 真っ白な肌に、黒いスケスケのレースが鮮やかに際立つ。

 眠そうなジト目で周囲を見渡して、彼女は止める千小夜にも構わず自分の席に座った。クイと宙で手を動かせば、彼女へ向かってテレビのリモコンが飛んでくる。

 リモコンを空中でキャッチすると、ストレガがチャンネルを変えた。


『今だ、ハヤテ! シンカリアン、超進化変形!』

『オーケー! シャショッタ!』


 いきなり朝からアニメである。

 それをぼんやりながめながら、ストレガは見もせず千小夜から味噌汁を受け取った。

 駄目だ、完全に目が死んでいる。

 綺麗なあおい髪もボサボサで、同じ色の瞳もにごって見えた。

 そんな彼女の手から、ヘリオンがリモコンをひったくる。

 再びチャンネルが、ニュース番組に切り替わった。


『さて、次のニュースです。防衛省は昨夜遅く、未確認の飛翔体に対してスクランブル発進したパイロットが、未帰還であることを明らかにしました』


 ちょっと気になるニュースを聞いた気がした。

 それで迅矢は、食い入るように画面を見詰める。

 だが、またすぐに画面はアニメに戻ってしまう。


『いくぞっ、トッキューソード!』

『いいぞ、ハヤテ! トドメだ!』


 どうやらストレガは、こんな寝ぼけた状態でもアニメが見たいらしい。

 少しイライラしながらも、再びヘリオンがリモコンを手に取る。


「ストレガ、少しは社会のニュースにも気を配ったらどうかね。嘆かわしい!」

「……俗世には興味ありません、キャバルリィ……ああ、シンカリアンが終わってしまいます」


 ふらふらと立ち上がって、ストレガはどうやら直接テレビを操作するようだ。

 だが、ニュース番組はすでうらないのコーナーになっており、さら何故なぜか音が大きくなる。機械音痴きかいおんちのストレガは、チャンネルを回そうとして全然違うボタンを連打していた。

 それであわてて、ヘリオンがテレビの電源を切る。

 テレビに屈むストレガの、形良い尻がずっと向けられているので、迅矢は思わず目をそむけた。実に優雅な曲線で、豊満ながら少女のように引き締まったヒップラインだった。


「あ、テレビ……ええと、電源……電源は、どこでしょうか」

「まったく! 千小夜、珈琲のおかわりを。ストレガ、君も早く朝食を食べ給え。片付かなくて千小夜が困るだろう」

「……あ、うん。そう、ですね……シンカリアンは、DVDを買うので、大丈夫でした」


 もぞもぞと自分の席に戻って、ご飯山盛りの茶碗を受け取る。いわゆる『昔話盛むかしばなしもり』というやつで、見てるだけで迅矢は胸焼けしそうだ。

 だが、どうもストレガは健啖家ハラペコキャラらしく、テーブルに並ぶ醤油やソースの中から、ふりかけが入ったアニメイラストの小瓶こびんを手に取った。ドサドサとそれを白米にふりかけて、小さく「いただきます」とつぶやく。

 半分寝てるような状態で、彼女はヒョイパクと朝食を食べ始めた。

 バロンが新聞をたたみながら笑っている。

 まるで家族のような時間が、不思議と迅矢にも心地よかった。


「さて、若いの。週末の予定はあるかね?」

「あ? なんだよ、バロン。男に言われて嬉しい台詞せりふじゃないぜ、そりゃあ」

「なに、小八洲島こやしまとうはもうすぐ神奈川県沖じゃからな。県境けんざかいを超えてれば、ワシ等に島の外へ出る許可が出るんじゃ」

「……マジか、それ」


 不自由はない暮らしだが、この小八洲島はあまりにも辺鄙へんぴ田舎いなかである。離島そのものな穏やかさ、ゆったりとした時間の流れは確かにいいが、時には都会の賑わいも恋しくなるのだ。

 まず、コンビニがない。

 ネット環境はあるが、それしかない。

 夜に遊び歩く場所もなく、買い物すら限られた店しかない。

 そんな迅矢に、久々の俗世での休暇きゅうかおとずれようとしていた。

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