第11話「ウソっぽいんだよ!」
第十一話「ウソっぽいんだよ!」
「よう、早かったじゃねぇか」
「
暫く裏路地で
ーー
痩けた面長な輪郭に鋭く光る刃物のような眼光、そしていつも不機嫌そうなへの字に固定された薄い唇が特徴の男だ。
「……」
そして、先ほどまで偉そうにしていた
「相手はボクサーだったんだろ?」
「いえ、ボクサー崩れですよ」
俺は、ふんと満足そうに鼻を鳴らす
ーーそうか、今日は集金の日か……
俺は
「
俺が少しばかり考えていると、
「はい、
そう答えて
「おう!」
「じゃあ、俺は、後始末をしてきますので……」
「いや、いい、それは軽部と小池にでもさせとけ、
「……」
受けて俺も無言で頷く。
俺の”勤労以外のやる事”……
寝る事とあと一つ……
ーーガチャ
俺は直ぐにロッカールームに向かい、自身のロッカーを開いて、制服を取り出す。
ロッカールーム……俺が唯一我が儘を言って使わせてもらっている設備だ。
本来なら俺なんかは事務所のその辺で着替えるのが当然だが、俺は
理由は……まあ言わずもがなだが……。
俺の胸の傷……いや、胸だけじゃ無い、服を着ていると見えないところにある無数の古傷。
普段、世間からわかりにくいところに刻まれた傷は、簡単に言ってしまえば虐待の後だ。
満足に抵抗できない子供の時に刻まれた傷……信じていた者に刻まれた傷……。
未だにそれを他人に見られたく無いのは何故だろう?
ーーこんなに拒否反応が出るのは?
傷跡が酷すぎて
無力なかつての自分を思い知らされるから……
かわいそうねって無責任な同情されるから……
他人に……両親を悪く言われるから……
ーー最後は無いな……
そして、あとはどれも正解だろうな……
ーーちっぽけなプライド……くだらねぇ
ーーガサッ
「!」
乾いた音の後、俺のロッカーの奥から床に何かがヒラリと舞い落ちた。
ーーこれは?ああ、入学式の時の……
すぐに俺はそれが何かを思い出した。
もうかれこれ二ヶ月以上前の事だ。
入学式の日に出会った少女、彼女が落とした勧誘のビラを一枚、密かにくすねた俺は、その夜のバイト先であったこの場所に放り込んで忘れてしまっていたのだった。
「…………」
同時にその少女、
「……だから、ウソっぽいんだよ」
俺は、おもむろにそれを拾い上げていた。
ーー
部活勧誘のビラにはそう書かれていた。
「……
ーー”
かつて、
また、
……まあまあ有名な故事だ。
確かに、苦労して勉学に励んで、後に
「…………」
しかし、何故だか本来の意味である”
ーーほたるとゆき……
ーーその
「
俺の瞳は、もう一度冷めた色でその文字を追い呟いていた。
ーー再びバー”
「おい、これって、一昨年までライト級日本チャンピオンだった……
「マジか!あの
「よっと、あのガキ、
「っ!あ、なんだ?」
倒れている男を二人がかりで担ぎ上げながら無駄話を始める二人。
「七年前に……なんて言ったか、関西の何とかって言う
「
「たしか、親が騙されて、えらい借金を作った上に飛んじまったらしいな」
「それであのガキが、借金の形に?時代劇かよっ!」
「詳しい経緯までは知らんが、
「それで、あの歳でこんな仕事をしてんのか、それって
「子飼い?そんな上等なご身分かよ……
「おもちゃ?」
「十歳にもならないガキの頃から、結構やばいヤマを手伝わせたりしてるが、機嫌の悪いときはいつもサンドバッグだし……」
「マジかよ……
「……まぁ、機嫌の良いときでも結構サンドバッグだけどな」
「ぷっ!くはははっ!」
下品な笑みを浮かべながら、くだらない言い回しで落ちをつける
ーードサッ
裏通りの路地、その更に奥まった場所に投げ捨てられる意識のない男。
「
ひと仕事終え、再び
「……ん、ああ、ほんと怖い人だよ」
路地の奥に移動させられた意識のない男の傍らで、愛用のタバコに火を付けながら、
「いや、
意図が違うとばかりに頭を軽く振り、
「……まったくだな」
二人は冗談とも本気ともとれる表情で
ーーザザザッ
ーーザザッ
ーーそして、暫くして闇の中から数人の小汚い男達が現れる。
「おう、いつも通り適当なところに運んどけ!その代わりコイツの所持品は好きにしていいぞ」
ーー!!
ーー!?
ジメジメとした暗闇の中、未だ意識の戻らない哀れな男に、目だけが爛々と光る有象無象が、まるで死骸にたかる蟻のように群がっていった。
第十一話「ウソっぽいんだよ!」END
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