第4話「冗談?」

 第四話「冗談?」


 グッグッ!


 ……くっ……うっ……


 ググッ!


 ……くふっ!


 ーー俺は……多分、意識の覚醒の狭間にいる……


 闇の中、いまいち明瞭で無い感覚、それでも俺はそう確信していた。


 ーーどうしてそう言い切れるか?


 簡単だ。


 俺の日常は大概、こういうことの繰り返し……前後不覚なんて珍しくも無いイベントだからだ。


 ググッ!


 ーーかはっ!……けど……じゃあこの感じは何だ?


 首を……器官を圧迫されている様なこの不快感は……


 ーー

 ー


 「………………」


そして、目が覚めたとき、俺が最初に確認したものは、なんだかすごく見覚えのある白い天井だった。


 ーーああ、ここは見覚えがあるな……ごく最近、来た場所だ

 ーーたしか保健室?……度々お世話になります


 俺は心の中で、深々とその場所に頭を下げていた。


 いやいや、現状いまはそれどころじゃ無かったな……


 保健室のベッドに仰向けに寝た俺の腹部には柔らかくてじんわり暖かい感触……

 相変わらず俺の首は圧迫されているが、その原因は今ハッキリと解った。


 ググッ……グッ


 「あれ……なんで……これで……あれ?」


上方からフワリと甘い香りが漂い、俺の上にある柔らかい物体は、なにやらブツブツと呟いては四苦八苦している。


 「たしか……こうっ!……だめだ……」


 潤んだ大きくて垂れ気味の穏やかな瞳。

 ちょこんとした可愛らしい鼻と、綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。

 軽やかな栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合う少女。


 ーー確か……守居かみい てる……少しばかり気に掛かる事があって、俺が会いに行った少女だ。


 天都原あまつはら学園指定の制服である、薄いグレーのセーラー服姿の彼女は、はしたなくも俺に跨がっていた。


 「ううん……むつかしいな……こう……」


 膝までの清楚なプリーツスカートが若干捲れ、白く眩しい太ももと腹部に乗った臀部のプルンとした感触、ジワリとした生暖かさがヤケに生々しい。


 グイッグイッ


 ーーぐはっ!


 ーーってそんな場合じゃ無かった現在いま……俺は


 「……何してるんだ?おまえ」


 後ればせながら、俺はやっと、人として正常な対応を開始した。


 「見ればわかるでしょ!?首をギュッて絞めてるんだよ」


 「…………」


 そして、当たり前のように、人として正常で無い答えが返ってくる。


 「……なんで首を?」


 「手でだよ、もう、見ればわかるじゃない!」


 ……的外れな解答をされた上になんか逆ギレされる俺。


 「……いや、手段じゃ無くて理由を聞いているんだが」


 ぐいっ!ぐいっ!


 「おい……だから理由を!」


 「……もうっ!さっきから、なんでなんでって質問ばっかり!後にしてよ!」


 「いや、後にしたら俺が死んじまうだろっ!」


 ーー!?


 「…………」


 「…………」


 思わず叫ぶ俺。

 そりゃそうだろう、だってこのままじゃ死んじゃうんだから。


 そして、声の主に今更気づいた少女は。俺に跨がった状態で、俺の首に二本の白い手を置いたまま、見事に固まっていた。


 「…………」


 暫し後……少女の大きめの瞳がツツッと俺の顔に視線を移動する。


 「えっと……目が覚めたんだ……気分は……どうかな?」


 「ああ、勿論最悪だ」


 「……」


 「……」


 「あはは……」


 「…………」


 「はは……ふ……ふ」


 しれっと誤魔化そうとした後は笑って誤魔化すつもりか?

 いや、状況的にそれは無理だろう、どう考えても。


 「笑って誤魔化すような巫山戯た出来事じゃないぞ、人殺しは」


 俺は一転して真剣な顔で、少しドスを利かせたトーンをもって追求する。


 「…………」


 しかし、彼女の綻んだ桃の花のような、優しげな唇はピクリとも動かない。


 「……解った……なら出るとこに出て……」


 「……だよ……」


 「?」


 「笑うしかない巫山戯た出来事だよ、人殺しなんて……」


 「……」


 「それに……折山おりやまくんも困るんじゃないかな……そんな場所は」


 その時、俺には、その言葉を発した彼女の顔が、

 優しげな容姿とは相容れない表情の、何か含みのある、他人の弱みを見つけて自身が上位者であると言わんばかりの不快な表情に見えた。


 ーー!


 ーーガッ!


 そしてそう感じた後の俺の行動は突然だった。


 俺は瞬時に思ったのだ。


 ーーお前が?……


 ーー六花むつのはな……いや、守居かみい てるがそう言う顔で俺を見るのか!?


 少女の表情に、過剰に反応したといえる俺の右腕は、咄嗟に覆い被さる少女の胸元を鷲掴んでいた。


 「おり……」


 ぐいっ!


 少女の言葉は最後まで完成しない!


 薄いグレーのセーラー服、胸元のオパールグリーンのタイごと胸ぐらを鷲掴んだ俺は、その右腕をベッドの上に勢いよく振り下ろし、同時に横たわっていた俺自身をクルリと回転させて、少女と上下、たいを入れ替える。


 「……」


ベッドに仰向けに横たわり、今度は逆に俺に馬乗りになられた少女は、突然の出来事で反応が間に合わないのか、ただ呆然と大きめの瞳を見開いて俺を見上げていた。


 「どこまで知っている?」


 「全然知らないよ……ただひとつの事を憶えているだけ」


 「……」


 ーー言葉には即答かよ!


 反応が間に合わない?

 そんな可愛い理由は無縁のようだな……なら、単に俺から逃れる自信があるのか、それとも俺を侮っているのか……


 「…………」


 ーー暴力で黙らせるのは簡単かもしれない……だが


 入学早々厄介事はご免だ……しかし、放置しておくと更なる厄介事に発展する可能性がある……


 俺自身は、問題を起こして退学になるのなんて何てこと無い。

 そう俺にとって学生生活なんていつ終わりにしても一向に構わない”くだらない”代物だ。

 だが、学生生活それ西島にしじまさんの命令である以上、そんな半端が出来るわけも無い……


 暫し思案した後、俺はチラリと未だ鷲掴んだままの少女の胸元に視線を這わせる。


 そうだ……相手が女ならこの方法もある……俺も伊達に裏社会で生活してきた訳じゃ無い。


 シュルッ!


 思いつくやいなや、少女の胸元を飾る、滑らかな手触りのオパールグリーン色のタイを解き、雑に背後に投げ捨てる。


 「…………」


 装飾を無くし、実際よりも大胆に開いて見える白い胸元に両手をやり……


 「…………」


 俺の下で横たわる守居かみい てると視線が合うが、彼女はさして暴れることも無く、助けを呼ぶでも無く、ただ俺の目を、潤んだ大きくて垂れ気味の瞳で見つめ返して来るだけだ。


 俺のしようとしている事の意味がわからない訳じゃ無いだろう……

 なら、なんだ?

 何か考えがあるのか?……まったく、意味がわからないのはこっちだ。


 ……だが躊躇はしない!


 迷ったときこそ、正解がおぼろげになったときほど、躊躇は厳禁!


 ”チンタラ考えたかったら、先ずブチかましてから考えろ!”


 俺に色々と教え込んだ最悪の男の言葉だ。


 「っ!」


 ブチッブチッ!


 次の瞬間、俺の両手は、乱暴に少女の胸元を一気に押し広げていた!


 「…………」


 軽やかな栗色の髪の毛先をカールさせた、ショートボブが愛らしい容姿の少女は、やはりピクリとも抵抗しなかった……いや、反応さえしなかった。


 「…………」


 「……っ」


 ……いやそれもちがう……か


 守居かみい てるという少女は、俺と目が合った瞬間、ほんの一瞬、そう、本当に刹那の時間だが、潤んだ大きくて垂れ気味の穏やかな瞳を……伏せた。


 ーーこの女……


 よくよく集中してみると、跨がった下の身体は、小刻みに震えている様な気もするし……


 ーーやっぱり不明だ……意味がわからない


 「…………」


 薄いグレーのセーラー服。

 その前面を止めるホックを、男の雑な腕力で殆ど毟り取られた少女の上半身は、あられも無い姿だ。


 淡いピンクの……薄衣キャミソールを隔ててはいるものの、白いきめ細やかな肌が隆起した、滑らかな二つの丸い曲線は、主張するように存在感を示し、それを覆う繊細な刺繍が施された同色のブラがしっかりと透けて見て取れる。


 ーーこれくらいの美少女だ、普通ならこの光景に釘付けになるんだろうけど……


 残念ながら今の俺はそれを堪能できる状態じゃ無い。


 そう、言うなれば本職状態モードだ。



 「……こういうこと、できるひとなんだ?……折山おりやまくん」


 下から見上げる少女の可愛らしい声が聞こえてくる。


 潤んだ大きくて垂れ気味の……穏やかな瞳。

 ちょこんとした可愛らしい鼻と、綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。

 軽やかな栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが、愛らしい容姿によく似合う少女。


 「……恥ずかしくないのか?」


 「ものすごく恥ずかしいよ」


 震え声のクセにしれっと答えやがって、信憑性の不確かな、真意を判断できない言葉だ。


 「それより、こういうことできるんだね……折山おりやまくん」


 「…………時と場合によってはな……」


 潤んだ大きくて垂れ気味の……穏やかな瞳。


 今度は何故だか、俺の方が目を逸らしていた。


 「あのね……なんだか誤解があるようだけど……わたし何も知らないよ、折山おりやまくんのこと」


 「…………」


 「いや、冗談だから……さっきのは……」


 睨み付ける俺に、彼女はわたわたと慌てて釈明を始める。


 ーー冗談?さっきの言葉が?


 ”全然知らないよ……ただひとつの事を憶えているだけ”


 「…………」


 「ごめんね、折山おりやまくんがあんまり真剣だから、怖くて、つい茶化しちゃった」


 「……」


 「怒った?」


 「…………どっちだ?」


 「え?」


 「だからどっちが冗談だ?」


 ”ただひとつの事を憶えている”と言うことか、それとも”俺の首を絞めていた事”か。

 どちらが本気でも全く笑えないけどな。


 「ふふ、両方だよ、りょーーほう!」


 「…………」


 煙に巻くような、ある程度予想済みの彼女の答えに、俺はそれでも対応しかねてそのまま睨み付けたままだ。


 「……ねぇ、それより……折山おりやまくんはどういうつもりなの?キミに何があるのか知らないけど、こんな事……」


 ……だよな……


 守居かみい てるの言葉と態度に、つい先走って短絡的な行動を起こしてしまったが……

 こいつが本当に何も知らない、当時のことも俺の事も憶えていないなら、俺は非常に不味い行動を起こした事になる。


 「ねえ……おりやま……」


 「じょ、冗談だ!」


 「へ?」


 白い頬を少し朱に染め、覆い被さる俺を上目遣いに見上げてくる女に、俺はそう答えた。


 というか良い言い訳が思いつかない。


 「…………」


 思いつかないんだよーーー!


 第四話「冗談?」END

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