第2話「惨状」
- Say hello to my fate - 2 -
余震を感じながら、俺は嗚咽をこらえていた。ガリッと歯を擦り合わせる音がする。
目の前に脈の止まった家族が居る。父も、母も、妹も動かない。
午後九時になりそうな街には、まだたくさんの車があったが、どれからも人が出てくる気配はない。
最も、倒れた街路樹や信号、巻き起こる砂埃で、視界は非常に悪かったから、「見えない」と言ったほうが正しいのかも知れない。
一体この街は、どうなっているんだ?
ひとりきり顔を濡らした涙を拭って車の外に出ようとしたが、ドアが開かない。ロックが壊れてしまったようだ。
これは想定内の事で、別に焦りはしない。普通はバールでも使って窓を割るのだろうが、俺にはその必要はないからだ。例え、車ごと海の中に転落してしまったとしても。
手を伸ばして、左手をドアロックを包み込むように当てた。――刹那、耳鳴りが走り抜ける。
この感覚にももう慣れた。カチャッと音がしたのを聞いて、ドアを力いっぱい開けた。
外に出た瞬間の余震で、少しふらつく。同時に、こんな状況下でも発動する<これ>に少し安心した。
足元を確かめてから、俺は一番近くに見える車に向かって駆け出した。
俺は、昔から一つ、超能力が使える。
テレパシーとかサイコキネシスとか、そういった類のものじゃない。
ただ、どんな錠でも開けられる能力。――どんな錠でも、とは言い切れないが、今まで試して開けられなかったものは無い。
鍵付き日記から引き出し、他人のマンションのオートロックまで一通りの「錠」は制覇した。
それらにこの左手を当てると、一瞬の耳鳴りの後、魔法のように錠はひとりでに開くのだ。
この能力にはじめて気付いたのは俺がまだ小学生で、やんちゃを働いて親父に締め出された時だった。
あの時の両親の呆気に取られた顔を今でも覚えている。が、俺は友人にも家族にも、この能力は内緒にしていた。
出来るだけ「公平に」人と付き合っていきたかったのだ。
能力の事が知られたら、その瞬間から俺と俺の周りの人は「公平」ではなくなってしまう。
そんな能力でさえ、この大災害の前では無力に等しかった。
一番近くの車の中には人は乗っていなかった。
窓が空いたままだから、どこかへ吹っ飛ばされたのかもしれない。
砂埃の収まり始めた周りを見渡すと、植え込みを越えたアスファルトに、女の人が転がっているのが見えた。
窓と同じ方向に吹っ飛んでいるし、近くに人は倒れてない。恐らくこの車のドライバーだろう。
駆け寄って言葉をかけるが、反応はない。
首筋に手を当てて脈をはかっても、家族と同じ結果だった。
よく見ると頭から血を流していて、思わず顔を逸らしてしまう。冷静になると吐きそうだった。
この調子では、目の前に倒れている人すべて、ダメかもしれない。人すべて、でハッと思い出した。従兄妹達は、じいちゃんは無事なのか?
ここから斎場はやや遠いが、徒歩で行けない距離じゃない。女性の手を重ねて一つ拝むと、立ち上がった。
四月の夜の冷たい風が、俺にぶつかって遊んでいる。お前達には影響はないのか?
「く…!」
思わず声が漏れてしまった。余震は収まりつつある。
斎場は仏具やらテーブルの食べ物がそこら中に撒き散らされ、廃墟のようだった。
まだ建物が無事なだけ、まともなのかもしれない。
ここまでくる途中で、何人もの人から目を逸らしてきた。
動いてる人はもちろん居なかったし、街はすごく静かだった。
目の前の景色も例外ではなく、先ほどまで笑いながら食事を楽しんでいた従兄妹や伯父・伯母達は皆、倒れたまま動かなかった。
「うっ…。ん?」
いきなり目の前にたくさんの"死"を見せ付けられても、まともに向き合えない。
今は何かを考え続けることしか、思考を保つ術がないのだ。
歩きながら一人一人を確かめてまわるうち、俺は妙なことに気が付いた。それも二つだ。
一つ目、何故みんながみんな即死状態なのか。
地震が止んだ時既に、俺の家族は皆…考えたくないが…もう、生きていなかった。
それから外に出て最初の人を見つけるまで、数分かかっていなかったはずだ。
その後もここに来るまで、すべての人が決まって、脈も動かず、呼吸もしていない。
無論、ここにいる親戚も共通して…そう、既に…死んでいる。地震が起きてから恐らく、立っていて三十分だろう。
その短時間で「全員が」死亡状態というのは、どう考えてもおかしい。
二つ目、これもおおよそ七割くらいの人に共通していた現象なのだが、心臓を押さえたまま死んでいる人の数が多すぎる。
地震が起きたら普通は頭を押さえるかして、小さくなるように倒れていそうなものだが。
一体、何が起きているんだ?さっきとは別の意味で、俺は思い返していた。
とにかく動かないと俺の気が狂ってしまう。斎場を出て、家があるだろう方向へと、俺は道路の真ん中を走り出した。
友達をひとりひとり尋ねてまわれば、もしかしたら!
甘かった。
能力をかつて無いほど連打して、汗だくになりながら知ってる限りの友人の家をまわった。
だが、その友人も家族も、この目に見えた者はみんな同じ状況だった。そして俺は確信した。
「やっぱ、何かがおかしい。」
大地震でこれほど多くの犠牲が、こんな短時間で出るなどありえない。
倒壊した建物ならまだしも、人の足が入れる所だけでこれだけの犠牲が出るはずがないのだ。
一番多い死因は圧死、次に火災によるものだと学校で教わった。教わったということは、前例がそうだと言っているということだ。
震源地がここなのか、どれだけの規模でこの現象が起きているのかはわからない。
携帯電話にも電波は入らない。一応使ってみたが、電話もメールもだめだった。
無事だった自分のマンションの玄関をくぐろうとしたとき、俺は思い出した。
――無事を確かめなくてはいけない人がいる!
目の前の状況に振り回されすぎて、後回しになってしまった。
俺と同い歳の彼女は、二年前に事故に巻き込まれ、入院生活を送っている。
脳挫傷を負って運動能力障害があるから、一人では脱出できない。
いや、そもそも、彼女まで死んでしまっていたら…?
急いで近くにある病院へと走り出した。頼む、生きていて…お前だけは生きていてくれ!
うまく体を動かせなくても、彼女はきちんと俺の心を繋ぎとめていた。
こんなクズの俺が生きてきているのも、彼女の存在があってのことかもしれない。
「失うわけには…いかないっ!」
徒歩十分程度の道、走ればものの三、四分でつくだろう。
隣の市から走ってきたから、この短時間で七キロは走っている推測になるが、そんなものは気にならない。
地震から、月の位置がだいぶ変わってしまっている。
家族も、親戚も、友人も、みんな死んだ。その事を受け入れきれないまま、俺は今、走っている。
なぜなら、それしか出来ないからだ。一刻も早く、病院へと辿り着かなければ!
俺は今、ひどい絶望を味わっている。
目の前にあるのは、かつて病院があったであろう土地だ。
そう、一番安全であるはずの建物が、目の前に無い。正確には、瓦礫の塊が積んであった。
その場に膝をついてしまう。地震が起きてからはじめて、俺の足が止まった気がする。
「うそ…だろ…?」
暴れる風が寒い。立ち止まって、ようやく四月の気候を再確認した。
溢れる涙を抑えることが出来なかった。俺は、再び叫んでしまっていた。
身近な人の死を、次々に思い出していった。頭の中が砕けてなくなりそうになる。
余震は今は感じない。ただ、悲しみが深すぎて気付かないだけかもしれない。
このままここで、眠り続けてやろうか。どうせ世界は終わっている。
(おい!)
俺の涙が一瞬止まった。声…か…?
慌てて立ち上がり、涙を袖でぬぐった。
「おい!聞こえるか!」
振り返ると、背後の下り坂を、一人の男が降りてくるのが見えた。
警察の制服を着ているが、帽子はかぶっていない。思わず少し身構えてしまう。
その男は驚いたような顔をして、それから一息つき、俺に手帳を見せてくれた。
「お…まわりさん…?」
「無事か?」
男は俺の背中を叩くとまず、自分のコートを俺に着せてくれた。
やはり七部袖の薄手のパーカーでは寒すぎたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます