第9話「裏世界のひとびと」
第九話「裏世界のひとびと」
風光明媚な地方都市、
所謂、夜の街というやつだ。
深更へと向かう頃、その場所が最も輝きを増す時間帯でのある店舗内。
ーコトリ
鏡のように磨かれた大理石のテーブル上に、ワイングラスと”一九九九”と印字されたワインボトルが置かれた。
”シャトー・ラフィット・ロートシルト”……赤ワインの中でも王様級の逸品だ。
深みのある色と気品溢れる香り、きめ細かな味わいの最高級ワインと云われているが、実のところ俺は良く
何故なら俺はワインを嗜まないし、そもそもアルコールは好みじゃない。
そして、なにより俺は”注ぐ側の人間”だからだ。
「お待たせ致しました、
清潔な白いワイシャツに黒いベストとスラックス、胸元には黒いクロスタイを着用した歳若いボーイが一人前の所作で客の前に傅く。
まぁ、俺のことなんだが……
とにかく俺は、学校という異世界とは別人の顔でペコリと丁寧に頭を下げていた。
「待ちかねたわよ、
店内の高級な大型ソファーに、半ば
少し年齢が経っているのと表面積が広いのが玉に瑕だが、なかなかの美女だ。
彼女は慣れた感じで、
ーーここは、
俺は、長い付け睫毛をしばたかせ、ねっとりとした視線であからさまにアピールしてくる女客に、愛想笑いで曖昧に対応していた。
「ふぅ」
内心、俺は軽い疲労からため息をついていた。
日中は高校生なんて柄に無い事をする羽目になった俺も、夜は本来の姿、労働者として勤しんでいる。
というか俺の人生の大半は労働だ。
今まで”寝る事”とあと一つ以外は、ほぼ
特に今従事しているこの仕事は、かなり大変な部類だ。
「ねぇ、
……話が少し脱線してしまったが、俺の目の前の見るからにセレブな女性は、
それなりに美人ではあるが、濃い化粧と刺激の強い香水は、俺は少し苦手であった。
「申し訳ありません
「ざーんねん、じゃあさ、
俺の素っ気ない返答も、全く意に介さない中年女性。
「いえ、免許も車も持っていませんので……」
「そうだよねー高校生だもんねー、あっ、これはあまり大声ではいっちゃダメよね……」
全然悪そうでない
ーーこういう
「じゃあさ、車買ってあげるわ、フェラーリとか、ポルシェとか男の子ってそういうの好きなんでしょ?だから……また、ね、愉しませて…………?」
「
突然、俺と同じ格好をした二十代位の歳の男が割って入り、
そして、男は俺の耳元に小声で告げる。
「
一転して雑な言葉遣いだ。
「……」
それから男は、おもむろに目の前のワインボトルを手にとって、有無を言わさぬ雰囲気で、既に接客を引き継いでいた。
「…………」
既にそこに居場所を無くされた俺は、不満顔の女性客を残しつつ、カウンター奥のスタッフルームへと足早に向う。
ーーまぁ大体予想はつくけどな……
コンコン!……ガチャリ
軽いノックの後、部屋に入る。
「おう、
入り口に俺の姿を確認した途端、小太りの男は目も合わさずに、横柄に命令してくる。
ーーたった今までも、仕事してたんだけどなぁ……
俺はそう思いながらも頷いた。
「ゴネ客だ、裏で待たせてある、いつも通り適当に処理しろ」
小太りの男、
「……」
ーー難しい
まあ、このひとはいつもこんな感じだ、特に気にするほどの事でも無い。
クイッ
白いワイシャツの首元に装着した、黒色のクロスタイを若干緩めたあと、俺は勝手口のドアに手をかけた。
「ああそうだ、筋モノじゃなさそうだが……ボクサー崩れらしいぞ」
相変わらず画面を見たままの小太り男は、出て行く俺にぞんざいな忠告を投げつける。
コクリ
軽く頷いた俺は部屋を
「どいつもこいつも使えねぇ奴ばっかりだな、なっ、イングラムさんよ!」
「その呼び方はやめて下さいませんか?
ーー同時刻、
もうそろそろ日付も変わろうかという、学園には似つかわしくない時間帯に、数人の学生と一人の成人男性がそこに集まっていた。
成人男性が発した侮蔑の言葉に、ブロンドの髪と碧い瞳が印象的な少年は、全体では無く個人的な部分に反論する。
彼が、生徒が利用するには些か大仰な机に両肘を立てて、口元の前で手を組んでいるポーズの為だろうか、その口調と涼しい瞳から一見柔和な対応ではあるが、彼の口元が笑っていないことは、そこに集まったメンバーの内、誰一人として気づいていない様子だった。
「あっ?、本名だろうが!ライト・イングラムさんよ!」
自身の目前に立つ、少しばかり柄の悪い男に、穏やかではあるがハッキリと否定の言葉を発するブロンドの少年。
正面に座す、ブロンドの美少年に、苛立たしげに文句を続ける男。
長身のヒョロリとした体型で、面長の輪郭に光る細い目と鼻筋の通った顔立ちは、見た目上はハンサムと言えなくもないが、生来の柄の悪さがそのすべてを打ち消して余りある。
対して、穏やかな表情で座る、ブロンドの少年は、
英国人を父に、日本人を母に持つハーフで、涼しげな碧眼と蜂蜜のような甘いブロンドが特徴の美少年だ。
また、
「今の僕は
和やかに促す
「……ちっ、ガキが」
「っ!……」
生徒会室には、生徒会長である
本年度の
「
一方、
「なんだ、異教の女を一年以上放置しているような無能連中が、
「
「ふん、メスガキが!もう、チットでも膨らんでから一人前言えよ!」
「なっ!」
「えーーっと、
緊迫する
「
この
それを警戒しての
「
そこで生徒会室の面々は、
で、行き掛けの駄賃にひと喧嘩でもと……そういった感じだろう。
反応は様々だが、
「長老達が……心配はご無用です、放置はしていませんよ、ちゃんと監視して問題を起こさないように……」
「それが生ぬるいって言ってんだよ!問題を起こす前にぶっ叩いちまうのが普通だろが!」
「それは
「
「なっ何ですって!」
自身の友人を、仕事を馬鹿にされ、沸騰する少女。
彼女は絶対に認めないだろうが、正直なところをいうと痛いところを突かれたという気持ちもあるのかもしれない。
「落ち着けって
「
「メスガキが!年長者に対する言葉遣いがなってねぇな、てめぇの”なまくら”で俺が斬れるかよ!」
「
今度は生徒会長で、学生連のトップでもある
「ただ、学園内のことは、学園内にいる
「ちっ……さっさとしろよガキ共」
上手く躱された。
こう返答されて、使者である
そして、チラリと視線を正面の
「じゃあ……お次は、
ーー!
思わずビクリと反応する巨体。
あくまで、学園の代表として冷静に対応した
無礼な来訪者にくってかかった
この場の面子で、それぞれが、そのキャラクターとも言える個性を見せる中、ただ一人、
本来、
現に最初の
それであるのに、この場で彼一人、これといってリアクションが無かったのは確かに不自然極まりないといえる。
「な、なんですか?
応える
「……」
「な、なんですか……ながふ……」
ーードスッ!
ほんの数十センチの距離まで近づいた直後、
「が、がはっ……な、なにをする!」
いきなりの腹への殴打に、さすがに血が上る
傍目には、かなりの打撃のように見えたが、彼の屈強な腹筋には、決定的なダメージは無いようだ。
ボクシングなどと違い、縦に握った
「きさまーーー!」
これでは、如何に様子のおかしい彼でも、ここまで無法極まりない相手では、さすがに
がばぁぁぁーー!
一気に沸騰した野獣は、丸太のような両腕を振り上げて、至近距離の男の胸ぐらと襟足の部分を乱暴に掴み、相手のジャケットごと締め上げる。
「おらぁぁーーー!」
ここから投げに持って行くのが彼の修めた武術の常道であろうが、
ーーガコォ!
「!」
「が……はっ!」
反動も何もない、数センチの距離から、ただ押し出されただけの拳。
しかし、
ーービリリィィーー
そして、相手の上着を引きちぎりながら垂直に崩れ落ちる巨体がそこにあった。
ーー
ー
ある意味、この状況でも握りを解かない
「ぐはっ……はっはっ……ぐぅぅ……」
両の膝で立って、辛うじて体制を維持するが、その姿はまるで、神に許しを請う信徒のようだ。
顎を上げ、酸素を求めて鯉のように口をぱくぱくさせる
「
「いわゆる寸打だね、だけど
「いーわーいーえー」
そして、
ーーガシィ!
「説明をお願いしますよ、
いつの間にか立ち上がり、傍若無人な男の背後に立っていたのは、金髪、碧眼の少年だった。
「っああ?」
「……」
「……」
対して表情は平静そのものだが、決して友好的とは言いがたい雰囲気を纏うブロンドの少年、
「なーんだ、もう終わりかぁー」
ピリピリと張り詰める空気の中、緊張感の無い、ただただ残念そうな声を上げる
「
軽いノリでふざけた、まるで空気を読まない弟に、姉の
「だって終わりでしょ?いろんな意味で……ねぇ
「…………別に終わりじゃねぇよ……ちっ」
暫く間を置いてから、
そのやりようは、あくまで自分から
ーーパシッ!
次いで、自身の右肩に掛かった
「まあいい……話してやるよ、そうすりゃてめえらの暢気な頭もまともに働くだろうよ!」
”最初からそうすれば良いのにねぇ”とばかりに、呆れ顔で笑って、あからさまに目配せをする
「……」
「……」
そして、これ以上ややこしいことになるのはご免だとばかりに、人一倍空気を読めるくせに、あえてそれをしない男の悪ふざけを見なかったことにして流す、
「裏社会のひとびと」END
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