反映

 千重子は千結子とあまり似ていなかった。千重子が陽の光の中で育ったのだとすれば、千結子は月に似ていた。千結子は夜ごと、雲に濾され、レースのカーテンを透かしてふわふわと沈んできた月の光を浴びたから美しくなったのだ。千重子はそう考えた。

 千重子は月を愛していた。

 幼い頃から、夜空に空いた穴のように、青白く、甘く鋭い光を放つあの天体に触れたいと思っていた。太陽は月を求めて続けて天球を滑っていくのだ。千結子の柔らかくて細い髪の毛と透けるような肌の白色とを千重子はいつも羨ましがった。千結子の全身が放つ青白い燐光に、千重子は惹かれていたのであった。

 千重子は千結子に名前を呼ばれるのが好きだった。千結子はおよそいつも、姉らしく、「ちえ、ちえ」と千重子の名前を二度繰り返した。張り詰めていて、それでいて優しい、高音と低音とが綺麗に調和している千結子の声が「ちえ、ちえ」と千重子の名を反復して唱えるのが、千重子には心地がよかった。千結子がそのように名を呼ぶ行為そのものが、あたかも何らかの詩を朗読しているかのように千重子には思えるのであった。「ちえ、ちえ」と二度繰り返されることが重要なのであった。なぜならそこには、一度だけ呼ぶ場合には決して潜みえないある種の音楽、あるいは詩が存在しているからであった。千結子から名を呼ばれるとき、千重子は、自分の名からなる、自分の名のみからなるリフレインを楽しんでいたのであった。

 ある日千重子は、この姉の内に、それまでは決して存在しないと疑いなく思っていたが、それでも常に探し求めていた自分との類似点を発見し、喜んだ。これまで誰にも指摘されてこなかったが、千重子が鏡を覗き込んだとき、その眼が千結子とよく似ていることに、あるいはほとんど同じであることに彼女は気がついたのである。気づいた、というよりは直観した、という方が適切であるかもしれない。というのも、それは瞳の色が似ているとか、眼の形が似ているとか、そういった物質的な要素に還元されるような類似ではなかったからである。もとよりそうした物質的な要素においてはまったく似ていなかった。むしろ、他の千結子の身体に関してと同様、千重子は、千結子の瞳が満月のように丸く、いつも柔媚なようすで潤んでおり、じっと見つめるとそこに憂愁と優しさとが刻印されていることに気がつかせる色合いを帯びているという、自分にない特徴をいとおしく思っていた。こうしたことから、これまでこの姉妹の瞳の類似点は誰にも指摘されなかったのである。この掴み難い類似点に気がついたとき、千重子は、これまで多くの時間をともに過ごしてきた千結子を、千結子は自分にとっての姉であるという、所与の関係には一切基づかないものとして理解したように感じたであろう。千重子が千結子との間に信じたこの類似点を言い表すすべを、千重子はほとんど持っていなかった。それは極めて精神的な類似点であり、物質的な要素をどれだけ集め、綜合したとしても決して説明され得ないようなものだと千重子には思われたのであった。

 しかし千重子は、このことだけははっきりと理解できたように思った。千重子の瞳が視て、愛したものを、千結子の二つの瞳も視、そしてきっと愛するだろう、と。千重子は、千結子の瞳はきっと自分自身を視て、愛するだろうし、千結子の身体を視て飽きることはないだろう、そしてもし瞳が声を視ることができ、千結子にその名が呼ばわれることがあるとするならば、その瞬間をこよなく愛するだろう、と思うのであった。それゆえ千重子は、千重子の瞳と千結子の瞳という両者の間にあるひとつの関係を、彼女が千結子から贈られた他のもの同様に抽斗の奥にしまうようにして、大事にしておこうと考えた。

 千重子は自分の姿が千結子のあの眼によって、視像として形作られることが嬉しかった。貝から取り出されたばかりの真珠のようにつややかに濡れ、媚態を放つ丸い瞳に映されることに歓びを感じた。千重子にとって、視覚を投射すること、視ることは愛することの必要条件であったからである。太陽も月の光を浴びることを歓んでいたことであろう。太陽もまた月を愛し、月に魅せられたものだからである。

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