お散歩に行こうご主人様
ボクがご主人様のお家に住むようになってから、いくつかの季節が過ぎた。
夏の暑い日はご主人様と一緒に扇風機の風に当たって、冬の寒い日はご主人様と体をくっつけ合ってホカホカになったりして。ボク達はいつでも仲良しだった。
そんなある日、ボクが日課であるお散歩に連れて行ってもらうのを楽しみに待っていたら、ご主人様とお母さんが何やらお話をしていた。
「でもねえ。アナタ一人でお散歩なんて、まだ早いんじゃないかなあ」
「そんなこと無いよ、私はもう小学生なんだから。一人でお散歩くらいできるもん」
どうしたんだろう、ケンカかな?ダメだよ、仲良くしなくちゃ。
ご主人様とお母さんはしばらくお話していたけど、やがてお母さんが納得したように息をついた。
「分かったわ。けど、車には気をつけるのよ。あと、知らない人には絶対について行かないこと。約束できる?」
「うんっ!行こう、ハチミツ!」
ご主人様はボクにリードをつけて、お散歩に行く準備をし始める。だけどお母さんが準備を始める気配は無い。もしかして今日は、二人でお散歩なのかな?
「ハチミツ、私がちゃんとお散歩してあげるからね」
ニコニコ笑顔のご主人様。どうやら思った通り、いつもはお母さんも一緒にお散歩に行くけど、どうやら今日はご主人様に任せるらしい。
お母さんは少し心配そうな顔をしているけど、安心して。ご主人様にはちゃんとボクが付いてるから。
ボクはご主人様に連れられて、玄関へと向かう。
「行ってきまーす」
「気をつけて行くのよー」
お母さんに見送られ、ボク達は家を出る。二人でお散歩なんて初めてだけど、大丈夫。いつも通りに動けば、危ない事なんて無いよ。
だけどそれは見通しが甘かった。最初は通り慣れた散歩道を歩いていたのだけど、分かれ道に差し掛かった時ご主人様が言ってきたのだ。
「そうだ。いつも同じ道ばかりじゃ、ハチミツもつまんないよね。今日はこっちの道に行ってみよう」
そう言ってご主人様が指さしたのは、ボクがまだ行ったことの無い知らない道。ダメだよ、知らない所に行ったら迷子になっちゃうよ。
「どうしたのハチミツ?ちゃんと歩かないとダメじゃない」
行っちゃダメだと踏ん張ったけど、ご主人様はリードを強く引っ張ってくる。仕方が無い、そんなにこっちの道に行きたいのなら、好きにさせてあげよう。もし迷ってもボクが匂いをたどって帰れば大丈夫だろうし。
「あ、大人しくなった。ハチミツはいい子だねー」
わしゃわしゃと頭を撫でてくれるご主人様。とっても良い気持ち、もっと撫でて。けれどまたすぐに歩き始める。
「行こうハチミツ。早くしないと日が暮れちゃうもの」
そうしてボクとご主人様は知らない道を歩いて行く。ボクは初めてみる景色にドキドキしていたけど、それはご主人様も同じだったみたい。途中で見つけたパン屋さんの前で立ち止まったり、木に咲いている花を見上げたりして、とっても楽しそう。
ふう、それにしても、今日は随分歩いた。見るとなんだか、ご主人様も疲れた様子。
「今日のお散歩はこれくらいにして、もう帰ろうか」
「わんっ!」
そうしてボク達は元来た道を引き返す。だけどしばらく歩いて分かれ道に差し掛かった時、ご主人様はピタリと足を止めた。
「あ、あれ?私達どっちから来たんだっけ?」
帰り道が分からなくなっちゃって、途端にオロオロし始めるご主人様。
ふっふっふ、でも大丈夫。こんな時の為にボクがいるんだから。匂いをたどれば、どっちから来たかなんてすぐに分かるんだ。ご主人様、ちょっとだけ待っててね。くんくん。
「ハチミツ、どうしたの?そうか、匂いをたどって帰るんだね」
ご主人様もボクの考えていることが分かったみたい。もうちょっとだけ待っててね。
「ハチミツ、まだ―?」
平気平気、後少しだから……よし、分かった!
「こっちに行けば良いんだね。ありがとうハチミツ。大好き!」
良かった。ご主人様が喜んでる。ボクも大好きだよ、ご主人様。さあ、お家に向かってレッツゴー!
……………
「……ハチミツ、ここどこ?」
あ、あれ?おかしいな。たしかにこっちだと思ったのに。だけど大丈夫だよ、もう一度匂いをたどれば……ああっ、分からなくなっちゃった。
ご主人様は泣きそうな顔でボクを見ている。
「ハチミツ~」
ああ、泣かないでご主人様。ボクが付いてるから。一人だと寂しいけど、ボクがいれば大丈夫でしょ。
ボクはご主人様を慰めるため、頭を押し当ててモフモフさせてあげる。ご主人様は何とか泣かずにすんだけど、やっぱり不安そう。
結局この日は日が暮れるまで知らない町をさ迷ったけど、おまわりさんに見つけてもらって、お家に連れて帰ってもらえたよ。
ご主人様はお母さんに怒られちゃって、今度こそ泣いちゃった。ボクは元気出してって涙を舐めてあげたよ。ご主人様は涙を拭きながら、「ありがとう」って言ってくれた。
ご主人様は時々こんな風に失敗しちゃう。ご主人様を悲しませないためには、ボクがしっかりしなくっちゃ。
今度から知らない道に行こうとした時は、ちゃんと止めてあげよう。だってボクは、泣いているご主人様を見たくはないから。
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