第8話「朔太郎(あれ)はそういうタマじゃない」
第八話「
ーー放課後の正面玄関前廊下
「エイミちゃん、それはホントなの?」
エイミと呼ばれた長い黒髪の少女がコクリと頷く。
腰まである長くしなやかな黒髪で、落ち着いた雰囲気の大和撫子。
スラリとした女子にしては高めの身長と、よく言えばスレンダー、悪く言えば凹凸の少ない体型の少女は、その佇まいから凜としたモノを感じさせる。
「だけどね、
「で、でも……そんなわけにもいかないよ、
その純和風な少女、
ーー
潤んだ大きくて垂れ気味の穏やかな瞳と、ちょこんとした可愛らしい鼻、綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇が印象的な、少し頼りなげな少女。
軽やかな栗色で髪の
「
オロオロとする
「あの
「そ、そんなことないよ!
最後が疑問系になる辺り、彼女の
「入学式の最中に居眠りしてた挙げ句、全新入生の前で先生に注意されたら、”保健室はどこですか?邪魔にならないところで寝ますのでどうぞ続けてください”って平然と言ってのけた、あの
「う……でも、真面目に登校してるよ、今のところ皆勤賞だし」
「まだ入学して二ヶ月ほどでしょ?っていうか、殆どの授業で寝てるって噂だけど……」
「で、でもでも成績は良いって聞くし、運動もできるって……」
「クラブ活動にも入らずフラフラしてるとも聞くけど……なんか繁華街の
「う……エイミちゃん」
ことごとく論破され、恨めしそうに見上げる大粒な瞳。
「な、なによ……私は聞いた事実をいってるだけ……」
傍らに立つしなやかな黒髪の友人を、上目遣いに、ジトッとした恨めしそうな瞳で見る
普段、毅然とした
「ふぅ……なんか大丈夫な気がしてきた……
しばらくお見合いした後、小柄な少女から吐息のように小さいため息が漏れた。
そしてガックリと肩を落として、
「じゃ、じゃあ
ーー!
噂をすれば影がさすというが……見事なほどのタイミングで、廊下の向こうから話題の人物がテクテクと
「
ーーなんだ?
「…………」
俺は彼女の存在に気づきはしたが、特に気にとめるでもなく、変わらずゆっくりと歩いて行く。
「…………」
それをニコニコと待つ少女。
俺は彼女に用が有るわけではないし、呼ばれたからといって会いに行く謂われもない。
ただ下校の最中である俺にとって、通過点として必要不可欠な下駄箱がその向こうにあるというだけだ。
「今帰り?」
「まあな…」
愛想も何も無い。
素っ気なく答える俺の横を
すれ違い様に俺を牽制するようにひと睨みして去って行く女。
ーー俺が来た途端に感じが悪いな……コミュニケーションは人と人の間を円滑にする潤滑油だと知らないのかよ
と、俺みたいな人間が言っても説得力のかけらもないな。
とは言え、あれから二ヶ月経つが俺に対する態度は相変わらずだ……というか
俺はそんな感想を、勿論、おくびにも出さずに平然とすれ違い、
目の前には、遠ざかっていく友人、
「今から部活か?”けんせつの会”とかの」
「イヤー最近は不景気で不景気で、一戸建ても少なくなって商売あがったりだよ……って違うよ!”
ーー!
俺のボケに律儀にノリ突っ込みしたあと、少女は不自然に言葉を切る。
どうやら会話の途中で何かに気づいたらしい。
「……」
じっと俺の首元から胸の辺りを凝視する
「どうかしたか?」
「……それ、もしかして
俺の詰め襟のボタンは第三ボタンまで無くなって、更にその下のワイシャツの胸元も同じような状態で、全開になっていたのだが、
「……まぁ……な」
なんとなく申し訳なさそうな瞳で俺を見上げる
「ごめんね……もしかして……何か言われた?」
少し小さい声で問いかける少女。
「さあな……この学園に入学するために俺もそれなりに勉強はしたが、ゴリラ
「…………ふ、ふふ」
はぐらかした俺の言葉に、少女は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに”仕方ないなぁ”といった彼女に似合う穏やかな顔で笑った。
ーー別に
「……!」
俺がそんなことをわざわざ自認している間に、すいっと俺の胸元に潜り込むように、顔を寄せる少女。
ーー
間近で見下ろす
ーー長い睫毛にクリクリとした大きな瞳……まるでガラス細工のような透明度と繊細な造形の顔……くっ、けしからんな!
「
「えっ?あ、ああ……」
思わずトリップしていた俺は、間近からの彼女の声で
「……」
何の予告もなく、
ーーうっ……
こそばゆい感じに思わず可愛い声が出そうになる俺。
「今日の傷じゃ無い……よね?」
「!」
間抜けな顔で浮ついていた俺はそこで初めて気づく。
ーー彼女が指さしている俺の古傷の断片に
「……」
「一週間?一ヶ月?ううん、もっと古い傷……それに」
彼女の言いたいことは解る、その続きも。
これは何年も前の古傷だ、そして見えているのは、そのほんの一部……俺のシャツの下にはもっと大きくて、酷くて、悲惨な……
「あっ……!」
「ごめんなさい!こんな……詮索するような真似……
彼女は少しだけ怯えたような顔で謝罪する。
それもそのはずだ……
さっきから、彼女を無言で見下ろす俺の
「…………」
「…………」
いや、違うな、それは少しばかり優しすぎる表現だ……
その時の俺は、敵を見るような、きっと殺意を込めた顔になっていたに違いない。
「……わるいな……あんま
俺はそう言って彼女を見る。
もう詮索するなと言わんばかりの目で。
「う……うん、ごめんね……」
だが、彼女はかなり無理してでも、俺に笑顔を作ってくれた。
「前から言われてた、その、”なんとかの会”の見学の件だけどな、やっぱ無理だわ……俺、バイトあるしな」
俺は話を逸らすようにそう言っていた。
「そう、だったね……ごめんね無理言って」
「…………」
どうも俺は、この傷の話になるとエキセントリックになってしまう……
昔からそうだ……
喧嘩やヤクザの仕事でついた傷じゃ無い傷……
守られるべき者達から受けた傷……
ーー俺が受けた最も理不尽な暴力の跡
「……じゃあな、これからバイトなんだ」
重くなった空気の中、それでも健気に微笑んで俺を見送ってくれる少女に、俺はそんな素っ気ない事しか言えないでその場を後にしたのだった。
第八話「
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