第4話「戦う以外に広がるお仕事」
雲海、読んで字の
よく見れば、西洋のクリッパーや海賊船といった
目を丸くする迅矢に構わず、魔法の
彼女は巨大な船体に箒を寄せると、そっと白い手で触れた。
「
まるで
そう、脳裏に直接言葉が流し込まれてくる。
『我は
船が、喋った。
そうとしか思えないので、迅矢は自分の正気を疑う。
だが、すぐに冷静さが彼の中で理性を支えた。
今こうして、魔法の箒で魔女と一緒に飛んでいる。周囲を警戒して飛ぶのは、大戦中の傑作機Ta152H-1フォッケウルフだ。それに乗ってる真っ赤な紳士は、人間じゃないかもしれないときている。
常識を捨てろ。
現実を直視する。
それを念じて、迅矢は自分を落ち着かせた。
ストレガは
「天鳥船様、恐れながらこのままでは、人間達に探知、補足される恐れがあります。この国の民は古き
『ふむ! 我としたことが、よき風に
「深き
『神格の自然化……普段そうであるように、この星に溶け込めというのだな?』
「
今、迅矢は神話を目撃している。
眼の前の巨大な帆船は、それ自体が古き神なのだ。
昔、エレメントを組む相棒が言ってた。タッグネームはパラディン……新婚ホヤホヤで、ちょっとオタク趣味で、いつも迅矢を先輩と呼んで
今、彼のことを思い出すと心が痛い。
共に国を守る自衛官として、飛んで、戦って、そして敗れた。
迅矢だけがまだ、こうして生きている。
だが、生き延びたことに意味を見出すなら、目の前の現実から目を背けてはいけない。
『では、我は再び神々の領域へと去ろう……話せて楽しかったぞ、乙女よ。大義である』
「ありがとうございます、天鳥船様。大事に
『うむ。……む? そなたは……ほう! これはまた数奇な』
不意に、天鳥船の声が奇妙な高揚感に満ちた。
基本的に神様は大らかで、尊大ながらも
だが、天鳥船は小さく笑って言葉を続ける。
『乙女よ、そなた……人を捨てて何年になる? 西洋の
「……はい」
『恐ろしいものよなあ。人の
「もう800年になります……そこから先は、数えることを忘れてしまいました」
『で、あろうな。ふむ、珍妙な。人間は時として、
ストレガの細く
風に棚引く蒼い長髪の頬を撫でられながら、迅矢は自然と奥歯を噛む。
800歳だとか魔女だとか、そういう話に興味はない。この場で人間の常識を物差しにすることは、無意味だ。だが、それでも迅矢には迅矢の物差しがある。
気付けば迅矢は、ストレガの細い腰を抱いたまま身を乗り出していた。
「おう、待てぇ! 神様よぉ……ちょいと
ストレガが息を飲む気配が伝わった。
だが、迅矢の言葉は止まらない。
「いいか、教えてやるぜ! よく聞けっ、神様よう!
『……無礼な。
「うるせぇ! 俺が無礼で不敬なら、手前ぇは無粋で、その上に
『なんと!』
「女の子のプライベートを、それも人生の決断に関わるあれこれを
威勢よく
それしか考えてなかったし、それすら考えられなくなりそうだった。
単純に腹が立ったし、人には踏み込んではいけない領域がある。それは、人が人である
希望も絶望も、喜び悲しみも……そして、それらが入り交じる過去も。
そこに土足で踏み込む存在は、誰であろうと迅矢には許せない。
航空自衛隊に所属してた時も、相棒のアニメやゲームの趣味を馬鹿にする連中には腹が立った。
「いいか、神様っ! あんたが不用意にうろうろしてっから、俺達がこうして
『ほう……』
「神様よう……このまま去るにしても、この娘になにか言うことがねえか?」
ポン、と迅矢はストレガの頭を
ビクン! と彼女が見を震わす気配が伝わる。振り向き見上げてくる視線は、その
ストレガの
いつもスクランブルで飛び出した空の、あの静かな
そう思っていると、不意に笑い声が響いた。
『ハッハッハ! 愉快! 愉快ぞ、人間! この我を前にそれほどまで……我に非礼があった、
「おうよ! 俺も言い過ぎたかもしんねえしな……神様、あんまウロウロすんなって。それに……ありがとよ。あんた、この娘を面白がってはいたが、純粋な好奇心でしかなかったみたいだ」
『我等は神、その世界は
ふわりと浮き上がった巨大な船は、そのまま空へと吸い込まれ、消えた。
それを見送り、どっと疲れて迅矢はストレガにもたれかかる。
嫌がる素振りも見せず、彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「任務完了、ケースDの解決を確認……ウォーロック、私は不思議です」
「ああ? なにがだよ……ってか、悪ぃ。なんか、すっげえ疲れた……しばらくこうしてていいか?」
「問題ありません。ですが……
「そりゃ……カワイコチャンに
「カワイコチャンとは? あ、いえ……単語自体は知っています。ただ……わたし、ですか?」
「他に誰がいるんだよ、この空にさ」
無表情のまま、
そういうところは、うら若き乙女そのものだ。容姿だってナイスバディだが、十代の少女にしか見えない。
だが、迅矢は知ってしまった。
彼女は、齢800歳を超える魔女。
故あって、人の命の
永遠に少女となったストレガが、過去にどんな選択をしたのか……その決断には、どんな背景があるのか。気になったが、迅矢は口に出したりはしない。
今しがた神様に
ストレガも、
「とにかく、任務完了です。このように、人類の常識で解決できぬ空の諸問題を、我々ストラトストライカーズではケースDと呼んで、対処しています」
「なるほど。なんかでも、いいな……戦って倒すだけじゃないのってさ」
「そう、ですか?」
「ああ、そうさ。俺は今でも自衛官、日本を守る自衛隊のつもりだからな。俺等の仕事は戦うことじゃない、国土と国民を守ることだ。あと、カワイコチャンは個人的に絶対守るもんだと俺は思ってる」
だが、ストレガは前を向いてしまった。
静かに飛ぶ箒の上で、彼女の
「と、とにかく、司令に……クサハェルに連絡します。無事にケースDが片付きましたので」
ストレガはそう言って、
これまた、酷く古風なストレートタイプの携帯である。今の
ストレガは難しい顔をして、両手で携帯電話を持つ。
だが、彼女がおずおずと指を動かしても、通話やメールの機能が起動しない。
「……あれ、ひょっとして……ストレガちゃんさあ」
「ちゃん、は余計です。話しかけないでください、気が散ります」
「いや……メール? それとも、電話か? ひょっとして……携帯、苦手?」
「そんな訳がありません。ただ、ちょっと……機械は、難しいんです」
「あ、そ……ちょいとごめんよ」
「あっ……ウォーロック、なにを」
見かねて迅矢は、彼女から携帯を取り上げた。アドレス帳に番号が入っていたので、すぐにクサハェルに
そうして差し出してやると、
どうやら800年以上生きている魔女は、機械が苦手のようだ。
こうして迅矢は、新たな居場所で新たな戦いを知った。それは、ただ敵を武力で迎え撃ち、その武力を使わず追い払う今までとは違った。信じられない程に多種多様なケースDが待ち受ける、
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