第3話「白い魔女」
多くの
空と海とを並べたような、
間違いない……あの日、
「な、なあ、あんた……えっと」
暴風が徐々に収まり、滑走路の向こうへとフォッケウルフは消えていった。
静かになる中で、髪型を気にしながらクサハェルがやってくる。彼は先程と変わらぬ
「ああ、迅矢。紹介するよ。彼女も僕達、ストラトストライカーズの仲間……うちのエースだ。さ、挨拶して」
クサハェルに
まるで気をつけするように立つ箒の横で、彼女は
流麗な
「はじめまして……わたしのことはストレガと呼んでください。以後、よろしくお願いします」
――ストレガ。
確か、イタリア語で『魔女』だ。
見た目そのままの名前だが、安直さは感じない。
「彼女のタッグネームはストレガ。でも、本名は誰も知らないんだ」
端正な無表情で、小さくストレガが
それに、ストレガは命の恩人だ。
あの時、ただ海面に叩きつけられるだけだった迅矢を、その乗機を不思議な力が包んだ。ありえない
「な、なあ、えと……俺もじゃあ、ストレガって呼ぶぜ?」
「どうぞ」
「あの時……ほら、三ヶ月前! 俺を助けてくれたよな? な?」
「ええ。最終的には」
ストレガの声は、その髪と瞳のように涼しげで透き通っている。
まるで、彼女自身が少女を
だが、彼女は帽子を再び被り直すと、箒に
「では、司令。わたしも出撃します……ドワーフを援護し、今回のケース
「ああ、待ってくれないか? 彼を……迅矢を連れてってほしいんだ。僕達の仕事は、見てもらった方が早いからね。頼むよ、ストレガ」
迅矢は思わず、自分を指差し「俺?」と間抜けな声を出してしまった。
だが、さも当然のようにストレガは少し箒を後ろへとずらす。
乗れという意味だと思うが、そんなことをしたら彼女に密着してしまう。それに、そもそも見た目は普通の箒だ。それも、かなり年季の入った年代物である。
魔女は箒で空を飛ぶ。
誰だって知っている童話の世界だ。
しかし、サハクィエルは
「じゃ、じゃあ……ちょっと失礼して」
「しっかり
「お、おう。こうか?」
「もっと強く」
「いやあ、そんな……若い
「……行きます」
不意にふわりと浮遊感に包まれた。
次の瞬間には、あっという間に周囲の景色が背後へ吸い込まれた。
いい匂いがしやがる、そう思った矢先だったので、無様に絶叫するしかない迅矢だった。
「うおおおおおっ! ま、待て待てっ!」
「待てません」
「いや、そういう意味じゃ……って、あれ?」
「待ちません。……なにか?」
どこか冷淡な印象があるが、ストレガの声は耳に心地いい。
そして、あっという間に二人を乗せた箒は雲の上へと突き抜けた。命綱などないし、それを結ぶ先が箒というのも頼りない。だが、ひんやりとしたストレガの身体を抱き締めていると、不思議と不安を感じなかった。
そして、高高度での寒さも気圧差も感じない。
ただ、ひんやりとした風が
雲の大海原に影を落として、二人を乗せて箒は真っ直ぐ飛んでいた。
「……先程の質問に答えます」
「へ? 先程の……ああ」
「わたしは最終的に、あなたを助けることにしました。でも」
「でも?」
「最初は、ただ見ていました」
「……なんでまた。ま、いいけどさ。助けてくれたんだろ?」
「最終的には」
気になることを言う少女だ。
ストレガは前だけを見て飛びながら、ポツリと零した。
「羨ましい、と……そう思って、見てたんです」
「へ? そりゃどういう意味で」
「そのままの意味です。それと、現場につくまでに少し説明しておきましょう」
不意に彼女は話題を変えて、それ以上は三ヶ月前のファーストコンタクトを話題に出さなかった。
しかし、次の話に自然と迅矢は食い付く。
「ケースD……世界中の空で起こる、通常の組織や装備では対応不能な異変、怪異、驚異のことです。
実はこの世界の空には、人類にとって未知の危険に
それらを人の目に触れず処理するため、各方面から様々な人材が集められてできたのが……ストラトストライカーズだ。天界から来たクサハェルは本物の天使であり、迅矢でも名前を知ってる神話や伝承の存在も協力しているという。
そうして人間達の世界を、ケースDと呼ばれる危険から守っているのだ。
「ケースD……
「一番危険度の高い
「ま、そうだな……お手上げだった。一方的にやられちまったよ」
「ですね」
澄ました顔でサラリと言ってくれる。
ストレガはまるで、自分が人類ではないかのような言いようだ。
そんな彼女の蒼い長髪が、先程から
やわらかな感触が、服の布地越しに伝わってきて、
そうこうしていると、先行していたバロンのフォッケウルフが見えてくる。
真っ赤な機体は空では酷く目立った。
そして、その先に……迅矢はとんでもないものを見て固まってしまう。
驚きの声を飲み込むのに必死で、思わずストレガを強く抱き締めてしまった。
だが、彼女は気にした様子もなく、箒を赤いフォッケウルフに並べる。
「……あなた、タッグネームは?」
「あ、俺? 俺はウォーロックだ」
「魔法使い、ですか。わかりました、ウォーロック。……少し痛いです」
「ん? あ……ああっと! す、すまない!」
気付けば迅矢は、ストレガの胸の膨らみを握っていた。
全くの無意識だった。
だが、はっきりとその豊かさ、柔らかさが手のひらに残っている。慌てて迅矢は手を放し、落ちそうになってストレガの
そうこうしていると、フォッケウルフからバロンの声が響いた。
「ストレガ、見えてるな? ワシが周囲を警戒する。接触してもらえんかのう」
「わかりました、ドワーフ。ここは定期航路でもないですから、事故の心配はないでしょうけど」
「ガッハッハ! なにが起こるかわからんのが空じゃよ」
驚いたことに、肉声同士で喋っている。
迅矢にもはっきりと、フォッケウルフからのバロンの声が聴こえた。
プロペラ機と言っても、時速700km以上のスピードで飛んでいるにもかかわらず、だ。
再び加速する箒の上で、ストレガが肩越しに振り返る。
「わたしの結界が周囲を包んでいます。別の空間と
「へえ……ど、どうやって?」
「魔法です」
「ア、ハイ」
そして、目の前に巨影がグングン近付いてくる。
先程は驚きのあまり、ストレガに対して失礼なことをしてしまった。
だが、これを見て驚くなというのも無理な話である。自衛隊のパイロット、イーグルドライバーとして飛んできた迅矢も、初めて見る。
それもその
ケースDとは、常識の範疇を超えた世界、そして驚異。
そびえる
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