お悩みの多いご主人様

 その日ご主人様は、学校から帰るなりすぐに自分の部屋に入って行っちゃった。いつもならリビングでボクに「ただいま」って言って、頭を撫でてから部屋に行くのに、いったいどうしちゃったんだろう?

 気になったボクはご主人様の部屋に行ってみた。頑張ってドアノブを回して中に入ると、ご主人様はベッドにうつ伏せになっている。どうしたのご主人様?お腹でも痛いの?

 近づいてみるとご主人様は、体をこっちに向けてきた。その表情は嬉しいようにも悲しいようにも見えなくて、何だかとっても複雑そう。


「…ハチミツ、聞いてくれる?」


 なになに?何でも聞くよ。


「私、好きだって言われちゃったの。言ってきた相手は…」


 続けてご主人様が口にしたのは、この前公園で遊んだ男の子の名前。うん、知ってるよ。あの男の子もボクと同じくらい、ご主人様の事が大好きなんだよね。

 好きなのはとっても良い事。だけどご主人様、それならどうしてそんな悩んだみたいな顔をするの?


「ハチミツ、私いったいどうしたら良いと思う?」


 そう言われても、ボクはご主人様がどうして悩んでいるのかが分からない。ご主人様だってあの男の子の事は好きだよね。好きって言ってもらったんだから、自分も好きって言えば良いじゃない。

 けれどご主人様は浮かない表情。どうやらご主人様の悩みというのは、ボクには少し難しいみたい。ボクは元気を出してほしくて「わん」って鳴いてみたけど、ご主人様の様子は変わらない。こんな時何もできないのって、悲しいなあ。



             ◆◇◆◇◆◇◆◇



 どうやらご主人様は時々、ボクにはよく分からない事で悩むみたい。

 実は最近のご主人様は元気が無い。何でも仲が良かった友達とケンカしちゃって、あんまり話せなくなっちゃったらしい。


「…どうしたら話を聞いてくれるかな?」


 しょんぼりした様子のご主人様。そんな姿を見ていると、ボクまでしょんぼりしてしまう。元気を出して、またいつもみたいに笑ってよ。


「どうしたの?慰めてくれるの?」


 すり寄ってきたボクを見て、ご主人様は少しだけ笑顔になる。喧嘩したのなら早く仲直りしなくちゃダメだよ。大丈夫、相手の子だってきっと仲直りしたいって思ってるよ。

 だって元々、二人は仲良しだったんでしょ。だったらご主人様の事、本当に嫌いになんてならないよ。


「ありがとうハチミツ、おかげで元気が出たよ」


 ボクの言いたい事が分かったかのように頷くご主人様。こういう時、寄り添うことしかできないのがもどかしいけど、上手くいくことを祈っているからね。

 それから数日後、ご主人様は無事に仲直りできたって教えてくれた。


「ゴメンねハチミツ、心配かけちゃって」


 全然平気だよ。ご主人様の為なら、ボクは何だってやるから。また悩みができちゃったら、その時は遠慮しないで相談してね。ボクは話を聞く事しかできないけど、きっとそれだけでも気持ちは楽になるはずだから。



             ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ボクはご主人様の事が大好き。いつまでもご主人様と一緒にいたいって思ってる。

 だけどボクは知ってるんだ。ご主人様は高校を卒業したら、遠くの学校に通うためにこの家を出て行かなくちゃいけないって事を。


「ハチミツと一緒にいられるのも、後少しかあ」


 寂しそうなご主人様。ボクもご主人様と会えなくなるのは寂しいけど、ご主人様が決めた事なんだから、行かないでなんてワガママは言わないぞ。その代わりご主人様が行っちゃうその日まで、いっぱいいっぱい遊ぼうね。


 それからご主人様は前にも増して、ボクと一緒にいてくれるようになった。実はこの頃になると少し歩いただけでも疲れるようになってて、前ほどお散歩も出来なくなっていたんだけど、それでもご主人様と一緒にいられる時間は楽しかった。


 いつもの公園に連れて行ってもらった時は、いつかの男の子がいて一緒に遊んだ。男の子は中学生になっていたけど、最初に会った時と変わらずにボクを可愛がってくれる。

 そう言えば、前にこの子に好きだって言われたってご主人様が言っていたけど、今でも仲良くやっているのかな?

 そう思ってご主人様と男の子を見てみたけど、二人とも笑っていてとっても仲良し。どうやら悩みは無くなっていたみたい。


「ハチミツったらご機嫌だね。尻尾ふってる」


 ボクは男の子とご主人様、二人とたくさん遊んだよ。ご主人様がもうすぐ遠くに行っちゃうのは寂しいけど、今はとっても楽しいや。


 やがて春が来て、ご主人様が家から出て行く日になった。


「行ってくるねハチミツ。良い子にしてるんだよ」


 そう言ったご主人様は、心なしか不安そう。今までとは違う場所で、しかも一人で暮らすらしいから、当り前だよね。だけどご主人様、元気を出して。


「くすぐったいよ。ガンバレって言いたいんだね。時々は帰ってくるから、その時はまた一緒に散歩に行こうね」


 うん。ご主人様が返ってきた時は、ボクいっぱい遊ぶ。

 そうしてご主人様は、住み慣れた家を出て行った。ご主人様は不安になったり悩んだりすることが多いから少し心配だけど、ボクは笑顔で見送ったよ。

 頑張ってねご主人様。ボクは何があっても、ご主人様の味方だからね。

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