第10話「過去も、現在(いま)も無い世界」

 第十話「過去も、現在いまも無い世界」


 ーー繁華街、裏通り。


 「てめぇが、俺の相手だと?ふざけんな!ガキじゃねぇか!」


 バー”SEPIAセピア”店舗の裏口に乱雑に並べられた酒類のコンテナとゴミ箱……店舗内の華やかさとは真逆の暗黒街で男が威勢良く吠えた。


 「お客様、私どもは別に事を荒立てるつもりはありません、正規の料金さえ支払って頂ければ……」


 怒鳴り声と執拗なガンつけで威嚇してくる人相の悪い男を相手に、マニュアル通り対応する俺、折山おりやま 朔太郎さくたろう


 森永もりながという、光沢パープルのサテン生地スーツを着こなす、中々悪趣味ハイセンスな小太りサングラス男の指示に従って裏口から外に出た俺は、一人のやさぐれた男と対峙していた。


 「舐めてんのかぁガキ!何が正規の料金だ、ボリやがって!ちょっと飲んだだけで十五万だと!誰が払うか!」


 興奮して俺に掴みかかる寸前の男に俺は……


 「っ?!」


 相手を制するようにスッと右手を差し出した。


 別段、敵対行動を取ったわけでは無い。


 ただ普通に、詰め寄る男の顔前がんぜんに、右手の平を上に向けて差し出しただけ。


 ーーただそれだけの行為だ


 「…………」


 だが、男は面食らった多少顔をした後、警戒した面持ちで此方を覗っているようだ。


 ーー勝手にピリつくなよ……たく……面倒臭い


 「えっと、俺も忙しいんで……お客さん、払った方が良いとおもうけどなぁ」


 平和裏に問題を解決しようとする無害な俺に対して、無用な警戒と敵対心を向けてくる相手に俺は面倒臭……友好的だと示すため、一転して砕けた言葉使いで支払いを促してみる。


 「このガキが!俺が誰だか分かってんのか?俺は元日本ライト級チャ……」


 「あんたさぁ、こんなトコにいるのに何でそんな熱くなってんの?」


 俺は相手の言葉を遮っていた。


 無意識だった……もう付き合いきれない。


 ーー俺のクソッタレな時間でも一応限りは有るんだよ!ウダウダ付き合ってられるか、くだらねぇ……


 「……はぁ?ガキ、なに言ってんだ、コラァッ!……」


 ーー頭悪いなこいつ……


 俺はこれ見よがしに、ため息をつきながら、差し出した手を降ろしていた。


 「だから、失敗したんだろあんたの人生、で、こんな闇に居るのになんで人並みに不平を言ってるのかって聞いたんだよ」


 ーータイムリミットだ、サービスタイム終了……


 「!て、てめえ、俺が人並みじゃ無いとでもいうのか!」


 「違うって……ああ、あんま違わないか?」


 そんなことを考えながらも、すこぶる”状況分析能力皆無のあたまのわるい”相手に、俺は困ったように頭を掻くが、もう一方の拳には、既に力を通わせていた。


 ーーこの男は気づいてないのか?


 ーー何かに失敗して、何かに裏切られて、何かに……


 ーーまぁ、何でもいいや


 ーーとにかく、自分で望んだかそうじゃないかは関係ない、イヤになって逃げ込んだ底辺の世界で生きる同種の人間


 ーー案外、居心地良いかもしれない世界だよなぁ……


 ーーここに居れば何も考えなくて良い、借金に追われて日々の生活を過ごすのが精一杯、過去に何があったとか、未来に何があるかとか関係ない


 ーーここにはそれが無い……あるのは生きることだけに執着する”現在いま”だけ


 ーーいや、ちょっと違うか?……その”現在いま”だってスカスカだ


 ーー日々の生活を過ごすのが精一杯、生きることだけに執着する”現在いま”は……


 ーー未来きぼうの糧にならない”現在いま”は……無いのと同じだ


 「…………」


 ーーだから、賤陋せんろうおりやま 朔太郎さくたろうは考察する


 ーー過去の恨みも、現在いまの不満も無い世界……この男はそこに居ることを、そんな人間はそこにしか居場所が無い事を解っていないのだろうかと?


 「なに、ぼーっとしてんだよ!ガキが!」


 ボクサースタイルで拳を構えた男は怒りに真っ赤に顔を染め、既に襲い掛かってきていた。


 ーーバキッ

 ーードカッ




 ーー

 ーで、結果発表!


 実際、戦闘はほんの数秒で終了していた。



 「ああ、月が蒼いな……」


 少しだけ熱くなった自身からだを正気に戻すように、軽く左右に首を振る。


 そうして、俺は拳の力を解いて足下に倒れた男を見下ろしていた。


 ーーあの女は……


 ーー守居かみい てるという女は、なんであっち側にとどまっているんだろう?


 ーーこの男も、俺も、……あの女も……同じなのに


 ーーそもそも、なんで西島にしじま かおるは俺をあっちの世界に……



 そうして、だらしなく意識を失った、嘗て栄光と喝采の中心にいたであろう英雄の間抜けづらを見下ろして、俺はお決まりを呟いていた。


「……くだらねぇ……」



ーー

ーー


 ーーバタン!


 永伏ながふし 剛士たけしは乱暴にドアを閉めて部屋を出た。


 ーー天都原あまつはら学園生徒会室前。


 「その顔だとー、話し合いはもう済んだのかしらー?」


 生徒会室を出た永伏ながふしの横には、彼の見知った女が立っていた。


 「……」


 壁にもたれかかり腕を組んで永伏ながふしを眺める女は、多分わざとだろう”話し合い”の部分を殊更強調して尋ねて来る。


 長い髪を後ろで束ねた、化粧っ気の薄い成人女性だ。


 「……てめえは、いつも時間にルーズだな」


 「あらぁ、たけちゃんが真面目過ぎるんじゃ無いのー?」


 誰の目からも、品行方正とか真面目とかとは、ほど遠いイメージの男を捕まえて、そう言って笑う女。


 「くだらねえ事ほざいてないで帰れよ凛子りんこ、ガキ共には話はしといた、この役立たずが!」


 自身が凛子りんこと呼ぶ女の指摘が居心地悪いのか、永伏ながふしは女を邪険に扱う。


 ーーしい 凛子りんこ


 彼女もまた六神道の家の一人だった。


 「半年ぶりくらいなのにご挨拶ねー……いいわ、じゃあ、真理奈まりなちゃん帰りましょうかー」


 彼の言葉にこれと言って腹立たしい感情を覚えているふうでもない彼女だが、素っ気ない態度には素っ気ない態度で返す主義のようだ。


 「!、ちょっとまて、東外とがおまえなんで凛子りんこと?」


 少し慌てて、永伏ながふし凛子りんこを引き留める、いや、この場合、彼女と一緒にいる制服姿の少女を引き留めたと言った方が正しい。


 「……あ、はい……えっと」


 天都原あまつはら学園指定の制服を着用した少女。


 淡いピンク色の薄いカーディガンを羽織った下は、薄いグレーのセーラー服と膝までの清楚なプリーツスカート、パールブルーのタイは一年生の女子ということを示している。


 利発そうで静かな瞳と、控えめな薄い唇。


 前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの髪型は、清潔で生真面目な印象を受けるが、毛先を軽くワンカールしている辺り、オシャレにも気を遣っている最近の女子高生という感じだ。


 制服姿の真面目そうな少女は短く返事した後、やや、動揺した表情で立ち尽くしていた。


 「そこで偶然会ったのよー、なんだか、あなたに報告があるとか聞いたような気がするけどぉ……そういうことなら帰りましょうー、さあ、真理奈まりなちゃん」


 傍らの戸惑う少女を促して、さっさと帰ろうとする凛子りんこ


 「何言ってんだアホ、てめえだけ帰れ、こっちは仕事なんだよ!」


 「り、凛子りんこさん、困ります……永伏ながふしさんに頼まれていた件の報告もありますので……」


 永伏ながふし 剛士たけし東外とが 真理奈まりなという少女はそろって凛子りんこに反論していた。


 「なぁによー、二人そろってー!」


 途端にしい 凛子りんこは子供のように拗ねた顔をする。


 真理奈まりなは困った顔で凛子りんこを見た後、永伏ながふしに改めて向き直った。


 「例の準備は永伏ながふしさんの指示通り整っています、明日には動き出すかと」


 その報告に満足そうに口の端を上げる男。


 「そうか、岩家いわいえの情報といい、おまえは奴らと違って優秀だな」


 永伏ながふしの言葉に、平静を装いつつも、満更でも無いような笑みがこぼれてしまっている少女。


 東外とが 真理奈まりなという少女は、意外と単純なところがあるのかもしれない。


 「うわぁ、なんだか知らないけど悪い顔してるわー、たけちゃん」


 口に出した言葉とは反対に、しい 凛子りんこは二人を交互に眺めながら、楽しそうに笑っていた。


 「あと、一つ気になる事があるのですけど」


 報告の後、少し考えるような仕草をしていた東外とが 真理奈まりなは、ついでのように付け足す。


 「なんだ、岩家いわいえのことなら処理してきたぞ」


 「いえ、岩家いわいえ先輩の件ではなくて……ある意味似たような問題ですけど」


 「なんだ?」


 少女の多少持って回った言い方に、柄の悪い男は不機嫌そうに先を促す。


 「あの女……守居かみい てるの近くに、最近よくいる折山おりやま 朔太郎さくたろうという男の事です」


 「あ?岩家いわいえの同類か?」


 「ある意味……あの件が動き出せば、あの女の味方になるような事は無いとは思いますが、一応、保険として先に何か手を打っておいた方が良いのでは無いでしょうか?」


  東外とが 真理奈まりなの進言に少し考える仕草をする永伏ながふし 剛士たけし……


 「…………」


 真理奈まりなは内この男にしてはヤケに歯切れが悪いと思ったのか、少し不思議そうに男を見る。

 いつもなら、”そんなもん、ぶっ潰せばいいだろうが!”と即答しそうなものだが……


 「……危険な男か?その、なんとか太郎は」


 そして永伏ながふしは、時間をかけた割には余り興味なさそうに尋ねる。


 やはりこの男が気にとめるのは、相手の実力のみのようだ。

 基本、弱い奴には何もできないと高をくくっているのだろう。


 真理奈まりなは内心、呆れながらも、そんな態度はおくびにも出さずに答える。


 「折山おりやま 朔太郎さくたろうです、嬰美えいみさんの太刀筋や、岩家いわいえ先輩の組み手を裁くような男です……最終的にはどちらにも歯が立ちませんでしたが、正直それも本気だったかどうか……」


 東外とが 真理奈まりなは、自分と永伏ながふしの考え方は相容れないと解っていた。


 そもそも六神道の長老達からのめいでなければ、目の前の男は、彼女の本心として、六神道の家の中でも、最も組みたくない相手であった。


 「そんな奴がいるのか?何者だ……」


 「分かりません」


 強いと解った時点で多少の興味を寄せる男。

 そして、即答した真理奈まりなの瞳が若干、横に泳いでいた。


 「じゃあ俺が仕留めてやるよ」


 永伏ながふしはそんな彼女には気づかずに勝手に結論を出す。



 ーーやっぱりそう来たか!


 彼女はきっとそう思っただろう、眉をひそめた表情を一瞬見せる。

 こういう暴力的なところがウンザリとするのだろう。


 「学園内のことは学園生が対応すべきです」


 しかし真理奈まりなは、正面の永伏ながふしに気づかれないうちに表情を整え、答える。


 「ちっ、どこかで聞いた言葉だな」

 

日に二度も、それもかなりとししたの相手に諭され、永伏ながふしは面白くないようすだ。


 「とにかく、私に任せてください」


 「腕が立つんだろうが?嬰美えいみけん……もしくはライト・イングラムあたりをぶつけるのか?」


 「敵になる可能性のほうが低いですし、強引なやり方は避けた方が無難かと」


 真理奈まりなは、この男は何が何でも腕力で解決しようとするのかと改めて呆れ、自然と永伏ながふし 剛士たけしと親しく、年齢も近い、しい 凛子りんこの反応を確認していた。


 しかし、彼女は興味なさそうに壁に靠れて鼻歌を歌っている。


 彼女は既にこの話題には興味がなさそうだ。


 「…………」


 真理奈まりなは、こっちはこっちで人間的に色々と問題があるだろうという顔をした。


 「?」


 会話の途中で、凛子りんこほうを向いてため息をつく真理奈まりなを不思議そうにみる永伏ながふし


 「私に考えがあります、平和的かつ、効率的な方法が」


 気を取り直した後、東外とが 真理奈まりなは宣言した。


 「折山おりやま 朔太郎さくたろうなる男は私にまかせて下さい」


 そして彼女は、自信満々にそう言って”作り物の笑顔えいぎょうすまいる”を輝かせた。


 第十話「過去も、現在いまも無い世界」END

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