第6話「翌朝」
- Say hello to my fate - 6 -
「そうだな、まぁ、テレビは付けたまんまにして待ってろや。」
低くかすれた声で目が覚めた。辺りを見回して、昨日の出来事を思い出す。
夢かどうか、なんて考えもしなかった。ただ、こんな大災害の中でも、日は昇るし、鳥は飛ぶみたいだ。
はっきりしない視界の中、携帯を開いた。電波で狂っていなければ、朝の九時だ。予想以上に眠ってしまったらしい。
起き上がって、ゆっくり背を伸ばす。すがすがしいとはお世辞にも言えない状況ではあるが、まだ死臭もしないし、安心だ。
「ひょっとしたら…ヒト以外の動物はみんな生きてんのかもね。」
スタスタとコーヒーを持って歩いて来る竹内に問いかけた。彼はカップを置くと、ピースサインを立てて俺にこう言った。
「お知らせが二つ、あンぞ。」
表情が少し緩んでいるから、悪い知らせではないだろう。座って次の言葉を待った。
「日が昇った頃に無線が繋がってな、坂本っつー相模原南警察署の警官が出たよ。」
俺の胸が跳ねた。――生存者が、他にもいただって!
「相模原市内の四人の生存者を保護してるそうだ。他にも鶴見、旭、戸部、厚木、藤沢北の警官と繋がったみてェだ。それぞれ何人か保護してるってよ。」
「やるじゃんおまわり!」
「竹内だ。」
彼は新しいソフト(恐らく、店内の自販機から出したんだろう)の封をあけながら、ぶっきらぼうに言った。
ブラックのまま頂いたコーヒーを冷ましていると、横から声がした。柚佳が、寝ぼけ眼で起き上がったのだ。
「んーー…朝になったんだね。」
あれからまた寝たみたいだ。俺は声をかける。先ほどのお知らせで、気分は晴れやかだった。
「おはよう。」
「おはよ…、せんがんさせて、せんがん…。」
彼女が目を擦りながら立ち上がる。そういえば、朝は苦手なんだっけ。
「っておい!」
俺は立ち上がった。そっちは、死体の山だったはずだ。
止めようと一歩踏み出したら、竹内に腕を掴まれた。彼は口からカップを離すと、こっちを見ずに言った。
「お前が寝てる間にすべて、外に出しておいた。どうやら、あいつら腐敗しねェみたいだぜ。」
――俺がグースカ寝てる間に、そんなに仕事してくれたのか。
「ああ、ありがとう。…そういえば。」
忘れていた。
「二つ目のお知らせとは?」
グラッと短く揺れる。余震はどうやら、まだ続いているみたいだ。しかし、気になる程ではない。
ああ…と、彼は持ってきた灰皿にタバコを置いた。そのまま、後ろを振り向く。
「あの電波ちゃんが、またミョーなことを届けてきてくれたぞ。」
俺は急いで立ち上がり、ヴォリュームを上げるべく、モニターへと歩き出した。
『こんにちは、神奈川の皆さん。わたしは、占星術師ホーラスです。』
同じような挨拶が流れた。昨日と同じ格好だ。
『不安な夜を過ごされた方もいらっしゃるでしょう、ご迷惑をおかけしています。』
「被災者にしては随分恵まれてるモンなァ、オレ達は。」
竹内が後ろから声をかけてきた。シッと、俺は口に人差し指を立てた。
『本日は皆様にお知らせがございます。残念ながらわたしの力が足りませんでした故、いくつかの"持つ者"達が生き残ってしまったようです。』
俺の胸が跳ねた。思わず、柚佳――がいるであろう、キッチンへの入り口――を見やってしまった。
そこから竹内へ視線を向ける。彼はない、ないと手をぱたぱた振った。
『幸いにもわたしの優秀な同志達のおかげで、彼らを一つの場所へと"隔離"することに成功いたしました。』
モニターに別の映像が映し出された。そこに映ったのは、果てしなく広い部屋――恐らく、屋内の倉庫だ。
窓は一切見えないが、分厚い扉らしき物がいくつか見えるから、もしかしたら冷蔵倉庫かもしれない。
カメラの視点がパッ、パッと短い間隔で変わる。そこには、戸惑う人々が映し出されていた。ざっと見ただけでも三~四十人はいるだろう。
そしてカメラが倉庫の一隅を映し出したとき、俺は思わず声をあげてしまった。
車椅子に座ってうつむく、黒いショートボブの女の子。
俺はその子に見覚えがあった。とても、とても身近にいる子だ。
「生きて――」
名前を彩乃、という、俺と付き合っている子だった。
思わず名前を叫んでしまいそうになる。が、そんな事に意味はないのは明白だった。レジスターに拳を叩きつける。
「金はいらねェぞー。」
「うるせえ!」
振り向きながら叫ぶ。竹内は黙ったまま、モニターの方を二度指差す。俺は振り返った。
モニターの中ではホーラスが手を広げている。かすかに見える口元がニヤリとしている気がして、ひどく腹が立った。
『みなさまに被害をもたらす者たちはこの通り、集めておきました。只今、呪いを東京に発動させる準備をしております。しばらくお待ちください。』
映像はそう言ってブラックアウトしていった。――どうする、どうする!?俺は下を向いて考えた。
「…彼女がいたのか?」
いつの間にか後ろに、竹内が立っていた。俺は黙ってうなずいた。
柚佳に聞かせない為かは知らないが、聞き取るのがやっとな程の小さな声で問いかけてくる。
「そうか。で、お前はどうすンだ?」
「どうするって、行かなきゃなんねーだろ。」
あそこへ行って、彩乃を助ける。それが、使命のように至極当たり前に感じていた。
「あいつは、一人じゃ歩くこともできない。仮にあいつらが脱出できたとしても、誰かが引っ張ってやんなきゃ!」
俺は竹内に詰め寄った。同時に、胸に何か硬いものがぶつかる。――拳銃だ。
「…!」
言葉が出ない。何より、彼がどうしてしまったのかわからない。
心臓が強く打つ。ホーラスの映像がリピートしていたが、その言葉が耳に入ってこない。
彼がゆっくりと口を開いた。
「ひとりで行こうと思ったな?」
銃身をひねる。撃たれていないのに、胸に痛みを感じる。
「あいつは…俺の彼女だからね…。」
かろうじて言葉を搾り出し、彼を睨んだ。きっと彼は俺を殺さない、何故かそう思ったからだ。
次の瞬間、強い衝撃とともに、俺の視界が暗転した。
体中に痛みを感じる。視界が定まった。胡坐を掻いて起き上がる。頬がすごく痛い――殴り飛ばされたのか。
ゆっくりと体を起こす。竹内が目の前に座り込んでいた。
銃身がこめかみに押し当てられる。
「まだひとりで何とかしようとか思ってンのか?」
頬がヒリヒリする。血の味がした。口の中が切れたようだ。
それでも痛みに耐えながら、俺は彼をじっと見た。
「こんな大災害を起こした時点で、あの女は重大犯罪者なんだよ。てめェは黙っておまわりを連れていきゃいい。」
何故か胸が苦しくなった。…そうか、みんなで、やればいいのか。
これは俺と彩乃だけの問題じゃない。大災害の名を借りた『大虐殺』なのだ。
さらに口を開こうとした竹内の顔が、ごつっという音とともに歪んだ。
「なーにやってんの!」
俺と竹内が同時に声の方を見る。洗顔を終えたすっぴん(薄化粧だから、ほとんど変わらない)の柚佳が、灰皿を握りながら仁王立ちしていた。
ちっと舌打ちをして彼は立ち上がると、ため息をついて席へと戻っていった。
「ちょっとだいじょうぶなの?口ん中真っ赤だよー?」
彼女が座り込んで俺に寄ってくる。だいじょうぶ、と手を出して止めた。
「あの人は悪くないよ。ちょっと口をすすげば大丈夫だ。」
俺はゆっくりと立ち上がって、遠くに座る竹内に向かって叫んだ。
「悪かった!助けてくれると、うれしいんだけど。」
彼は座ったまま、腕を挙げてひらひらと掌を振った。俺は一つ、ため息をつく。
口の中の不快感は、五~六回のすすぎと共に消えていった。痛みも、もうない。
「う~~~ん、それは彼女さんを助けないと、いけないね?」
誤解の解けた柚佳が横の席で、手を組んで背伸びをした。
「ああ、出来ればすぐにでも行きたい――はい、すいません、一人じゃいかないよ。」
竹内と柚佳が同時に睨んできたので、俺は急かすのをやめた。
相変わらず外の音はしない。もうすぐ昼になるが、車も人も、通る気配は全く無かった。
彩乃達を殺さずに隔離したってことは、少なくとも生かしてはくれるんだろう。だが、ホーラスの呪いの目的と矛盾している所が気になった。
「どっちにしろ、あんなことほざいてる女のトコには置けねェよな。さて、居場所がわかればな――」
「ホーラスをとっつかまえて、直接聞けばいいんだよー!」
柚佳がモニターを指差しながら言う。どこか面白がっているトーンだが、外は死体の山なのをお忘れなのだろうか?
「しばらくやつの放送に注意しとけ。オレは生き残った奴らと一旦、合流して来るよ。」
そう言うと竹内は立ち上がった。ポケットから、拳銃を一つ取り出して、テーブルの上に置く。
「こいつはお前が使え。交番から、一番軽い奴を持ってきた。変なのに盗まれてなくてよかったぜ。…ロックは解除できるんだもんな?」
俺は黙って左手でその銃を掴む。少し長めの耳鳴りが抜けた後、カチャっという音がした。柚佳が不思議そうな顔をして、俺の手の周りを眺めた。目が皿になっている。
「超能力…なぁ…。そんなんあったらオレの人生も楽しかっただろうな。」
苦笑いを浮かべて竹内が見下ろしてくる。しかし、眠りこけている間に、彼は交番から武器を頂戴し、彼女のために死体まで移動したと言うのか。
「おみそれしました。ほんとにあんたは立派な警官だ。」
俺は素直に頭を下げた。柚佳もバンバンと、彼の背中を叩いている。彼女はあまり容赦しない。
ところが、立ち上がって席に戻ろうとした彼女の体が、突然グラリと揺れた。
「おわっ――」
慌てて俺は腕を掴む。ふぅと一つ息を付いて、彼女はテーブルに手をついた。
「だめだ…。」
彼女の言葉に俺は立ち上がった。――まさか、異変が!?
「ユータごめん…髪どめ…髪どめのゴム持ってきてー…体のバランスが取れない…。」
立ち上がったはずの竹内が、ドカッと席についた。
「ふっかーーーつ!」
自慢の大きなサイドテールを作ると、彼女は意気揚々と立ち上がった。
「さあ、情報をあつめにいこー!」
俺は竹内を目を合わせて、ため息をついた。数秒の沈黙の後、立ち上がる。
「さて…出来れば平塚支局に直接行ってみたいんだけど。」
去年の夏のこと、あのチャンネルのテレビ局が、隣町に支局をオープンした。
それ以来、地域密着を謳ってエリア毎に個別に放送を行っているのだ。つまり(録画だろうが)彼女が居るあの場所は、平塚の支局ということになる。
「バカか、危なすぎるだろそれは。」
「そーだよー、さすがにあぶないよー。」
ようやく訪れた春の日差しが、ガレキの街を照らしている。
頼れる仲間は少ない。一刻も早く、彩乃を医療施設へ連れていきたかった。
「あそこにいるのは俺の彼女なんだ。俺は今までこんなクズみたいな生活を送ってきた。でも、もし――もしそれでも希望を持って生きてきたとしたら、それはあいつの存在があったからだ。あいつが、俺の希望だ。」
おぉぉと柚佳が叫んで、こっちを見てきた。竹内もまた、手を止めてこっちを見ている。――この状況だと、全然クサいセリフじゃないと思うんだけどな。
「あたしの元カレもそんくらい、男気があればよかったのになー。」
「…拳銃は両手で撃てよ。照準とか気にしてる余裕はねェだろうから、当たればラッキーだ。いいな?」
「柚佳は、どうすんの?」
竹内と一緒に引き金を引く練習をしながら、俺は柚佳に問いかける。就活生の彼女は、自分の力量を十分に理解していた。
「んー…あたしはどっちかについてったほうがいいかな。ここよりも安全だと思うしね。」
「雄太についていくのがいいんじゃねェか?向こうにガラの良い連中が集まってるとも限らねェ。というかそう思えねェからな。」
即席の講習を終えた竹内が、拳銃をポケットにしまいながら言った。ようやく彼も俺を名前で呼び始めたようだ。
「そうだな。よし、柚佳、手伝い頼むわ。」
まさかテレビ局に冷蔵倉庫はないだろう。ただ、彩乃の手がかりならある気がした。
もし、ホーラスが居たら問い詰めよう。この世界のこと、そして、あいつ本人のことを。
「でもさ~~、」
柚佳が口を開く。
「向こうは女の子だよ?こんな状況で、一人でいるとはどうしても思えないんだよね~…。」
実に同感だ。モニターに映る彼女があの細い腕二つで世界をまとめ上げられるとは思えなかった。
「SPみたいなやつがいると思うか?」
竹内が立ったまま、タバコに火をつける。
「割とあの辺りには、危ないヒト多いからなぁ。」
「確かに平塚駅周辺の治安はなかなか良いとは言えねェが…どっちにしろ今は"呪われた"世界だ。生き残っているようなヤツは、SPなんかしねェだろ。」
二人のやりとりを聞きながら、俺はお花畑なことを考えていた。自分でも何を考えているのかわからない、が、言わずにはいられなかった。
「相手は俺達に"呪い"をかけられる電波ちゃんだぞ。洗脳とか、服従とかがあってもおかしくはない。」
「…。」
一蹴されるかと思ったが、予想に反して空気は静まり返ってしまった。
「じゃ、何か見つけたらすぐに戻って来い。待ち合わせ場所はここだが、必ず帰ってきたら全ての部屋をチェックしろ。」
絶対に一人で入り込むな、と竹内が廊下を歩きながら俺に忠告する。外で、また鳥の集団が羽ばたいた。
「うん。あんたもあんま無茶するなよ。心配だから。」
「俺は警察の人間だぜ。訓練されてないお前らとは、違ェんだよ。」
俺の心配はその言葉で呆れへと変わった。訓練の成果は、こんな所で発揮できるものなのだろうか。
「ギャンブルとタバコで四十路を迎えるクセに何言ってんだかー!」
そう罵る柚佳の顔と声は昨日とはうってかわって、いつもの温和な色を取り戻していた。
日差しが強い。初夏の陽気を感じながら、俺はホーラスについて考えた。
――彼女は理解不能な能力が使える。対抗する術は、あるのか?
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