番外編
番外編 やっぱり大好きなご主人様
これはまだご主人様が高校生だった頃のお話。
その日ボクはいつものように、お家のリビングでお昼寝をしていたんだ。そしたら。
「ハチミツ、お散歩行くよ」
ご主人様の元気な声で、ボクはパチッと目を覚ます。
今は昼間。お散歩は朝と夕方に行くことが多いけど、今日はいったいどうしたんだろう?まあいいや、お散歩好きだし。
リードを付けてもらって、ご主人様と二人して玄関から外に出る。外はぽかぽか。よく晴れていて、絶好のお散歩日和だ。
ボクとご主人様はいつもの散歩道を、テクテクと歩いて行く。
おっと、分かれ道だ。けどいつも通る道だから知っている。ここは右の道に行くのが正解なんだよね。ボクは意気揚々と一歩を踏み出したんだけど……
「待ってハチミツ。そっちじゃないんだよ」
グイッとリードを引っ張るご主人様。どうして?いつもは右の道だよね。
「今日はちょっと行きたい所があるの。だからこっちだよ」
そう言って左の道を行こうとするご主人様。そういえば、前にもこんなことがあったような。
あの時は当時小学生だったご主人様が散歩道を外れて、結果帰り道がわからなくなって迷子になっちゃったんだっけ。
ご主人様、お母さんに怒られて泣いていたなあ。
苦い思い出がよみがえり、大丈夫だろうかと不安になる。けど、ご主人様ももう高校生。あの時みたいに迷子になったりはしないだろう。
それにいざとなれば、ボクが匂いをたどってお家まで連れて帰ってあげれば良いんだ。昔は失敗しちゃったけど、今度は大丈夫だろう。
ボクは大人しく左の道を進む。
「良い子ねハチミツ。後でおやつ買ってあげるからね」
え、おやつ?ボクはケーキが食べたいなあ。犬でも食べれるケーキ。
楽しいお散歩に美味しいおやつ、今日は良い日になりそうな予感。
「もうちょっと歩けば目的地に着くから。どこに行くかは、ついてからのお楽しみだよ」
いったいどこに連れて行ってくれるんだろう?わくわくしながら尻尾を振っていると……
「ほら、着いたよ」
足を止めた先にあったのは白いお家。中からは独特の匂いが漂っていて、お家の前に掲げられた看板に書いてあるのは……
『動物病院』
バッ!
その名前を見た次の瞬間、ボクは全力で元来た道目掛けて駆け出した。だけど……
「こらハチミツ。逃げちゃダメだったら」
リードを引っ張られてしまい、逃げるの失敗。
酷いよご主人様。ここは注射をする所じゃない。お散歩やおやつのお話はしたけど、注射をするなんて聞いてないよ。
「大丈夫、すぐすむから。大人しく中に入ろうね」
やだやだ、意地でも入らないぞ。ゴールデンレトリーバーは力持ちなんだ。いくらご主人様がリードを引っ張ろうと、絶対に逃げてやる!
……抵抗虚しく病院の中に連れてこられてしまった。
だってしょうがないじゃない。本気で暴れて、もしもご主人様が怪我しちゃったらいけないし。だけどやっぱり注射は嫌だよ。病院の中ではいたる所で、ボクと同じように抵抗している子達がいる。
例えば右を見ると、ご主人様と同じ歳くらいの男の子が、暴れる犬くんに四苦八苦している。
「こらマカロン、暴れるな!」
例えば左を見ると、ご主人様と同じ歳くらいの女の子が、棚の上に逃げた猫ちゃんを追いかけている。
「豆大福、言うことを聞いて。後で猫缶買ってあげるから」
みんなやっぱり注射が嫌いなんだ。だって痛いもの、当たり前だよね。そうこうしているうちに、ついにボクの番がやって来た。
「行こう、ハチミツ」
やだ。ボクは踏ん張って最後の抵抗を見せる。するとご主人様は困った顔をしながら、優しく語りかけてくる。
「ハチミツ、嫌がる気持ちはわかるけど、注射しないと病気になっちゃうんだよ。病気で苦しい思いするのは嫌でしょ」
うっ、確かにそれはやだ。
「ハチミツには長生きしてほいしの。注射して元気なままで、これからもずっと一緒に遊びたいんだよ。ハチミツは私と一緒にいたくないの?」
それは…もちろん一緒にいたいよ。もっともっと、ご主人様と一緒に遊びたい。
「あ、大人しくなった。ハチミツは良い子だね。大丈夫だよ、最近の注射は痛くないようにできてるから」
ほんと?
「だからちょっぴり、頑張ってくれたら嬉しいな」
……わかった。ご主人様がそう言うなら。痛くないなら、ボク頑張ってみるよ。
「わかってくれたんだね。偉い、偉いよー」
優しく頭を撫でられる。大丈夫、ご主人様も痛くないって言ってたし、きっとへっちゃらだよ。
ボクは勇気を出して、診察室へと続く扉をくぐって行った。
………ご主人様の嘘つき――っ!とっても痛かったよ―――っ!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ちゃんと頑張れたね。偉いよハチミツ」
ツーン
「大好きなケーキ、買ってあげるからね」
ツーン
「……ハチミツ、いいかげん機嫌直して」
やだ。嘘つきなご主人様なんて嫌いだ。
病院を出た後、いつも遊んでいる公園に連れてきてもらったけど、ボクの機嫌は悪いまま。だって本当に痛かったんだもの。
「ハチミツ~」
困った様子のご主人様。そんな顔してもダメ。ボクは嘘をつかれて、とっても傷ついたんだから。
そんなわけでしばらくそっぽを向いていると。
「あれ、霞さん?それにハチミツも」
不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返るとそこには、前にこの公園で会った小学生の男の子の姿がある。
「あ、八雲くん。今日はお買い物?」
「はい。ところでハチミツはどうしたんですか?何だか機嫌悪いみたいですけど」
ボクの様子を見て首を傾げる男の子。聞いて聞いて、ご主人様ったら酷いんだよ。
「ええと、実はね…」
ボクが注射をした事を、男の子に話すご主人様。すると話を聞き終えた男の子は、そっとボクの頭を撫でてくれた。
「そうか、注射したのか。偉いねハチミツ」
うん、ボクは偉い。どうやらこの子はちゃんと、ボクの気持ちを分かってくれているみたい。と、思ったのも束の間。
「でもあんまりワガママ言って、霞さんを困らせたらダメだよ」
ええーっ!君はボクの味方じゃないのー⁉
クスンッ、クスンッ。もう知らない。ご主人様もこの子も大嫌い。
「あ、またそっぽ向いた。ハチミツ、ちゃんとこっちを向いて」
男の子はそう言うけど、ボクは振り向かない。すると今度はご主人様が、疲れたようにため息をついた。
「こんなに意固地になっちゃったのなら仕方がないなあ。八雲くん、もうハチミツのことなんて放っておいて、二人で遊ぼうか」
えっ?何を言い出すのご主人様?
「え、でも……あ、そういうことですか。そうですね。ワガママなハチミツは置いていっちゃいましょう」
ええっ⁉待って、置いて行かないで。
だけどご主人様も男の子もボクに背を向けて、だんだんと離れていく。ああ、行かないでご主人様。
いや待てよ。悪いのは嘘ついたご主人様なんだ。ボクは追いかけたりしないぞ。置いていかれたからってへっちゃらだもん。
「それじゃ、どこに行って遊ぶ?」
…へっちゃら…だもん。
「ハチミツも来れば良いのに。けど、あれじゃあ仕方がないか」
…平気…だよ。
「バイバイ、ハチミツ。元気で生きるんだよ」
…ご主人様がいなくたって大丈夫。大丈夫…なんだけど……
やっぱりダメ!置いていかないでご主人様!
ボクは駆け出して、ご主人様の後を追う。もうワガママなんて言わないから、連れていってご主人様!
ボクが側までやって来ると、ご主人様も男の子も足を止めて振り返る。そして…
「やっと来たね、偉いよ」
ワシャワシャと頭を撫でてくるご主人様。ごめんなさい。やっぱりボク、ご主人様の事を嫌いになんてなれないみたい。
「あ、しょんぼりしてて可愛い。ハチミツ、もうあまり迷惑かけちゃダメだよ」
うん、もうワガママ言わない。ご主人と男の子に代わる代わる撫でられながら、ボクは約束する。
注射は嫌い。嘘をつかれるのもヤダ。だけどご主人様のことは、やっぱり嫌いになんてなれないよ。だからボクはこれからもずっと、ご主人と一緒にいる。
「それじゃあハチミツの機嫌も直ったところで、ケーキを買いに行こうか」
歩き出した主人様と男の子の後を、ボクはテクテクと着いていく。
こんな風に、ボク達は時々喧嘩をする。ワガママを言って、ご主人様を困らせることもある。だけど、最後はちゃんと仲直りするよ。
だってやっぱりボクは、ご主人様のことが大好きだから。
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