第7話「前席の人物、後ろに注意?」

 第七話「前席の人物、後ろに注意?」


 ーーガラッ


 教室の引き戸を開けた俺に、数多くの好奇心に満ちた視線が集まった。

 顔を含めた体のあちこちを、打ち身と、擦り傷と、砂埃に塗れさせた男、氏名は折山おりやま 朔太郎さくたろうという……俺の事だ。


 「……」


 教室中から集まる好奇の視線を平然と受け流しつつ、俺は最後尾に存在する自分の席に向かう。


 「よう、派手にやられてたねぇ、有名人」


 そう言って声を掛けてきたのは、俺の前の席に座る、所謂クラスメイトだ。


 波紫野はしの けんとういう名の、中性的で一見物静かなインテリっぽい容姿とは正反対の、あけすけで馴れ馴れしい態度が絶妙のトッピングを施している謎の男。


 まぁ、謎の男と言っても、名前から容易に推測できるように、二年、波紫野はしの 嬰美えいみの双子の弟であり、別に素性が不明とかそういうわけでは無い。


 野次馬精神旺盛な他の同級生達とは違い、彼は穏やかな笑みを浮かべて俺を眺めている。


 「…………」


 チラリと教室の窓に視線をやってみる。


 ーーなるほど、俺がついさっき、岩家いわいえ 禮雄れお率いる上級生達に散々な目に遭わされた場所はこの教室の窓から眺められるわけか……


 「……」


 そして俺は、そのまま無言で席に着いた。


 そもそも、正直、俺はこの波紫野はしの けんという男が、あまり得意ではなかった。


 性格は穏やかで人当たり良く、その容姿から女子の人気も高い。

 また、誰にでもそつなく親切なことから同姓からの信頼も厚いようだ。


 つまり、ドラマに出てくるような、わかりやすいクラスの人気者である。


 一つ欠点があるとしたら、彼は二度目の一年生、つまり、波紫野はしの けんは実は留年していて、年齢ではクラスの者達より一つ年上であるということくらいか。


 勉強もスポーツも人並み以上にでき、温和な性格から生活態度も特に問題ないのに?

 と、クラスでも疑問に思う者は多いらしいが、他人に興味を持たない俺には、どうでも良いことで、勿論、今まで理由を聞くこともなかった。


 「…………」


 「……なにか言いたいことがあるのか?」


 無視を貫いていた俺だが、執拗に俺の顔を興味深げな瞳で見詰め続ける相手にウンザリする。

 だから、それで済むならと、仕方なく波紫野はしの けんに問いかけたのだ。


 「いや……柔道部のむくつけき男共三人に派手にやられまくってた……しかも意識がハッキリしない状態だった割には”たいした”怪我をしてないなぁって感心していたんだ」


 「……」


 俺は、波紫野はしの 剣の奥歯に物が挟まった様な物言いには答えず、目前の優男の顔を見返す。


 「ガンちゃん……おっと、岩家いわいえ先輩の初手もわざと受けたのかい?」


 波紫野はしの けんという男はこういう人物だ、相手の気分などにはかまわず質問を続ける。


 「黙りかい?相変わらず無口だねぇ、ぜひ後学のために、きみの修めた武術のことが聞きたいよ、いったいどんな……」


 「修めてねぇよそんな大層なモノ、おまえじゃあるまいし」


 武術経験者だと決めつけて話す相手に、俺は初めて反論する。


 「俺は日本舞踊部だよ、さくちゃん、ただ家が剣術道場ってだけ」


 「……」


 一見穏やかで好感度の高い微笑みだが、俺にはそれがインチキくさく感じる。


 「誰がさくちゃんだ……とにかく、あんな盛りのついたゴリラ人間の攻撃、わざと受けるわけ無いだろうが……ただ手も足も出なかったってだけだ」


 なんとなく信用置けないと感じている相手に、俺は適当に返答してお茶を濁す。


 「岩家いわいえ 禮雄れお、三年、柔道部主将で、校内でも三本の指に入る実力者、全国大会どころか、出場すればオリンピックでも金メダル確実といわれる筋肉達磨だね、あと学生連の幹部とか」


 「……おまえもそうだろうが」


 俺は思わず、その”三本”にお前はカウントされているのか?と聞きそうになる。


 「なにが?学生連?……それは嬰美えいみちゃんだよ、俺はおまけみたいなものかなぁ」


 こちらの意図は理解わかっているだろうに、はぐらかして軽薄に笑う男。


 ーーなんのための腹の探り合いだ?もういい……くだらねぇ


 「……どっちにしろ、そんな輩には逆らわないのが無難だろ、あー、この程度で済んで良かったー良かったー」


 俺は、半ばなげやりにそう言いながら机に突っ伏した。

 それは、もう寝るぞ、おまえとはこれ以上何も話したくないという意思表示だ。


 「守居かみい てるに関わった人間は不幸に遭う……この学園では浸透した噂だね」


 俺の合図を理解わかっていて無視し、勝手に話し続ける波紫野はしの けん……こういう男だ……だから俺は此奴こいつが得意ではないんだ。


 「一年生の時に彼女に告白した男子生徒は、階段から滑り落ちたり、何故か落下してきたバケツに当たって怪我したり……とにかく軽傷とはいえ、十人以上がそういう目に遭ってるらしいよ」


 勝手に話し続ける男、波紫野はしの けんという人物は、本当に相手のことなど気にもしないのだ。


 「たしか、彼女のクラブ活動に参加しようとした生徒もだいたい同じ末路だったなぁ……やっぱ、それもこれも彼女が変な宗教をしてるせいかなぁ」


 「!」


 突っ伏したままの俺の耳が、ピクリと反応してしまう。


 「そうそう、ここは六神道ろくしんどうの学園だから、異教を信仰している”天罰”だとか、彼女の布教していると噂される……何だったっけ?えーと……まぁいいや、”なんとかの会”が、そもそも邪神信仰だとか、色々噂されてるけど……さくちゃんはどう思う?」


 僅かに反応してしまった俺の後頭部に、目ざとい男はしれっと尋ねかけてくる。


 「…………」


 だが、突っ伏した俺は返事する気は無い。


 「まぁ、さっき開催された、”ほたる杯、第一回折山おりやま 朔太郎さくたろう袋叩き選手権”は、どう見ても人為的だから、そういった類いじゃないか……どちらかというと……」


 ーー折山おりやま…袋だたき……なんて物騒な大会だ……


 波紫野はしの けんは、悪趣味な冗談を交えながらも、チラリと俺の反応を確認してから邪な笑みを浮かべた。


 「……どちらかというと……”学生連”が関わってたりして?」


 一瞬だけ怪しく、楽しげに目を光らせたけんが、興味深げに突っ伏した俺をのぞき込む。


 ーーこの男は、ひとの災難をなんだかお楽しみ行事の様に表現しやがって……ていうか第一回って何だ?第二回とか三回があるのか?いや、本題はそこじゃないな……”学生連”……ね


 「……」


 頭の中では、散々文句と思考とを繰り返す俺だが、実際は決して安い挑発には応えない。

 ただただ屍のように突っ伏すのみだ。


 「……ふぅ」


 波紫野はしの けんは、ある意味、徹底している俺を呆れたように眺めて笑った。

 そうして、ようやく諦めたのか前に向き直って、座り直す。


 ーーやれやれだ……


 俺が内心で安堵しかけたとき、


 ーー”守居かみい てる”、”岩家いわいえ 禮雄れお”、”学生連”……なんていうか、俺は断然、君の方が興味あるね……


 直後、そういう呟きが聞こえた気がしたが、相変わらず俺は狸寝入りを継続したまま切に願っていた。


 波紫野 剣こいつがどうぞ男色家アブノーマルでありませんように……と。


 第七話「前席の人物、後ろに注意?」END

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