第2話 アンデッドクッキング
「そろそろ、昼の時間かなあ」
中天に座す太陽から、日光が照りつける。左右に林が並ぶ街道である。この辺りは旅人の姿もまばらと見え、道を行く三人組のほかには人影もない。
しかし。その三人組の内約はといえばいささか奇妙なものだ。少女と成人の女性、これはいい。問題はもう一人……いや一体。その姿は、歩く人骨である。その名をアルと言い、かつては勇者アルヴィスとして世界を旅した人物……その骨だ。
「そうしよっか」少女、ハルベルが手のひらをお腹へと当てながら同意する。
「ふむ、では少し脇に入るか。あの辺りなら藪もないし、水源もあるはずだ」
こちらは女戦士、ミクトラが指さす先は、丁度いい加減の木漏れ日に照らされる草地だ。
一行は足取りも軽く、草地に陣取り調理の準備をする。アルが火を熾し、上に鍋を乗せ、ハルベルとミクトラが近隣の小川から水を汲んでくる。
「今日の当番は俺だったな。さて、何を作ったもんか」
人骨――アルが、今はもう空っぽの頭脳から記憶を浚うようにして(彼の思考を司るのは今や魔力による仮想脳だ)、頭蓋をひねる。
「楽しみにしてる……あわわわ」
アルへ全幅の信頼を置くハルベルは、はや旅具を枕に昼寝を決め込む体勢だ。ミクトラの方は、少々警戒してアルの調理準備を見ている。彼女はアルがよく使う野の食材にやや――やや、多少の抵抗があるのだ。
「ミクトラも調理過程見てるから気になるんだよ。気にせずハルベルみたいに寝てるか、散歩でもしてな」
「む、むう……そう言われれば……」気まずげにミクトラが言う。
そもそも、アルが作る料理自体はいつも美味いのだ。心理的抵抗があるだけで。彼女は少々反省した。
「では、お言葉に甘えて少し散策するか。悪いが、料理の準備を頼みます……頼む」
「あいよ。声が聞こえる範囲にいなよ」
ミクトラは元々、アルの生前である勇者の大ファンである。言葉には未だ遠慮が混じるものの、素直に頷いて腰を上げた。
「さて、ほんとどうしましょうかねー」
歩み去る足音と、すぐさま上がりはじめた寝息の中、アルは減ってきた袋の中の食材と、森を見る。
「おお、これは……! 味わいが深いな」
「んー、おいしー!」
小一時間ほどの後。木々の間に女性陣の快哉が響く。
アルが二人に差し出したのは黄金色に輝くスープだ。薄らと浮く油が、動物性のエキスを示している。コクがあり、口内に染みるように味わいを主張して喉へと落ちていく。
山菜のサラダと共に、ハルベルもミクトラも笑顔で平らげていく。
「うむ、丁寧にダシを取ってよかった。おかわりあるよー」
アルが杓子を鍋から取り出すと、二人とも皿を突き出してくる。彼としても、こうして美味しそうに食べてもらえると腕骨の振るい甲斐があるというものだ。
「むう、これは貴族に出しても通用すると思いま……思うぞ」
五カ国連合において、動物の骨や海藻によりエキスを抽出する――いわゆる出汁を取るという手法はそこまで一般的ではない。東国ヤマの料理はこの類が多く、都市部の一部料理店には徐々に広がってきている。やや新しめの調理手段なのだ。
「ところでこれ、何で味取ってるの?」
ハルベルの純粋な興味に、ミクトラが(聞くのか……)という微妙な表情をする。あまり内実は知りたくないというのが本音ではある。
問いに対し、髑髏の頭上にぺこーん、と電球が浮くイメージ。
「よし問題だ。ヒントを出そうかな。一、身近なものです」
「「?」」首を傾げるふたり。
「ヒントその二、なぜ俺の腕骨は濡れているのでしょう」
「?」「ちょ、待て……」ミクトラが、何かを察して手のひらを向けた。
「その三、実は大腿骨も」
「待て、待て、その、嘘だよね? ね? まさかそんな」
ほぼ涙目のミクトラである。
「……俺のスープ、うまかった?」
「――ふっ……」
吐息とともに。すうっとミクトラが白目を剥いた。
「ありゃ、やりすぎた」
アルが背後から、鶏の骨が入った屑籠を取り出した。
「ううう……アルヴィス様……すいません……貴方の死体が貴方で出汁を……ゆるして……ごめんなさい……」
「背中でずっとこれって結構つらいな」
気絶したままうめき続けるミクトラを背負って、アルがぼやく。
「アルの冗談が趣味悪い上に超下手であと悪趣味なのが悪いよ絶対。後で謝らないと」
ミクトラをのぞき込んで心配そうに、ハルベル。
「ひどい言われようだ……というか、君は全然平気そうだったけども」
「んー、他の人のだったらやだけど。アルのならいいかなって」
「ええぇ……」
さらっと言ってのける少女に、静かに引く骨であった。
「ところで、ほんとに人食べる所とかあるの?」
「魔国ならあるかもなあ……。あ、人間の国でもミノタウロスとか食ってる国あるぞ」
「うぇ、牛人でしょたしか。あれ食べるの?」
「連合だと亜人の食用は犯罪だけどね。雌のミノタウロスの乳ステーキとかあるって聞いたことが。チチカブっつったかな」
「おっぱい……食べたら大きくなるかな……」
「うう……二足歩行を食べるのは……勘弁してくれぇ……」
てくてくかしゃかしゃと、賑やかに二人と一体が歩く。彼らの道行きは、おおむね平穏だ――おおむね、は。
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