第9話「人だけが心に神を持つ」
ケース
神々の気まぐれ、まだ見ぬ驚異、そして
そうした、現代の科学では解明できない、一般市民には公開できない事象の総称である。そして、それに対処するのが
その一員として、ようやく迅矢は翼を得た。
先程の興奮、そして感動が今も体中に
帰投後、大慌てて
それは迅矢も同じで、目の前に新たな愛機の姿があった。
「X-2
格納庫の中心で、見上げて機首を
エンジンがまだ熱を持っており、整備班達は事前の打ち合わせで席を外している。今、この格納庫には二人きりだ。
迅矢と心神……文字通り一心同体の存在。
再び空で戦えることを、迅矢はとても嬉しく思っていた。
それに、死んだ仲間の
今日、新たな仲間と共に竜を倒したのだ。
「これで終わりじゃねえ……ここから始まるんだ。そうだろ、相棒……俺の新しい、翼」
物言わぬ鋼鉄の戦闘機は、沈黙に輝く。
だが、それでも迅矢は語りかける。
優しく、敬愛を込めて。
それが周囲には奇妙に見えても、彼にとっては大事なことだった。以前、迅矢はケースDに遭遇して愛機を失った。国民の血税で造られた、大事な機体だった。
自衛官として最後までベストを尽くしたが、機体は失われたのだ。
大事な後輩、
それは、彼の妻である
「見てるか、拓海……俺は飛ぶぞ。日本だけじゃない、世界を守って飛ぶ」
鮮やかな塗装が映える白い機体は、まだピカピカで自分の顔が少しだけ映り込む。
今日の迅矢は、久しく忘れていた穏やかな笑みを浮かべていた。
だが、不意に背後で声がする。
とても冷たく
「ウォーロック……
振り向くとそこには、白い
なにか
ストレガが隣に並んで見上げるので、迅矢は照れくさくて苦笑するしかない。
「見てたのかよ。ま、まあ……俺の大事な相棒だからな」
「想いを言葉にすることは、魔術的にも意味があります。
「そっか……
「……魔女子ちゃんというのは、やめませんか? 少し、変です」
「そりゃ変だろ。お前さん、かなり変な女の子だぜ?」
800年生きる、白き魔女。
彼女は少し不満なのか、
だが、不思議とその声色は優しい。
先程まで、共に戦っていたとは思えないくらいだ。
「心神……いい、名前ですね」
「富士山のことらしいな。ま、正式なペットネームじゃねえんだよ。開発コードみたいなもんさ。でも……俺も気に入ってる。乗ってみて、もっと好きになったさ」
「パンダみたいな響きで、かわいいと思いました」
「おいおい、シンシンってそういう意味じゃねえよ」
だが、手を伸べ機体に触れながらストレガは言葉を続ける。
「心の神と書いて、心神……そう、常に人は心に内なる神を持っています。人間だけが、信仰を持つことができるんです」
「ま、実際に神様に昨日会ったけどな、俺等」
「ウォーロック、目に見える神は……たまたま神として
「難しいこと言うねえ……でも、なんとなくわかるぜ。心の神様に恥じぬよう心がけろ、そういうこったろ」
「
名前のない魔女、ストレガ。
彼女はとても不思議な女性だ。
見た目は十代の少女だが、時々ぞくりとするような色気がある。クールで物腰穏やかだが、何故か日本のアニメや漫画にご執心だ。そして、決して誰にも名を明かさない。
それが魔術的な理由なのかは、わからない。
時々、
だが、迅矢にとっては新しい仲間で、ストラトストライカーズでは誰もがそうだ。
「で? 魔女子ちゃんはなにしに来たんだ? 俺ぁこれから、整備に立ち会うが」
「ええ。そのことで話があるのですが……貴方に渡したいものがあります。でも、その前に」
迅矢に向き直ると、真っ直ぐストレガは見上げてくる。
空よりも
大きな目で真っ直ぐ見詰めて、ストレガは言葉を選ぶ。
「心の神は、時には翼となって力を生み出します。それは、空に愛された人間への
「また、そういう話か? わーってるよ……ようするにあれあろ? 漫画とかでよくある、復讐はいけませーん、憎しみで戦うなーってやつ」
「言い得て妙ですが……そういう漫画がお好きですか? お貸ししますが……プリーストは少女漫画しか読まないので。ど、どうですか!」
「あ、いや……千小夜ちゃんはそりゃ、普通の女の子っぽいからそうだろ。ま、考えとくよ。うん……なんつーか、お前さん」
「
ポンポンと迅矢は、ストレガの頭を撫でた。
瞳と同じ色の髪が、真っ白な肌の上で揺れている。とても長くて真っ直ぐで、
だが、静かに迅矢の手を払い除けて、ストレガは言葉を続けた。
「貴方を以前、撃墜した
「あ? ……そういや、今日のは小ぶりだったような。俺が遭遇したのは」
「今日のは竜、ワイバーンです。ドラゴンとは違います。
「ワイバーン……ドラゴンと何が違うんだ?」
首を
巨体からは想像もできぬ高機動、そして高速での運動性……
それをストレガはワイバーンだと言う。
だが、浮かれていた自分を
まだ、友の仇は生きている……ストレガが言う通り、この空のどこかで。
「四肢を持つ者は翼を持たない……人間もそうですね。鳥は皆、前肢が翼になっています……つまり、四肢である腕、前足と別に翼を持っている訳ではありません」
「そりゃそうだ……あ! 今日のワイバーンとかってのも、そうだったな」
「そうです。ワイバーンはあくまでも、自然界の法則に従う生物……ですが、ドラゴンは、龍は違います」
多くの神話や伝承に登場する、ドラゴン。
その強靭な四肢とは別に、背中に巨大な翼を持っている。
それこそが、最も神に近い存在と呼ばれる
この世で手足と別に翼を持つ者は、神か、それに近いものだ。迅矢の思い出せる範囲では、天使であるクサハェルがそうだ。神の
そして、改めて考えると……今日の敵はワイバーン、前肢から進化した翼に
「いずれいつか、貴方を撃墜したドラゴンとの戦いが訪れるでしょう。その時……貴方の心の翼が濁っていては、危険です」
「……忠告はありがたく受け取っておくぜ。でもな、魔女子ちゃん」
「復讐はなにも生まない、などと言うつもりはありません。ただ……復讐を
死を忘れてしまった少女の目は、不思議な光に満ちていた。
迅矢の無意識が拾った色は、
透明なブルーの瞳で、じっとストレガは見詰めてくる。
「心の翼って、なんだ? バロンの
「貴方の心の問題です、ウォーロック。そしてもう、貴方はそのことを感じている。感じたままに触れて
珍しく熱っぽい言葉だった。
それを自分でも思ったのだろうか? ストレガは
説教じみた話だったが、珍しくよく喋るストレガが迅矢にはなんだかかわいい。この少女は、そして新しい仲間達は自分を心配してくれているのかもしれない。
迅矢は自分を、そんなに大それた人間だとは思わない。
心の翼と言われるものが、特殊な力や才能だとも思わない。
ただ、ストレガに既に感じていることだと言われた時、少しだけわかった。
今、迅矢を
「それと、ウォーロック。貴方に渡しておきたいものがあります」
「おっ? なんだなんだ、魔女子ちゃん」
「どうぞ。手を、出してください」
言われるままに手の平を向けると、そっとストレガの冷たい手が触れてくる。彼女は、握り締めていた何かを握らせてきた。
それは、なにかのネジだ。
しかし、受け取り凝視して……迅矢は不意に「あっ!」と声を張り上げる。
「この子の……心神の部品です。一つ、組み込むのを忘れていたみたいです」
「おいおい、魔女子ちゃん! このネジ抜けたまま、俺は飛んでたのかよ!」
「そういうことになりますね」
「魔法で組み立てたんだろ! どうしてネジが余るんだ! あーもぉ、勘弁してくれ!」
「古来より、こうしたミスには小悪魔グレムリンが関与してることが多々あります。まあ……今回のは私の失敗ですね。以後、気をつけましょう」
しれっとそれだけ言って、ストレガは去ってゆく。
戦闘機は精密機械の
再度分解しての整備が必要かもしれない。
整備班と迅矢の、長い長い一日が始まろうとしているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます